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たとえわずかに見えたとしても


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記事: 堀井 灯(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「しまった!」
と、彼は叫んだ。しかし、もう遅かった。
あっという間に水は足元から腰へ、そして胸元へと増し、すさまじい勢いで彼を押し倒し、暗闇の底へと押し流していった。
 
10年ほど前のある夏の夜、私たちは、行きつけの赤提灯にいた。
いつもは陽気にオヤジギャグを滑らせる飲み友達のAさん(当時50代)が、その日に限って、神妙な面持ちで、焼酎をぐっと一口あおってから、ぽつぽつと語り始めた。
 
Aさんは、若い頃、下水道関係の仕事をしていたという。
その日も、Aさんは、後輩のBさんと共に、都内某所の現場で作業していた。良く晴れた日だった。
酸素・硫化水素等の濃度を測定して異常がないことを確認してから、事前の役割分担どおり、Aさんは地上に残り、Bさんはマンホールから下水道管の中に降りて行った。
 
どのくらい経ったであろうか。
空がにわかに曇り、ぽつぽつと、そしてザッと雨が降った。
通り雨だった。ほんの数分で、何事もなかったかのように止んだ。
 
Aさんは、無線で「大丈夫か? 戻ってこい」とBさんに連絡した。
Bさんは、「大丈夫っす。ちょっとやりかけてる部分があるんで、キリが良いところで、すぐに戻ります」と答えた。
しばらくして、Aさんが再び無線で呼びかけたが、Bさんの反応はなかった。
マンホールを覗いてみると、水位を増した黒々とした水が、恐ろしいうなり声をあげて流れているのが見えた。
その後のことは、よく覚えていない。
 
数日後、Bさんの遺体は、現場から数キロ離れたところにある下水処理場で発見された。大きなゴミを取り除くためのフェンスに引っかかっていたという。
遺体の損傷は激しかった。汚物にまみれ、ゴミの破片にぶつかって切り裂かれ、すさまじい水の威力によって捻じ曲げられていた。
 
それから、しばらくして、Aさんは仕事を辞めた。
 
今日は、Bさんの何回目かの命日だった。
Aさんは、今でも、ときどき自責の念に駆られるという。自分がもっと早く気付いていたら、もっと厳しくBさんに即刻非難するよう呼びかけていたら、救えた命かもしれない。
無残に変わり果てたBさんの姿、泣き叫ぶ遺族の声が、目と耳から離れない。
 
そう言って、Aさんは、さらにもう1杯、焼酎をぐっと飲み干したのだった。
 
なぜ、今になって、私はこんな話を思い出したのか。
それは、コロナ禍のせいかもしれない。
 
今年5月25日に緊急事態宣言が全面解除されてから、約4か月が経過した。
感染者数は依然として高水準ではあるものの、多くの市民は、コロナ禍が始まる前と同じように通勤・通学を再開し、街へ繰り出している。政府までもが、Go To キャンペーンなるものを打ち出すなど、経済を回すのに躍起になっている。
 
たしかに、新型コロナウィルスに感染する確率としない確率とでは、前者のほうが圧倒的に小さい。また、感染したとしても、発症する人はさらに少ない。さらに、発症したとしても、入院して人工呼吸器を装着しなければならないほど重症化する人は、もっと少ない。
若くて、基礎疾患を抱えていないのであれば、それほど神経質になる必要はない、と主張する人もいる。
 
しかし、地上ではわずかな降水量に見えたとしても、それが側溝などを通じて地下の下水道管に集まれば、そこは濁流と化すのである。
 
新型コロナウィルス感染症も、個人レベルで見れば、感染・発症の確率はごく小さいといえるのかもしれない。
しかし、地域医療の中核を担う病院等から見れば、その確率がほんの少し高くなっただけでも、患者数が急増し、大きなダメージを受けることになる。また、新型コロナウィルス感染症の患者が増えれば、その分、他の疾患を抱えている患者に割ける医療機関の人的・物的リソースが減少することになる。
 
そのことに、私たちは想像力を巡らせたい。
今、私たちが「感染しない」「感染させない」ためにできること。
それは、手洗い、うがい、咳エチケットを徹底すること。できるだけ、3密状態を避けること。
 
たしかに、これらのことは、これまでも繰り返し言われてきたことであり、なんら目新しいものではない。
しかし、これから秋になり、冬になれば、季節性インフルエンザも流行してくる。新型コロナウィルスとの「同時流行」もありうる。両者は症状が似ている部分もあり、患者の急増により医療現場の混乱も予想される。
 
インフルエンザ等の予防も兼ねて、これらの基本動作の徹底を、改めてお願いしたい。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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