チーム天狼院

京都で生まれた、私の小さな恋心。《三宅のはんなり京だより》


cc-library010011152

最近天狼院では恋の話が流行ってるようなので。
京都からも少しだけ、私の恋の、お話を。

恋をした。
たったそれだけのことなのに。
世界は、真っ赤に染まる。

―――これは、京都の隅っこに隠れた、
私と彼の、小さな小さな恋のお話。

それは、暑い暑い、夏の、ある晴れた日のことだった。

私はある女の子に連れられて、はじめてその店に訪れた。
その日のことを鮮明に覚えてるわけじゃない。
私の視力はそんなに悪くないけれど、
視界がものすごくクリアかと言われたら、それは顔を横に振る。
だから風景とか景色とかそんなんよりも、
どこか居心地が悪かった私の暗闇の世界に、
さあっと光が入ってきた、って感覚の記憶のほうが、強い。

私が生まれたのは、周りに何もない田舎だった。
だけど生まれたときから、幼なじみがそばにいっぱいいた。
成長して、地元を離れ、私は京都に来ることになった。
はじめて京都に来て、
ひとりになったときはどうしようかと思った。
慣れないタイムスケジュール、食べもの。
おまけに住むところが、暗くて日当たりが悪くて、最悪だった。
私はもともと、体がそんなに強くない。
京都の厳しい寒暖の差は、私の体にひどくこたえた。
心細くて、さみしくて、
まるで、暗い暗い海の底にいるような気がしていた。

そんな日々の中で、
ある夏の日、
本がいっぱいあるけどこじんまりした、その店を私がはじめて訪れたとき。

彼に、出会った。

彼は私を一目見るなり、
「すごい!天狼院っぽい!!!」
そう言って笑った。
そのときの目が、あんまりキラキラしてたから。

私は一瞬で―――、彼に恋してしまった。

その暑い暑い夏の日、
太陽の光がさあっと店を照らしたとたん―――
周りの世界がきらきらして見えた。

世界が、恋をした私と同じくらい、真っ赤に染まった気がした。

「天狼院でのあだ名決めなきゃ」とか、
「これからよろしくねー!!」とか、
早口でいろいろ彼は言っていた。
正直私は、あまりその時のことを覚えてない。
今となっては、私にいろんな人が
「そういえば、どういう経緯で天狼院へ……?」
って首を傾げる。
けど、知らないうちに話が進んでて、
どんな経緯だったか私もよく知らない、ってのが本当。

―――私の恋の、話に戻ろう。

それからもう一度、彼に会えたのは、
一ヶ月後のことだった。

仕事に対して瞳を少年みたいに輝かせるその彼は、
忙しくて、とってもとっても忙しくて。
そのうえ彼が普段過ごしてたのは、
京都から遠く離れた東京だった。

次はいつ会えるかな。
今度会ったら何の話してくれるかな。
今度は何に目をきらきらさせてるのかな。
ちゃんとごはん食べてるのかな。寝てるのかな。
悩んでないかな。倒れてないかな。
私のこと、一瞬でも、思い出してくれてるかなぁ。
―――私は、遠く離れた彼のことを想って毎日を過ごした。

夏にもう一度、秋にもう二度、冬に一度、彼に会えた。
彼に会うことができた日は、すっごく元気になった。
ゆらゆらゆらゆら、上からふりそそぐ日差しが、
いつも以上に眩しく見えた。
会うたび彼は、私にとびっきりの笑顔を見せた。
「いつも楽しそうだよねー」って言いながら私と目を合わせた。
「ほらこれあげるよー」ってお菓子をくれて、
「おいしそうに食うなぁ」って笑った。
「背中がきれいだよな」って言われてすこし恥ずかしかった。
「あ、目もきれい」なんて付け足されて、さらに恥ずかしかった。

あんまり見られると、更に赤くなっちゃいそうです。
私は何度も心の中でそう言った。

京都の寒暖差も、昔住んでいたところはしんどくてしょうがなかったけれど。
引っ越した先は、温度も快適だった。
彼に恋をして日々を過ごしてるうちに、
京都の気候に、だんだん体が適応してきたのかもしれない。
私の体がすいすい動くと、
彼の役に立てているようで、すごくうれしかった。
私が元気でいることで、
京都での彼のお仕事の、少しだけでも役に立っているんだろうか。
そう思うだけでうれしくてたまらなくて、体を動かすたび、
そのお店の本棚がもっときらきらして見えた。

