半端者
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:はねしほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
はじめて紫色の夕焼け空を見たとき、ふっと心から力が抜けてなんだか泣きたい気持ちになりました。さびしいような、哀しいような。青かった冬の空の奥で、太陽が沈もうとしていました。なんともいえない、ぼんやりと形のない紫。
隣を歩いていた今や10年来の友人は、いつもの仏頂面で空を見上げていました。特に自分の心をべらべらと言葉巧みに表現する性格ではないですが、ただ一言、「こわいね」と。その言葉が妙に、自分の心にも、しっくりとはまってしまった。
高校1年生。16歳。あまりに心が不安定な時期でした。
先が見えないという不安を知った時分、からだ中を駆け巡る感情を頭も心も処理しきれず、ただただ見上げてみました。そうしたら、そんな自分をはるかに超える、曖昧さと混じりだらけの色彩が頭の上に広がっていました。
わたしみたい。
この世のすべてが停止したような光景の中で、ただそうぼんやりと考えていました。
感情や思いを言語化しようにも、その色彩さえ名前も分からず。加えて、自分の思いに誰かが名付けた似て非なる感情の名をつけられたくなくて、外部情報を徹底的に遮断している時期でした。しかし、これは“逃げ”なのかと。感情にさえ名前をつけられないのは、もはやわたしに自分自身なんて存在などしていないのかと。
部活で大きな目標に向かって走る人、はるか先の夢を描いて勉強をする人。人生に意味を持って輝く人々を横目に捉えつつ、どこか心は空虚でした。
信号待ちで写真を撮りながら、わたしは決意しました。
もう、答えを出すのは諦めよう、と。
その日から一度も見かけることのなかった紫色の夕焼けは、ある時何の前触れもなく、ひょっこりとわたしの前に現れました。
わたしは19歳で、彼は18歳。だけど、わたしは大学生で、彼は高校生。でも、わたしは大学1年生で、彼は高校3年生。そして、わたしは塾の講師で、彼はわたしの担当生徒。
はじめての授業、開口一番に言われました。
「先生、自分はいわゆるやる気ない奴だと思う」
担当を持つのも、授業をするのすら初めての自分。頭が真っ白になりつつも渇いた口で理由を問いました。
「勉強とかいろんなことをもう、やる意味がよくわかんない」
「俺、ほんとうにやりたくない」
力をつゆほども入れていない瞳でぼんやりとわたしを見つめながら、生徒はそう呟きました。
心の中に「自我がないタイプか!」という嘆き声がこだまする中、否定の言葉を紡ごうとし、はたとして立ち止まりました。
あの日の紫色の空が脳裏にふっと浮かんできたからです。
自分がないのは、わたしも同じか。
そう思った瞬間、生徒がただのやる気がない高校生ではなく、わたしと同じように紫色の夕焼け空の下で立ちすくんでいる子のように見えました。
「そのやりたくないっていうの、よく自ら言えるね」
「自分にもやる意味がわからないものを、やるの?」
それは、ただの勉強にやる気がない子どもの駄々こねではなく、ごく素直な疑問としてわたしに投げかけられていました。
曇りのない瞳で射抜かれて、恥ずかしいような、罪を犯してしまったような気分になりました。
「わたしより全然、あなたは素敵だね」
だって、わたしは自分の心の空虚の上に無理矢理周りと同じレールを引っ張って、疑問に蓋をしてここまで来てしまったから。
あなたは意思を持って、そこに立ち止まっている。
母親に無理矢理入れられたみたいだけれど、君は心までは主導権を握られていない。
「やる気なんて出さなくていいから、とにかくわたしと一緒に、やる意味を考えてみよう」
もしかしたら、よくいる塾講師の言葉でしかないのかもしれない。
それでも、泣きたい気持ちの中でその言葉を絞り出した瞬間、わたしはあの紫色の夕焼けの下で、誰かにそう言って欲しかったんだと思いました。
紫色の夕焼けは、はじめてのちっぽけな空虚さと、孤独という感情でした。
その日から何度も、塾としての授業もしながら、生徒とは対話を重ねるようになりました。キーワードはやる理由。勉強も、趣味のギターも。ただの動機づけではなく、生徒が自分の人生の中で意思をもって選択をしていけるように。意思を持っていることを、意識して生きていけるように。
いっそ恋さえしているのではないかと、生徒の人生の一部にでもなりたいのかと自分でも笑えるほど入れ込んで、話して、話して、何度も話しました。立場を省みない喧嘩もしました。
そんな衝突の中で気づいたのは、わたしたちはフツウにも特別にもなれない、半端者という事実でした。
「わたしたちの話はいつも答えが出ない」
「コタエってなに? 正解のこと? この世の正解って、どこにあるの?」
この世とはいったいどこにあるのでしょうか。わたしの前でしょうか。それともあなたの前? うしろ? 360度見回せば辿り着けますか?
わたしはこの世に生まれてきたことに後悔することが、1つあります。
それは、正解に追われる人間として生まれてしまったことです。
なんていい加減な基準であるにも関わらず、なんて人間の世界を蝕んでいるのでしょうか。この、正解という輩。
この世の正解は、まるで麻薬です。出会えた時は快楽と幸福感で満たされたように錯覚をしますが、あとからじわじわ、じわじわと、また正解を追いかける世界でもがき苦しみ続けるのです。
「わたしたちの生きづらさは、きっとそれのせいだよ」
いつもここで思考停止。いつも、わたしたちは前に進めない。
閉塞感の中で叫び出したい衝動。正解に、mustにこのままでは飲み込まれそうで。
大学受験が間近にせまった冬のある日。
「でも、正解なんて案外、自分が正解になればいいだけの簡単な話かもしれない」
いつものようにノートに赤ペンで丸をつけながら、ふと思い浮かんだ解を呟きました。
「まあ、半端者なりに生きてみるか」
生徒も知らない間に、前に進んでいました。
「半端者が正解になるにはどうしたらいいのかねえ」
「もう正解なんていいよ。自分が楽しく生きられていれば、それでいい」
対話を積み重ねていくうちに、半端者は確かなアイデンティティを持ち始めました。まだ私と生徒の間だけの価値でしかないけれど。
それはただの承認欲求でしかなかったかもしれません。でも、自分を変えるその一歩を踏み出すための、わたしたちの確実な勇気となっていました。
踏み出すだけで良い。けれど、その一歩を踏み出すことに、変わることに、どれほどの気力と勇気がいるのでしょう。ただただ、そのためのきっかけを、誰もが欲しているのだと思います。前に進めずに立ちすくんでいたわたしや生徒がある日掴んだ、その一歩を踏み出すきっかけを。
わたしたちにとって紫色の夕焼けは途方もない孤独だったけれど、わたしたちはその中で価値でもなんでもなくても、ただわたしそのものを見つめて受け入れてくれる誰かをずっと求めていたのかもしれません。
「もう丸つけも最後か」
気づけば、赤本の合格ラインも余裕でとれていた、入試直前のある日。
2020年。23歳。社会人1年目。
相変わらず、半人前な心と共に生きながら、紫色の夕焼けを怖がりながら、それでも半端者らしく楽しんで生きています。
相変わらず、特に優れて頭が回るわけでもなく、アイデア力も人並み以下しかないけれど、せめて誰かの心の空虚に寄り添うことはできます。
うまく走れない人間の、感情も言葉も不器用な半端者の、心のぼんぼりに。
***
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