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香川県で息子とうどんをこねながら「ネット・ゲーム依存症対策条例」について考えてみた

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記事:新明 文(編集ライティングゼミ)
 
 
「香川には住めねー」
「脳みそがうどんでできてるんじゃね? マジ昭和」
 
2020年4月1日、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例が施行した。全国ニュースで取り上げられることなどめったにない県のニュースが全国放送で流れた。その日、ツイッターでそのニュースに関するコメントがあふれていた。反対意見が多く占めるコメントをみて、残念に思う一方、私たち香川県民はもしかして時代錯誤しているのかもしれないという疑念も生まれ、複雑な心境であった。香川県に住む母親として、「ネット・ゲーム依存症対策条例」を守るべきなのか検証してみた。
 
 

四国新聞が香川県民に与えた影響


ネット・ゲーム依存症対策条例が可決・施行されるまでのストーリーはよく覚えている。そもそもは香川県民がかかえる健康問題が発端だった。香川県民は糖尿病患者が全国に比べると多い。お昼はうどんを食べることが多く、野菜摂取量が少ない。また、車社会であるため、歩行数も少ない。そういった生活習慣を改善しようと香川県の地方紙である四国新聞が立ち上がった。小学生の運動啓発や健康に特化した新聞の発行などなどさまざまな取組をしていた。その一環として『ほっとけない香川 ゲーム依存』という連載が2019年1月6日から始まった。
 
健康問題は年齢的にあまり関心がなかったが、ゲーム依存症については関心があった。その理由は二つある。まず、ちょうどそのころ任天堂スイッチを小学3年生の息子に購入したからだ。次に、スマホが持つ中毒性を自分自身、身をもって感じていたからだ。ちょっとしたスキマ時間についついスマホを手に取ってしまう。また、道行く人をみても誰もがスマホを見ている。食事中、歩行中、待ち合わせ中……。正直、スマホが生活に食い込んでいる現状にうんざりしていた。
 
だから四国新聞の特集連載を私は楽しみにしていた。ゲーム依存症についての知識がどんどん増え、ママ友との井戸端会議でもたびたび話題になった。
 
2019年10月16日、四国新聞が新聞協会賞を受賞する。勢いづいた四国新聞は紙面上でさらに大きくゲーム依存の特集を組む。連載一回目からずっと特集を読んでいた私も嬉しく誇りに思った。
 
そして年が明けて2020年1月10日。香川県議会が香川県ネット・ゲーム依存症対策条例を提出し、3か月後に施行された。
 
条例の要旨は以下の通りである。
・条例の対象となる「ネット・ゲーム」とは、インターネットやコンピューターゲーム(コンピューターを使用したゲーム全般を指し、オフラインゲームも含む)
・1日当たりのゲーム利用時間の目安は「平日60分まで、休業日90分まで」スマートフォン等の利用は「中学生以下午後9時まで。それ以外の子ども(18歳未満)午後10時まで」
・条例に違反しても罰則などの規定はない。
 
1年間、ゲーム依存症についての記事を読み続けた私はこの条例の施行を自然な流れのように思えた。今思えば、子どもの悪いところばかりに目が行ってしまう親心とよく似ていた。ゲームの利点に関する記事は見落としていたのか、読んでも頭にはいってこなかったのか分からないが「ゲーム=悪」としか思えなかった。
 
 

AIに職業を奪われる!?


ネット・ゲーム依存症対策条例に対する全国からの反応をみた私は、もう少し広い視野でゲームについて理解する必要を感じた。私たち主婦層はゲームを含めたコンピューター全般の知識に弱い。アルゴリズム、クラウド、デバイス等年々増え続けるカタカナ語に対応できない。IoT、ICTなど英語の略語には拒否反応がでてしまう。10~20年後には、今ある職業の約半数がAIによって自動化されるという。私の息子は10数年後、社会人になる予定だ。氷河期世代の私以上に社会にでるのに苦労するかもしれない。では、デジタルネイティブといわれる息子の世代に必要とされるスキルは何なのであろうか。
 
その答えを求めるべく新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)を読んだ。読む前に題名から予想した私の仮説はこうだった。
「ゲームばかりしている現代の子は本を読まない。だから教科書が読めないのだろう。やっぱりゲームは良くない」
だが、この仮説は見事に外れる。
 