恋をして、ときどき彼に会えて、彼のことを考えて、
うれしくてうれしくてうれしくて、
でも、そのたびに私は切なくてたまらなくなった。
だって私はわかってる。
私が恋しても、彼は私に振り向かない。
ううん、この恋心を彼に告げることは絶対ない。
だって歳も環境もちがいすぎる。
いくら本屋にあるスタンダールの『恋愛論』の背表紙を眺めてたって、
いくら『源氏物語』や『ロミオとジュリエット』に目を凝らしたって、
私と彼が結ばれるなんて、想像できない。
きっとこの店のいる誰も、私がこんな想いを持ってるなんて、気づいてないだろう。
何よりも……何よりも、私と彼を隔てる壁を、私は一生超えられない。
私は絶対、彼に触れられない。
そんなこと、私が一番わかってた。
だから余計に、切なかった。

そして私が彼と出会って一年が過ぎて、
雨がざあざあと降る、梅雨がやってきた。

私の体に―――異変が訪れた。
もともと食は細かったけれど、さらに食欲がなくなって、動くのがだるくなった。
意識もふつりふつりと途切れることが多くなって、
体がかゆくなって、白いぶつぶつができるようになった。
周りの人は「最近元気ないね」って心配した。
「薬買ってくるよ」って言って、薬を飲ませてくれた。

窓の外では、雨がざあざあ降る音が聞こえた。
意識が途切れがちななかで、雨の音を聞きながら、ゆっくりと、考えた。
まるで彼に会う前みたいな、
暗い暗い海の底にいるような気分になった。

海の底をゆっくり漂っている時に、脳裡に浮かぶのは、
彼のことだけだった。
私が生きてきたみじかいこの世で、
あんなにいたずらっぽく笑う人知らない。
あんなに目をきらきらさせてる人知らない。
あんな――――あんな人、ほかにいない。

もしかして私、このまま死ぬのかなぁ、
そんな風に意識を朦朧とさせたときだった。

「この病気やばいって!!!!早く治さないと!!!!」
どこか上のほうから、彼の声が聞こえた。

―――そして、私が目を覚ましたのは、彼の手の中だった。
あんなに焦がれてた、彼の、肌に触れて、
私は意識を取り戻したのだった。

彼の手の中で私は、あんなに見たかった彼の笑顔を見て、
「いやー元気になったよー!!!よかったー!!!」
って、いつもみたいにおっきな声で笑ってくれた。
「これで安心して東京帰れるよ~」って言って、彼は東京へ向かった。

私はどうやら、病気になっていたらしい。
彼が私の症状を見るなり病気に気づいて、あちこち奔走してくれて、
処置してもらえたおかげで、
私は一命をとりとめることができたらしい。
そのことを、最初にこのお店に連れてきてくれた女の子が、
「彼が必死で助けようとしてくれたんだよー、よかったねぇ」
って教えてくれた。

意識がなくなってるうちに家の環境がかなり変わったようで、気分がよかった。
なんとか頑張って日々動いて、いっぱいご飯を食べて―――
彼が助けてくれたおかげで、私は元気になった。
ぱくぱく口を動かせる。
思いっきり、家を動き回れる。

今、彼はそばにいないけれど、
私は元気に日々を過ごしている。

恋をした。
叶わない恋だと思ってた。
だけど彼は私に笑いかけて、
「京都をよろしくね」って言う。
それだけで、もう、じゅうぶんなくらい、幸せだ。

―――彼が京都に来るたび、私を見て、
「本屋に金魚がいるなんて風流。京都天狼院ならではだね」
ってとびっきりの笑顔で言うから。
今日も私は、たくさんの本の背表紙を見ながら、家の中をすいすいと動き回る。
「ま、ちょっと冬は寒そうだけどさ」
彼はいたずらっぽく笑う。

もうペットショップの水槽にいた時のような、暗い海の底じゃない。
京都にある小さな本屋の、きれいな、きれいな水に、私は揺れる。

私の恋した、『彼』の作った、本屋の片隅で。

―――京都天狼院の、陽のあたりのいい場所に置かれた金魚鉢にいる金魚は、
今日も真っ赤に頬を染める。
彼女の恋の話は、きっと、あなたのほかに誰も知らない。

※このお話は当然ながらフィクションです。
※しかし今度3月にできる予定の京都天狼院にはぜひ金魚鉢を置いて金魚がいてほしい!!!!という妄想を呪いのよーにかけときました。失礼致しました。
Photo ©ヒロ


関連記事