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「あした、なに着て生きていく?」に出会った日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:クヌギヤマナオコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その言葉を見たのは、池袋のルミネだった。
休日にぶらぶらと洋服屋さんを巡っていて、4階フロアを歩いていたときに突然、目にとび込んできた。
 
「あした、なに着て生きていく?」
 
その途端、はっとして胸が苦しくなり目をそらした。息を吐いて気持ちを整えた。
涙が出そうになって、目をつむった。
 
それは、earth music&ecologyという女性ファッションブランドの広告だった。もうずいぶん前の話で、でも、その時の衝撃を今でも覚えている。
 
別に、その時、私自身の身に何かがあった訳ではないのだ。
個人的にとても辛いことがあってちょっとした刺激にも敏感になっていたとか、そういう訳ではなく、普通にフラットな気持ちのつもりだった。
でも、その言葉を見た瞬間、私はもう泣く寸前だった。
 
「なんだこれは??」
 
自分の反応が理解できず、私は戸惑った。心の中で何度か反芻した。「あした、なに着て生きていく?」「あした、なに着て生きていく?」
その度に、胸がくるしくなった。私はその場を離れた。
 
そのままドトールに直行し、お茶を飲んでいるうちに気づいた。というか、わかってはいたが、改めて思った。私はぜんぜん明日に期待しなくなっている。あの日から。
あの日から半年間、私はずっと明日がこわい。
 
あの日というのは、2011年3月11日のことだ。
東日本大震災が起こったそのとき、私は東京で働いていて、会社から8時間かけて自宅まで歩いて帰ったけれど、それも初めてのことだったしとても恐かったけれど、でも被災した訳ではない。東北に家族や友だちもいない。
それでも、あの震災は自分の中の何かを変えたと思う。
 
私はその前日のことをよく覚えていない。次の日にそれが起こるってことを知らなかったからだ。
明日は今日の続きで、今日と同じような1日を同じように過ごすと思っていた。
数年後には、色々と身辺が変わっているかも知れないけれど、明日はそうじゃないと思っていた。
 
でも、明日ってそういうものじゃなかった。
それを初めて知ったのが、このときだった。
私は明日がこわくなった。
 
震災とは関係のないニュースでも、例えば事故で自分を同い年の誰かが亡くなったと知ると、その子は自分が明日死ぬって知らなかったんだよな、と思った。
夜寝る前には、今日死んでしまったあの子は、昨日どんな気持ちで眠ったのかな、とか考えた。来週の予定とか、次の連休に行きたいところとか、自分が死ぬとも知らずに考えていたのかもしれない。
 
でも、「死ぬとも知らずに」って、知れる術があるみたいな言い方だけれど、知れっこないんだよ、不可能なんだよ、絶対。
何の予兆もなく、何の気配もなく、今日が最後の1日になるってことも分かんないんだよ、絶対。
じゃあ、どうすればいいんだよ……?
 
イライラして、不安で、でも実際に被災して家族や大切な人をなくした人がたくさんいるのに、あったかい布団にもぐりながら頭の中でだけ一人前に葛藤している自分が、ものすごくくだらない嫌な人間に思えた。
 
でも、いずれにせよ、今日死んでしまったあの子は、自分が今日死んじゃうってことを昨日は知らなかった。何なら、今日の朝だって知らなかった。
そう思うと、今私が知らないだけで、明日何かがあってもおかしくない。
とにかく、明日がこわかった。
そんな中での「あした、なに着て生きていく?」だった。
 
「あした、なに着て生きていく?」
 
そう聞かれて私は、泣きそうになった。胸がくるしかった。
でも、「明日なんてあるかどうか分からないんだし。別に何着てたっていいんだよ」とは、思わなかった。
 
「あした、何着てく?」
これはもう何回も何十回も、何なら100回以上だって言ったかも知れない言葉だ。聞いたことだった数えきれない位ある。
でも、何を着ていくか考えるとき、その前提に「自分が生きていること」があるということに私は気づいていなかった。
でも、本当は、明日生きていてこそ何かを着られるのだ。
明日、着る服を選ぶ。それは、明日も生きるという意思表示だ。
 
「あした、なに着て生きていく?」という問いかけには、きちんと「明日、生きていないかも知れない」ということが内包されている。
別にそれは悲観的とか暗いとかいうことではなくて、その可能性から目をそらして生きるよりもむしろ、強いエネルギーを持っていなければできないことなのだ。
 
あの言葉を見たとき、「明日がどんな日であるかは分からないけど、あなたは明日も生きるよね?」と目の奥をのぞきこまれているような気持ちになった。
「あした、何着てく?」であれば「でも私、明日がこわいし」「明日どうなってるか分からないし」という弱気な言い訳がぐじぐじと出てきてしまいそうだった。
でも、「あした、なに着て生きていく?」と聞かれたときには、その言い訳さえも見透かされているように感じた。
「明日はどうなるか分からない? そんなの知ってるよ、でも、あなたはこわくても生きるんでしょ?」と、覚悟を問われたような気がした。
 
私は、ルミネに戻った。
そして、明日着たい服をいくつも買った。
思えば、服を買ったのはものすごく久しぶりだった。
どんなに洋服屋さんを見ていても、着たいと思う服がずっとなかった。
 
もしかして、私は営業戦略にまんまとはまってしまったのか?
別にそれでもいい。
意志を持って服を選ぶ。その気持ちは、明日へと向かうエネルギーだ。
なあなあじゃなく、明日という日をどう過ごしたいかを決めることだ。
 
私の胸が苦しくなったのは、弱気な心が不意を衝かれたから。
せっかく生きているのに、びびって縮こまっている自分に喝を入れられたから。
こわいけど、でもちゃんと生きたい。
そう思った。
 
今年、仕事はテレワークになり、休日の外出もほとんどなくなった。
曜日の感覚がなくなり、季節の移り変わりもよく分からないまま、もう2020年が終わりに近づいている。
一日の区切りが曖昧で、昨日と今日の区別もつかなくなっている。
「あれは昨日のことだったか、今日だったのか?」さっぱり分からないことも多い。
そして、相変わらず明日どうなるのかを知る超能力は身につけられていない。
明日があることを誰も保証してくれないし、今日が何かの前夜である可能性は全然ゼロじゃない。
 
でも、私は今日も思う。
明日、何を着て生きていこうか。
こわくても、明日も生きるつもりだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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