無言館 遺された絵画からのメッセージ
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記事:西野順子(ライティング・ゼミ 平日コース)
「無言館 遺された絵画からのメッセージ」 という展覧会で見た1枚のモノトーンの自画像に描かれているのは、ぎょろりとした意志の強そうな目でこちらをまっすぐに見ている青年。
「私が死んだら、写真でなくこの自画像を遺影にしてほしい」
そう言い残して戦地に向かった青年は、フィリピンで戦死した。
「無言館」は長野県上田市にある美術館だ。美術学校に入ったが第二次世界大戦中に兵隊となって戦地に赴き、戦死した画学生たちが描いた絵を収集、展示している。無言館の館長の窪島誠一郎さんは洋画家の野見山暁治さんと二人で、戦没した画学生たちの作品のための美術館を作ろうと、一軒一軒遺族の家を回って画学生の遺作700点あまりを集めた。「無言館」という名前は、展示される絵画は何も語らず「無言」ではあるが、見る側に多くを語りかけるという意味で命名したそうだ。
今年の8月にNHKの日曜美術館で、この無言館の特集があった。映し出されたひとつひとつの作品は、風景画や人物画といった一見普通の絵に見えた。しかし、召集令状を受けて死を覚悟した画学生たちは、その時彼らにとって一番大事なものを描いたという。太田章さんが描いたのは、かわいがっていた4歳下の妹の和子さん。白地に藍の模様の浴衣を着た清楚な女性だ。家族の団らんの姿を描いた伊澤洋さんの絵の中では、両親は晴着を着てソファに腰掛け、テーブルの上にりんごなどの果物と白磁のコーヒーカップが描かれている。貧しい農家に育った井澤さんが、出征前に理想の家族団らんの姿を描いた絵だという。自分をかわいがってくれたお祖母さんを描いた絵、最愛の妻を描いた絵など、ひとりひとりの想いのこもった絵がエピソードとともに紹介された。
その時に一番私の心に残ったのは、 悲しげな顔をした裸婦像にまつわるエピソードだ。 この裸婦像を描いた日高さんは終戦の年に戦死した。日高さんの死から50年以上たったある日、無言館の感想ノートに、この絵のモデルになった女性の言葉が書かれていたという。
「私はもうこんなおばあちゃんになっちゃいました。絵を描いてもらったのは50年以上も前のことですものね。初めて裸のモデルを務めた私が、緊張して震えていると、僕が一人前の絵描きになるためには、一人前のモデルがいないとだめなんだ、とあなたは言いました」「できることなら、生きて帰って、もう一度君を描きたい、と言ってくれましたね。それから50年。本当にあっという間の歳月でした。世の中もすっかり変わっちゃって、戦争もずいぶん昔のことになりました。私はこんなおばあちゃんになるまでとうとう結婚もしなかったんですよ。一生懸命生きてきたんです。あなたが私を描いてくれたあの夏は、私の心の中で、今もあの夏のままなんです」
この方にとって、絵を描いてもらっていた時間は、つい昨日のことのように思い出される時間なのだろう。戦争に行くことが決まり、自分は死ぬかもしれないと思っている青年が、若いモデルを真剣なまなざしで見ながら、一筆一筆無言で絵筆を走らせている光景が目に浮かんだ。二人の間を流れる時間を、ひとときひととき愛おしんで描いていたのだろう。
「絵描きは絵さえ残ればまだ死んでない。この世から彼らの絵がなくなったときはじめて、彼らは生きていた存在そのものがなくなる」 という思いで、野見山さんたちは画学生の絵を集めたそうだ。絵は彼らの体験した記憶を紡ぐものなのだ。
この番組を見てから、一度長野の「無言館」に行きたいと思っていた。そうしたら、この秋に地元の「神戸ゆかりの美術館」で、無言館の絵を集めた展覧会をやっているというので先日行ってきた。今回の展覧会では、130点の絵が望郷・家族・自我・恋・夢という5つの章に分かれて展示されていた。
望郷の章には、神戸や大阪出身の桑田一彦さん、杉原基司さん、前田美千雄さんなどが描いたメリケン波止場や山の風景など神戸の見慣れた景色の絵が並ぶ。恋の章には、恋人や妻の絵を描いた絵。みんな永遠の別れになるかもしれないと想いながら最愛の人を描いたのだろう。「あと10分、あと5分でいいからこの絵を描き続けたい」という言葉も書かれていた。
それぞれの絵の下にネームプレートがあって、生まれた場所、美術学校の名前と入学年か卒業年、入隊した年、亡くなった年と年齢、場所が書いてある。フィリピンやビルマで亡くなってる人が多い。みんな二十代、三十代の若者たちだ。
彼らが家族に宛てて書いたハガキやスケッチブックも展示してあった、異国で見た風景や、民族衣装を着た少女の絵、異国の木々や草花などが描かれている。画家になりたいという夢を断たれ、明日の命も知れない過酷な生活を送りながらも、彼らはスケッチブックや紙や絵の具を持ち、絵を描くことはやめなかった。そして家族を、妻を思って手紙を書いた。
130点の作品1点1点に込められた大切な家族を思う気持ち、故郷への思いなど若い彼らの想いが75年の時を超えて伝わってくるような気がした。まわりの空気がちょっと重くのしかかってくるような不思議な感覚を持ちながら、すべての作品を見終わったとき、「君たちは好きなことして生きられるんだから、しっかり生きろよ」 と喝を入れられた気がした。
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