料理っていいな
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:渡邊 真澄(リーディング・ライティング講座)
「『なんで私ばっかり』って思うこともあるやろ? そやけどな、大人になった時きっと料理できるようになっててよかったって思う時くるで」ほんまにそんな日がくるん? 小学生の私は、不満そうに祖母を見た。昭和40年代生まれの私は、当時は珍しい両親共働き。小学4年生になり家庭科での調理実習が始まると、母は私に少しずつ晩御飯を作らせるように仕向けていった。それまでは近くに住む祖母が晩ごはんを作りに来てくれていたが、「もうしんどいわ」と引退することになったのだ。野菜を切っただけのサラダから始まり、6年生になる頃は、煮魚やきんぴらを作るようになっていた。
料理の回数と失敗を重ねるにつれ、父と兄、そして母も満足する味になってきた。高校生になると「今週は頼むわ」と母から財布を渡され、献立を考え買い物をするところからやっていた。私の年齢が上がり、料理の回数を重ねるにつれて、「なんで私ばっかり」と思うこともなくなっていた。美味しいものは大好きだったが、料理は好きでも嫌いでもない。楽しくもない。だが、同じ食べるなら美味しいものが食べたい。だから、美味しく作りたい。それだけ。そんな私が「料理って楽しいな」と思えたのは、40代半ば。「ブログで見る真澄ちゃんの料理、一回食べてみたい」という友人たちのリクエストに応え、普段の料理をふるまった時だ。友人たちと喋りながら料理を作るのは楽しかった。「美味しい!」と笑顔で言ってもらい、場が和み、話が盛り上がり楽しい時間となった。
「料理っていいな」
心から思えたのは、その時が初めてだった。それから、料理は「やらないといけない」ことだけでなく、やってみたい好きなことになった。50歳になった一昨年から、月に1回ほど、仲間と一緒にオフィスで働く人たちにランチを提供する活動を始めた。食べてくれる人が家族や友人でなくても、その人たちのことを思い浮かべて料理することは楽しかった。「美味しかったです」と笑顔で言われると嬉しい。そうして最近はレシピ本だけでなく、料理を仕事にする人たちが書いたエッセイを読むのが楽しくなってきた。
『ご飯の島の美味しい話』(飯島奈美著 株式会社幻冬社発行)
も、そんな一冊だ。
かもめ食堂、深夜食堂、海街ダイアリー。私が好きな映画やドラマに出てくる、あの料理をつくったフードスタイリストさんの本? 料理コーナーが充実している書店で出合ったとき、興味が湧いて手に取った。ページを開くと、まずレシピに手が止まる。豚汁や京風うどんという馴染みある料理から、韓国、タイ、エチオピアといった外国の料理。梅酢を使ったレシピもある。「レシピだけつまみ読みしてもええやろ」そう思って買った。数日後、レシピを見るだけと思い開いた本を閉じられなくなった。仕事で訪れた日本の各地や外国でのエピソードや料理に興味が湧き、京都で著者が出会ったお店や料理の話では懐かしさが込み上げた。
映画やドラマの現場で、フードスタイリストの著者がどんな工夫をして料理出しているのか。今まで読んだ料理エッセイにはない話に興味津々だった。映画やドラマで提供する料理には、著者が込めた心遣いがたくさん感じられた。演技に差し障らないように、同じ料理ばかり食べる役者さんたちが食べ飽きないために。筆者がそれを考えて加えたひと手間と心遣いに、唸った。筆者の心遣いの域にはまだまだ届かないが、食べるひとに心寄せ、ひと手間を加えられるようになりたいと私も心がけてきた。オフィスで働く人たちには、午後からの仕事も頑張れるように。仕事が大変でも、ランチの時間はちょっとほっとできるように。「そういえば、あれも食べるひとのこと考えたひと手間やったな」読みながらふと思い出した料理があった。晩年の父につくったヒレカツだ。
亡くなる半年前だったか。大阪で暮らす父の世話のため、1週間ほど実家に滞在した。食が細くなり、胃腸も歯も弱っていた父だったが「今夜、何食べたい?」と聞くと「ヒレカツ」と言った日があった。「ヒレカツ? 油もん食べて大丈夫?」と聞いたが、しばらく揚げ物など食べていないので、久しぶりに揚げたてを食べたいという。それならば、と、駅前のデパ地下でちょっといい豚ヒレを買ってきた。家に帰って、いつもより丁寧にヒレカツをつくった。食べやすいように小さめ切って。噛みやすいようにちょっと叩いて筋も切って。2人でもちょっと多いかなと思いながら揚げたヒレカツ。父はほとんど一人で食べた。「美味かったわ。ごっそうさん」その2ヶ月後実家に帰った時、父は揚げものを食べることもなくなっていた。
料理って栄養になったり、美味しいだけではないんですよね。味や香りで、人の記憶や思い出を蘇らせてくれるものだなぁと、しみじみ思いました。料理っていいな。(p29)
あの時父はヒレカツを食べながら、思い出を蘇らせていたのだろうか。そうだったら嬉しいな。ささやかだけど、親孝行ができたのかな。あれからヒレカツを作るたび、あの日のことを思い出す。祖母が言ったことは正しかった。料理っていいな。
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