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オオカミ少年との出会いと言葉の尊さ


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記事:根本 理沙(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
最近、一緒に仕事をした人で、とても印象的な人がいた。
その場しのぎの「嘘」をつくのがとてもうまいのだ。
はっきり言ってしまえば、自分の言葉に全く責任を持たない人だった。
 
例えば、彼の仕事にミスがあり、私から注意をした時。
彼の言葉からは、心から納得、反省し、次はどう動くべきかまでを理解した、と感じられる内容が理路整然と羅列されていた。今回のミスはこれが原因で、自分の行動はここが悪かった、次はミスをしないようにこうする、といった風に。
そのため、私もそれ以上何かを言うことはなく、じゃあ次は頑張ろうねと前向きに会話が終了するのだ。
 
ところが、彼はいつも、自分で提示した「注意されたことを改善するための行動」を全くやろうとしなかった。
そんな彼を見て、私はというと、まだ若いしこれから少しずつできるようになればいいか、と呑気に考えていた。
 
その後、3ヶ月、半年、1年……と一緒に仕事をしてきたが、彼の「悪い癖」は一向に直らなかった。
 
日を追うごとに、彼のその場しのぎの嘘には、磨きがかかっていった。
私が「どうせやらないんでしょ」と言えば、「いやいや、前回はプランAをやろうと思っていたがこういった障壁があった、だから今回はプランBにしてみる。具体的には、こうやって業務に取り入れていく」と、いかにもな回答が返ってくるのだ。
 
疑心暗鬼になりながらも彼の言葉を信じてみると、結局彼がプランBをやることはなく、また私がそのことに対して注意するという…繰り返しが続いていた。
 
彼はいつの間にか、ただの嘘つきになっていた。
 
仕事において、有言不実行は、何よりも信頼を失う行動だ。
私は、仕事は信頼関係が成り立ってこそだと考えている。どんなに仕事ができる人でも、結局信頼してもらえなければ仕事をもらうことすらできない。
信頼を築くためには、日々、コツコツと有言実行を繰り返すことが、一番確実な方法だ。
それができなければ、一向に信頼を築くことはできない。それどころか、どんどん信頼を失っていく。失った信頼を取り戻すのは、信頼を築くことよりも、遥かに難しいことだ。
 
すでにその頃、チーム内でも、彼に不信感を抱いている人が数名いた。後から聞いた話だが、当時、クライアントの中にも、彼に不信感を抱いている担当者が何名かいたそうだ。
 
最終的に彼はどうなったかというと、残念ながら、悪い癖が直ることはなく、私たちのチームから離れていった。
チームから離れたいという相談がきた時も、その場しのぎの嘘を並べてきた。こちらも自棄になっていろいろ問いただしてみると、「元々は違うことをやりたかった」「本当はこんな仕事はしたくなかった」という、なんとも悲しく、虚しい回答が返ってきた。
 
私はというと、最後まで彼のことを責めることはできなかった。なぜかというと、私がその場しのぎの嘘をまったくついていないかというと、そんなことはなかったからだ。
今だってそうだ。正直、その場しのぎの嘘をつくことは、良いこととは思わないが、仕方ないことだとは思う。誰にだって経験があるだろう。どんなに嘘をつくことが悪いことだとしても、時には嘘をついたほうが良いことだってある。
しかし、その言葉に「責任」を持つか持たないかでは、その後の結果に大きな違いをもたらす。
 
彼は、自分の言葉に責任を持つことができなかったのだろう。
能力は多少劣る部分があったが、素直で良い人だったし、一生懸命仕事を頑張る人だった。決して悪い人ではなかった。
ただ、良い人だったあまり、人に嫌われたくない、非難されたくない、と自分を守ることばかりを優先してしまい、言葉が周囲に与える影響や、言葉の持つ重みに気づくことができなかったのかもしれない。
 
彼との出会いによって、私は「言葉」の尊さに気づくことができた。
私は彼が去ってから、より自分の発言に慎重になるようになった。メールや報告書、資料、チャット、SNSなどで文章を作成する時は、何度も何度も自分の文章を見直すようになった。
ミーティングや日常会話など、その場でのレスポンスが必要な場合は、思ったことをそのまま口に出すのではなく、一呼吸置いて、頭の中で伝えたいことを文章に組み立ててから発言をするようになった。
 
慎重になるあまり、時にレスポンスが遅いと怒られることもあったが、自分の考えを、過不足なく、正確に相手に伝えるためには、そのくらいじっくり考える必要があった。
慎重になればなるほど、言葉の尊さに気づくのだ。正しい言葉で正しく言葉を伝えるというのは、とても難しい。
 
彼を反面教師にすることで、私は以前よりうまく言葉をコントロールできるようになった。コミュニケーションの変なすれ違いも減り、信頼関係も築きやすくなり、仕事の幅も広がったように感じる。
 
彼に出会えたことで、私は自分の中になかった「気づき」に気づくことができた。
今、彼がどこで何をしているのかは知らない。
もし死ぬまでに再会することができたら、その時は、自分に気づきを与えてくれたことを感謝したい。正しい言葉で、正しく伝わるように。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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