こんなはずじゃなかったのに
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:AZE(ライティング・ゼミ通信限定コース)
違う、こんなはずじゃない。
私はマウンティングする為にここにきたのだ。
軽い気持ちで、数週間前にオープンしたライバル店のレストランを偵察するつもりで入店した。
彼らは私が働くレストランのすぐ近くだ。
ジャンルは同じ、ターゲット、価格帯も似ている。
この地域で長年やってきてる私達への宣戦布告だととらえた。
1年前にそのお店が近々オープンすると知った時、私たちは焦っていなかった。
何故なら私たちは、常連のお客様をいくつも抱えるこの地域では名の知れたレストランだったからだ。
しかも、今年の秋、近くで2店舗目をオープンする予定だった。そのライバル店とは目と鼻の先だ。
馬鹿な挑戦をしてきたものだ。
こっちは長年通ってくださっているお客様が何人もいるんだぞ。
ここにたどり着くまでにどれだけの時間がかかってきたと思ってるんだ。
だが、念には念を。
私たちは今まで通り+αでサービスに力を入れてきた。
常連の方にはよりご贔屓にして頂ける様に、新しくきたお客様には何度も通いたくなる店だと思ってもらえるように。
それらの改革は間違っていなかったと思う。
事実、1年前に比べて来店客数は更新を続けていた。
でもそれだけではまだまだ甘かったのだったと痛感したのだ。
そのライバル店は、私達のレストランに宣戦布告してきたザコでは無かった。
ペリーの黒船だった。
勝てる自信を持ってこの地域に乗り込んできたのだ。
店内の内装は、洗練されていて、入った瞬間に気分が高揚した。
その店に入るまで持っていた私の「絶対勝てる」と思っていたプライドは、空気の抜けた風船のようにみるみる萎んでいった。あれ、何か思ってたのと違う。
店内で食べるともう敗北感で潰れてしまいそうに思ったから、注文した後は外のテラス席で食べる事にした。とりあえず心を落ち着けよう。そしてゆっくり相手の粗探しをすれば良い。
そう思って食べ始めた始めの一口で更に衝撃を受けることとなる。美味しい。
敢えて私たちも提供している同じ料理を注文したのだが、正直、彼らの料理の方が美味しいと思ってしまったのだ。
違う。こんなはずじゃない。
そう思って暫く考えているところに、女性が声をかけてきた。
その女性はこの店のオーナーだと名乗り、私は初めてお会いしたフリをした。
しかし私は彼女を知っている。
彼女のインタビュー記事を読んだ事があったからだ。
まさかオーナーが現れると思っていなかったので驚いた気持ちを隠しながら、料理が美味しかった事を素直に伝えた。
彼女は嬉しそうに、今日の料理担当に伝えておきますと言った。
そしてこのレストランの周りには素敵な場所が沢山あると、丁寧に他のお店を紹介してくれた。
勿論、そんなの知ってるよ。でも彼女の口から説明されるお店はどれも魅力的に感じた。
その後も彼女と雑談を続けた。
私は段々彼女の人柄に惹かれている自分に気づいていた。
「お客様はこの近くでお仕事されているんですか?」
突然のこの質問に私は一瞬勘ぐってしまった。彼女はオフィス街が並ぶこの地域に、15時頃にやってきた私の事を、近くで働いていてちょっと遅くなったランチをとろうとしてきた人に見えたかもしれない。
でも、これだけ周りのレストランを説明できるほど情報を入れてきている相手だ。
同じジャンルの私たちの店についても相当知っているのだろう。もしかしたら従業員の顔もすでに知っているかもしれない。
「ええ、まぁこの近くで働いています」
なんとも歯切れの悪い答え方だ。
どこかの部分で相手に勝ったと思えたら、自分の身分を堂々と明かしていたと思う。
でも、勝てると思って乗り込んできたのに、圧倒的な敗北感を感じ、頭の中で“思ってたんとちゃう!”と叫んでいる私には、「実は近くの〇〇店で働いています」という一言がいえなかった。負けを認めるようで悔しかったのだ。
結局私は、自分が近くで働いていると明かさずに店を後にすることにした。
帰り際、「来週限定でこんなスイーツを提供しますので、もしご都合が合えば是非またいらして下さい」とオーナーから声をかけられた。うう、完璧すぎて悔しい。
素晴らしい体験をしたのに、家に帰っても私の心は悔しさでいっぱいだった。
私たちのお店に通って下さっているお客様が、このお店を知るのも時間の問題かもしれない。そうなった時、このまま私たちのレストランを贔屓にしてくれるだろうか。
この状態で、今私に出来る事は何だろうか。
翌週、私はそのレストランにもう一度行った。オーナーが帰り際に勧めてくれたスイーツを頼み、再びテラス席へ。
すると暫くしてオーナーが「またご来店して下さりありがとうございます」と笑顔でやってきた。よし、思っていた通りだ。
「実は……」
私は近くの店でサービスとして働いている事、偵察のつもりでこのレストランにやってきた事、悔しい位に美味しかった事、恥ずかしくなって名乗らず帰ってしまった事を伝えた。
つまり敗北宣言だ。今の私にはこれしか出来なかった。負けを相手に認めないと次に進めないと思ったのだ。
その私の話をオーナーは、微笑みを絶やさず聞いていた。
そして私が話し終わった後、一度大きく頷きこう言った。
「今、サービスマネージャーを探しているんですが、興味ありませんか?」
ああ彼女は、まだ隠し球を持っていた。私はどうなるんだろう。
違う。こんなはずじゃなかったのに。
***
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