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メディアグランプリ

2時間25分の親孝行は口から先に飛び出してきた。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:坂東 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「なぜ一緒に行かなきゃいけないの?」
我慢の限界だった。夫は出向先への通勤のため、引っ越すと言い出したのだ。
「ここから通えるって言ってたよね?」
「1年か2年で元の部署に戻るのに、引っ越し?」
「妊娠8ヶ月で受け入れてくれる産婦人科、あるわけないじゃない!」
 
地域の妊婦向けの講座で、連絡先を交換しあった未来のママ友。
マタニティヨガで、帰りにランチするほどの仲良し。
何でも相談できる助産師さん。
 
初めてのお産の不安を打ち明けられる、かけがえのない人たちの顔が浮かんだ。妊娠するまで、積極的に誰かと交流することがなかった私。それなのに、夫の異動で、すべてが失われてしまう。
 
夫は、どうしても単身赴任できないと言う。
「職場が認めてくれないから、しかたない。普通の会社じゃないんだ」
しまいには、夫が意思を曲げないときのお決まりの言いわけが飛び出し、私はその場から離れた。
 
なんとか気持ちを立て直し、私は転居先の産婦人科に電話をした。転居先の産婦人科は数軒のみ。問い合わせの電話も、ほんの数分で終わった。
もちろん、すべて断られた。
 
結局、私には通院している産婦人科での出産しか、選択肢がなかった。病院から転居先まで40キロ。実家に帰ることも考えたが、病院からはさらに遠い。
 
頼れないのは実家だけじゃなかった。夫は月の半分は夜勤で24時間家にいない。
五分五分の確率で、私はタクシーもしくは救急車で病院に行くことになる。どんなに痛くても、ひとりで車を手配し、玄関まで入院の荷物を運ばなくてはならない。
本当に出産できるのだろうか? 不安と向き合う毎日が始まった。
 
週1回の通院は夫が同行できる日にした。日中は渋滞の多いルートで、往復4時間もかかった。
朝一番の診察の日は食事もままならず、診察の帰りには車酔いに苦しんだ。
 
通院しては翌日、ぐったり寝込むことの繰り返し。引っ越しはしたものの、自力で荷物を開けることはほとんどできなかった。
あんなに楽しみにしていたベビーグッズを買い揃えることも。
 
こんなはずじゃなかった。
体力のない状況で、自力で病院までたどりつき、無事に出産なんてできない。
最悪の場合、子どもも私も一緒にこの世から消えてなくなるかもしれない。
人生でやりたいこと、まだまだたくさんあったのに。
だけど、もう、別にいいや。臨月に入る頃、私は投げやりな気持ちで、すべてをあきらめようとしていた。
 
予定日2週間前のことだった。転居前、相談に乗っていただいていた助産師さんの紹介で、近くの助産院に骨盤ケアを受けにいった。
お腹に超音波を当てた瞬間、助産師さんは言った。
「赤ちゃん、心音が弱くなってるよ」
「えっ?」ショックより先に、やっぱりという言葉が浮かんだ。
「お腹が窮屈だから、すぐに赤ちゃん楽にするからね」
 
それから助産師さんは腰の歪みを調整し、数分も立たないうちに、心音を戻してくれた。
「もう大丈夫よ。元気でしょう?」
そう言って、大きくしてくれたスピーカーからは、力強い鼓動が聞こえてきた。
 
「もう少しで産まれるから。産まれたらメールしてね」
別れ際、助産師さんは笑顔で私を見送ってくれた。
 
誰もいない帰り道、私は歩きながら、ひとり泣いた。
「重たいよ。もう頑張れないよ」
重たかったのは、お腹だけじゃない。出産まで、子どもを無事に守れるのだろうか? もう早くは歩けない体で、ひとりの命を預かっている責任。押しつぶされそうな気持ちで歩く道のりは、とても長く感じられた。
 
それから2日後。深夜、出血があった。足が震えた。
夜勤明けの夫は寝たばかりで起こすのは気が引けた。だけど、どうにも鈍い腹痛がある。もしやと思い、間隔をはかると4分。家が遠いこともあり、病院からは陣痛の間隔が5分を切ったら、連絡するようにと指示を受けていた。
 
想像していたほどの痛みではない。お腹を下しているときの方が、もっと痛い。でもあきらかに一定の間隔で痛みがある。1時間ほど迷っていると、3回続けて、間隔がきっちり3分ジャストの痛みがあった。
 
病院に電話をすると、
「すぐに来るように」と言われた。
 
深夜の道はウソのように空いていた。夫が車を飛ばしてくれたおかげで、病院には40分で到着。このとき、陣痛の間隔は2分10秒。
 
病院に着いてからは、陣痛のたびにひどい吐き気に見舞われた。10分もしないうちに、私はベッドから分娩台に搬送された。
 
そこからはジェットコースターに乗っているかのようなスピードで、お産が進んだ。出したくて出したくて出したくて、しかたがなかった。
 
そして、声が聞こえた。
ああ、産まれたんだと思った瞬間、
 
「力むのやめないで!」と、助産師さんが大声をあげた。
 
確かに足元から声は聞こえている。それなのに、
 
「まだ頭も出ていないから!」と、助産師さんは叫んだ。
 
どういうこと? 生まれる前から泣いているなんて!
 
動揺しながらも、指示に従ってもう一度いきむと、声がさらに大きくなった。
 
「おめでとうございます!」
助産師さんに見せられた赤ちゃんは、きれいなピンク色で、口をさかんに動かしていた。
 
不安材料しなかった出産は、2時間25分という驚くべき速さで完了した。
 
そして、おしゃべりな人のことを「口から先に産まれた」というとおり、子どもはヒマさえあれば、ずっとしゃべっているたいそう元気な子に育った。
 
ときには「どうして黙っていられないの?」と、声を荒げてしまうこともある。
そして、イライラするたびに、助産師さんの「まだ頭も出ていないから!」という言葉を思い出して、こっそりにやにやするのだ。
 
予定日でもないのに、車で移動できる日に産まれてくれたこと。
頑張れないと言った私に負担をかけないかのように、超スピードで産まれてくれたこと。
私にとっては、最大の親孝行だった。
 
「ママー!!」
 
これを書いている今も、大きな声が聞こえてくる。
 
無事に産まれてきてれてありがとう。
今日もちゃんと元気でいてくれてありがとう。
それだけで、もう十分だ。
 
案ずるより産むがやすし。
口から先に出てこなくても良かったけれど、
昔の人の言葉は真実だった。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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