まず、新井氏によると、AIの得意分野は統計、分析だという。この分野を生業とする職業はなくなる。例えば、有名な人でいうと「半沢直樹」だ。彼は銀行の融資担当者である。融資担当者は物件の価値、年収、事業規模などの情報から返済能力の信用度を審査する。あの半沢さんでさえAIに職業を奪われる……。背筋が凍り付く思いがした。
 
しかし、AIにも不得意なこともある。新井氏は人工知能プロジェクトとして「ロボットは東大にはいれるか」という研究をしている。結果として東ロボくんは東大にはいれなかったのだが、その敗因は「読解力」がないことであった。それゆえ、その「読解力」さえ身につければ、人間がAIに職業を奪われることはないと予測している。
 
そしてこの本の本題である「教科書が読めない子どもたち(リーディングスキルテスト)」の研究である。子どもの読解力調査を綿密にした結果、驚いたことに、AIに負けず劣らず人間の子どもたちにも「読解力」はなかった。
では「読解力」はどのように養われるのだろうか。その答えは明確にこの本で記されていなかった。ただ、「読書習慣・メディア利用時間」と「読解力」に目立つ相関関係はない、という調査結果が記されていた。本を読めば読解力がつくというわけではないらしい。
 
 

子どもには徹底的にゲームをやらせなさい!


本屋さんで一冊の本の帯が目に留まった。成毛眞著『AI時代の子育て戦略』(SBクリエイティブ)という本である。「子どもには徹底的にゲームをやらせなさい」と帯に書いてあった。「徹底的にゲーム!? 生活習慣が乱れて朝起きられなくなって、ゲームのことしか考えられずに日常生活がままならなくなって依存症になるんじゃないの?」と思った。でもゲーム賛成派の意見を知りたかったので、読んでみることにした。
 
成毛氏によると、AIの技術進化によりビジネスシーンが目まぐるしく変わる現代は、これまでの常識が通用しなくなるらしい。教育に関してもそうだ。私たちの常識も覆す必要がある。私が学生の時は「偏差値のいい大学に進学する=大企業に就職できる=収入が安定する」だったが、その考えを更新しなければならない。受験勉強はさておき、子どもが夢中になることを子ども時代にするべきだと主張する。ただ、それを見つけるのが難しい。しかしゲームであれば夢中にならない子どもはいない。だからゲームさせよということであった。
しかも、現代のゲームはよくできているらしい。スマホやYouTubeを使って攻略方法を分析し、無意識にPDCAを実行し、ゲームから多くのことを学べるというのだ。
 
確かに私は現代のゲームについて全く知らない。知らないのに一方的に批判するのもどうかと思う。そこで成毛氏オススメのスマホゲームをひとつやってみた。『Monument valley』というパズルゲームだ。このゲームはグラフィックが美しく、現実の世界では味わえない新感覚を体験でき、レベルをクリアするごとに達成感が得られた。幻想的な物語の中に舞い降りたようだった。子どもと一緒にプレーしてとても楽しかった。成毛氏の主張にすべて賛成するわけではないが、私の考えが少し変わった。「ゲームもおもしろい」。
 
また、成毛氏はプログラミングが読解力をつけると言い切っていた。私はプログラミング学習をしていないのでピンとこないが、もしかしたらプログラミングは読解力をつける道具の一つなのかもしれない。読解力というのは理解すること。プログラミングなのか、読書なのか、絵なのか、音楽なのか、スポーツなのか個人によって分からないが、これらはすべて「読解力」をつける道具になりうるということかもしれない。
 
 

オンラインが「居場所」


新型コロナウイルス感染症の影響で世の中は一気にオンライン化が進んだ。Zoomなどのオンライン会議システムを利用し、大人は在宅で仕事をしたり、子どもは習い事をうけたりした。ネット・ゲーム依存症対策条例による時間制限などとんでもない。パソコンやスマホの前に座る時間が大人も子どももどんどん増えた。インターネットがまだ開発されていない時代に感染症が流行していたらどうなっていただろうか。経済が完全に破綻するか、もしくは多数の死者をだしていただろう。本当にインターネットがあってよかった。
 
