メディアグランプリ

子どものころ福岡に7年間住んでいた《白水くんのこと》


Yamamotoさま 子供の頃

記事:Mizuho Yamamoto(ライティング・ラボ)

 

福岡を離れて43年。博多駅や天神には頻繁に行くが、幼いころ暮らした街にはほとんど行くことがなかった。私が小学生の時、町から市に昇格し、周りが田んぼだらけだった風景は、見る見るうちに開発され、団地や住宅が次々に立てられていく過程を横目に去った街。

田んぼといえば思い出すエピソードが一つ。

「うちの田んぼの一番場所のいいところに、息子の病院を建てる! 」

小学3年生の授業参観の懇談会から帰ってきた母が、白水(しろうず)くんのお母さんが話してたよと言った。

「気立てが良くて勉強もスポーツもできるあの子なら、きっといいお医者さんになるだろうね」

うちが農家でお父さんは学校の先生という白水くんは、ハンサムで背が高く何でもできるのに嫌みのない素直な男の子だった。

廊下で白い息を吐くような冬の寒い日の掃除時間に、冷たいバケツの水に雑巾を浸して、せっせと拭き掃除をしていた白水くん。

乾いた雑巾を手に、教室内をぶらぶらしている私に、

「どうして掃除しないの?」

と担任の先生。

「だって、冷たい水がいやだから」

クラスのみんなは冷たさを我慢して一生懸命掃除をしているのに、そんな風に答えるのは珍しいと、懇談会の後こっそり担任の先生から言われて恥ずかしかったと母は言った。

ひとりっ子で大事に育て過ぎたかと反省しきりの母だった。

クラスには鉄くずを集めて生計を立てている在日韓国人の女の子もいて、私が愛読する姜尚中氏の子どものころをほうふつとさせるような暮らしだった。

ある日曜日、親子三人でドライブを楽しみながら走る道のわきに、鉄くずを積んだリヤカーを引く男の人と、後ろからそれを押す同い年くらいの女の子の姿を見た。

「あっ、Kちゃん」

遊んでいる自分と働く彼女の差に胸がチクンとした。

翌日小学校で、

「Kちゃん、昨日お父さんのリヤカー押してがんばってたねぇ」

真っ赤になってうつむく彼女。

白水くんが私を引っ張り、
「そんなこと、みんなの前でいったらだめだ
よ。Kちゃん、恥ずかしそうにしてるだろ」

「? ? ?」

えらいねぇとほめようと思っていた私は、白水くんのことばから自分の浅はかさに気づくまで、ゆうに5分はかかった。

そんな心優しき彼は、私立中学の難関校に合格。徒歩で3分の公立中に進んだ私の家の横を通り、見慣れない制服を着てバスと電車を乗り継いで通った。

ある土曜日の昼下がり。
庭に出ていた私を、垣根の向こうから呼ぶ声

「何してるんですか?」

走っていくと、学校帰りの白水くんが立っていた。

ひとしきり互いの学校の様子を話し、
「またね」

と別れた。

夏休み前に佐世保に引っ越した私は、その後小学校の同級生とは誰一人会うこともなく今に至る。

最近、福岡で学校司書をしている友人と二人で、福岡県内公共図書館巡礼のドライブをしている。

私のかつての母校に勤務経験のある彼女が、懐かしい場所通ってみる? と案内してくれて、小学校や住んでいた家の近くを通った。
農協、ラジオ塔は分かるが、記憶にある風景はもうそこには存在しなかった。

遅い昼食を取ったレストランで、

「この辺の田んぼに、息子が医者になったら病院を建てるって、同級生のお母さんが話してたっけ」

「白水くんっていうんだぁ」

「ん? ちょっと待って」

即スマホで検索する彼女は、さすが司書だ!

「この人?」

思わず鳥肌が立った。

そこには近くの病院の院長として、白水くんの昔の面影の残る顔写真と経歴が……。

「お母さんの夢、叶ったんだねぇ」

きっとお母さんは、休みの日も部活動に出かけ、農業をなかなか手伝えなかった教員の夫の姿に、息子にはもっと良い職業について欲しいという夢を持ち続けていたのだろう。

これは、うちのお母さんに話さなければ。

いやぁ、びっくりしたよ。白水くんがね……。

と話したい母はもうこの世にはいないのが、残念でならない。

 

***
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2015-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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