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2010年のドッジボール


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記事:Mizuho Yamamoto(ライティング・ラボ)

 

それは、2010年の秋のことだった。
受験勉強でストレスの多い中学3年生が、レクリエーションを企画し、球技大会を行うこととなった。

「競技は何にしますか? 」

「男女一緒にやれるものがいい! 」

「体育館でやれば、雨が降ってもできます」

「バレーかバスケ!」

「1チームの人数が少ないから、プレーできる時間が短くなる」

「ドッジボールがいい! 」

「全員で1チーム作って、1組対2組で1時間中楽しめる! 」

1クラス26人。欧米並みの生徒数は、一人ひとりの個性発揮に最適で、40人なら数に埋もれて息をひそめている子も、すべて表舞台に立てるのが大きな長所だった。学級会においてもだれもが「ジブンゴト」として問題をとらえ発言する。

おそらく先進国では例を見ない40人(教員になりたてのころは45人だった! )という1クラスの人数の多さは、個性のない均一な品質の日本人を作るのに最適だと、35年の教員経験で学んだと言っても過言ではない。

私はこの2クラスを統括する学年主任という役割を持つ教員だった。

競技はドッジボールに決まり、ルールや表彰について学級の体育部が企画立案し準備する。
なぜか最近の子たちは、中学生になってもドッジボールを好む。ソフトバレーボールを使うと、男女一緒でもやれるところがいいらしい。男子は下手投げだけというルールを作り力の差が出ないように工夫し、担当は放課後に話し合いを持ち賞状やメダルを手作りして、準備を整えた。

さて、当日。5時間目の授業を終え、素早い動きで体育館に集合した3年生52名は、両クラスの体育部メンバーの司会進行で競技を始めた。

2クラスの担任と1名の副担任、そして学年主任の私の4人の教員は、体育館のステージに腰掛けて、足をぶらぶらさせながら、楽しそうな生徒たちの様子を応援しつつ、のんびり会話する。この観察が、生徒理解に役立つのだ。

「おー、いつもおとなしいAさん、なかなかやる~ 」

「Bくん、身が軽いよね、あのよけ方は。部活動は何だっけ? 」

それぞれの長所を語り合えるのも、すべての生徒を知っているからで、大規模校ではそうはいかない。

「今投げた、あの子どんな子なの? 」

「ああ、あの子が例のCさんかぁ 」

授業に行かないクラスの生徒は、同じ学年でもわからないというのが、大規模校の悲劇。文部科学省は中学校は学年6クラスを適正規模とするが、学年生徒全員の顔と名前と性格とを覚えきれて初めて、学年教員がチームとしてまとまって細やかな指導ができると思う。現代の子どもたちにとって、義務教育までは、それが理想。

となると、どう考えても学年240人は多すぎる。もっと教育に目を向けようよ、日本。少子化の時代、個々に細やかに目を届かせてやれる学校づくりができないものか。

そんな教育談義に花を咲かせていると、

ビュ~ン!!!

いきなりうなりをあげて形の歪んだボールが外野にいたバレー部のD子の右手から放たれ、私の顔面30㎝前にあった。

とっさに左手ではじき落とすと、

「先生、ごめんなさ~い 」

「いいよ、大丈夫」

しかしである。パーの形でボールをはじいたとき左手薬指に痛みが走った。

気にも留めずに、レクレーションを終え、表彰状を手渡す役を果たし職員室に戻る。

何だかちょっと痛いかな? 突き指かな?

ところが左手薬指は微妙に腫れ、湿布でごまかしごまかしの日々が過ぎた。学校を出るのはいつも夜9時頃で、病院が開いている時間ではない。そのうち治るだろうと鷹をくくっていたら、痛みは引いたが指が太くなったまま元の状態に戻らない。

なんと、指輪が入らないのである。

結婚指輪はとうの昔に紛失していたが、普段付けていたパール、ダイヤ、ルビーとお洒落なデザインの指輪がすべて入らない。気に入っていたのに。右手にはめるとコツコツと何かにすぐぶつけるので、そのときから指輪をはめることができなくなった。

 

ところがである。社会人と大学生の息子の母親だった私に、声がかかるようになったのだ。

何の?

もちろんお誘いの声が!

特に東京に行くと。

「お茶でもいかがです? 」

「このワイン、あちらのお客様から」

「ちょっとお話しませんか? 」

最初は分からなかった。突然訪れたモテ期の理由が。不思議な現象。怪奇現象?

極めつけは、フィンランドはヘルシンキの図書館、Library 10でのこと。
郵便局の2階にあるユニークなその場所で、フィンランド語に翻訳された村上春樹の本を見ていると、

「Do you like Haruki Murakami ? 」

「Yes, he is my favorite author」

お互いにおよそ流暢とは言えぬ英語でひとしきり村上春樹の話をした後に、彼は言った。

「No marry ?」

しきりに左手の薬指を右手の人差し指と親指でつかんでみせる彼。

アルジェリアから来たという彼は、ガールフレンドが欲しいのだと言った。

そうか、左手の薬指に指輪がないということは、独身を意味するのだった… 。

モテ期の謎、氷解!

私、あなたと同い年くらいの息子が二人いて、夫もいるわと話すと、彼は残念そうに去って行った。その後ろ姿が、ちょっと寂しげで。もう少し話を合わせてあげたらよかったかな?

2010年のドッジボール。
左手薬指の突き指。

人生は意外なところから、意外なできごとを連れてくる。

 

***
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