また、今回、外出できなくなって初めて気づいたことがある。実はコロナ禍以前から「外出できない人」は大勢いたということだ。例えば、何らかの障害や病気を抱えている人、不登校の子ども、引きこもりの大人だ。身体的にまたは心的に外に出ることが困難な人たちだ。もともと彼らにとって「オンライン」は日常だった。インターネットが彼らの手となり足となり彼らを別の場所に運んで、「居場所」を作っていた。通信制の高校「角川ドワンゴ学園」をご存知だろうか。この高校はオンラインで授業を行う。オンラインでの部活動も盛んだ。また遠足もあるらしい。全国からドラクエXのバーチャル空間に集まり、友達に出会う。彼らもまた「インターネットがあってよかった」と私が思うよりずっと前から実感していただろう。
インターネットは時に人と人をつなぐパイプになる。
 
 

依存症の話


ここまでゲーム・インターネットの利点や私の心情の変化を主に記してきたが、ここで依存症の話もかいておくべきだろう。
 
私の周りにはゲーム依存症ではないかと思われる人が結構いる。私の友人の甥っ子はゲームの世界にどっぷりはまり高校を辞めてしまった。今はアルバイトを転々としている。彼は父子家庭だった。彼がひとりで過ごす時間、オンラインゲームにはまるのは自然な流れであった。未成年の彼が自分で時間をコントロールできるはずもなく、昼夜が逆転し、朝起きられなくなる。学校に遅刻するようになり、勉強はどんどん分からなくなる。授業はお経を聞くようなものであった。家族は病院に連れて行こうとするが、本人は自分が依存症だという自覚はなく病院の予約をすっぽかす。そして高校も辞めてしまったらしい。
 
また、私の友人もスマホ依存症が疑われる。毎日の仕事にやりがいが感じられず、また人付き合いも苦手なタイプだ。しかしオンラインゲームの世界では気の合う仲間がいて、自分を認めてくれる。会社を辞めるまではいかないが、スマホを片時も離せない。依存症かも? と本人も自覚しているが、病院に行こうとは思わない。
 
ネット・ゲーム依存症の怖いところはとても「手軽」なところだ。いつでもどこでも無料またはワンコインですぐに楽しめる。そしてネットの中には共感してくれる「人」がいる。
ゲーム依存症になる原因は別にある。孤独やさみしさ、家庭内の問題、学校でのいじめなど現代の社会が抱える問題に起因していることが多いと思う。
 
 

家族で決める


自分の子ども時代を思い出してみると、友達と遊ぶことが大好きだった。外で鬼ごっこをしたり、家でボードゲームやファミコンで遊んだりしていた。現代の子どもは私の時代に比べて外で遊びにくい。まず公園の数が少ない。あってもボール遊び禁止、スケートボード等の遊具禁止、花火禁止など決まり事が多い。また小学校低学年までは保護者同伴が求められるため、親の都合で外に行けないことも多い。そして少子化の影響もあるのか外で遊んでいる子どもが少ない。そう考えると子どもがオンラインゲームで友達と遊びたがるのも理解できる。私たち親は、ゲームがもつ中毒性やネット社会がもつ危険性を理解した上で、子どもが求めるならゲームをさせてあげるべきだろう。
 
AI技術の向上により社会が変化していること、インターネットは「人」と「人」を結ぶパイプであること、子どもの遊び場がないことを総合的に考えると、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例は得策だったとは言いにくい。ゲームが与える悪影響の側面ばかりを強調し、一方的だからだ。ただ、ゲームが持つ中毒性やゲームとの付き合い方を考えるきっかけを社会に与えたことは確かだ。
 
メディアとの付き合い方は食べ物との付き合い方と似ている。両者ともにバランスが大切だ。好きなものばかり食べたがるのが子どもというもの。大人は子どもがバランスよくメディアと付き合えているか見守る必要がある。県の条例を神のお告げのように利用して、機械的にゲームを禁止するのではなく、大人も一度立ち止まり勉強して自分で考えてみよう。なぜ、子どもはゲームをしたがるのか、考えてみよう。そして家族でルールをつくろう。きっとゲームと上手く付き合えるだろう。
 
家族で決めた小学校4年生の息子のゲームのルールはこうだ。
「ゲームは任天堂スイッチ。課金制のスマホゲームはしない。平日0時間。休日2時間。ルールを変更したいときは申し出る」
 
 
 
 

参考文献
新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社
成毛眞著『AI時代の子育て戦略』SB新書
国立病院機構久里浜医療センター『ネット・ゲーム使用と生活習慣についてのアンケート結果』
樋口進『スマホゲーム依存症』内外出版社

 
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2020-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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