心が「キュン」と鳴ったら
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記事:伊藤朱子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「じゃあ、お願いしますね」
クライアントはにっこりと笑顔を見せた。
私はその笑顔を見た時、「キュン」と心が鳴るのを感じた。
まずい……また、だ。
この「キュン」で何度、私は突っ走っただろう。「キュン」は私を操るのだ。
忘れもしない、小学6年生の臨海学校。
「キュン」と心が鳴って、私の人生は変わった……。
ぼんやりと上を見ていた。ゆらゆらと光が揺れている。
その光に向かって手を伸ばす。
「ブクブクブク……。あ、沈んでいく……。」
と思った瞬間、我にかえり、必死になって手足をバタバタさせた。
その行動に反して、体はどんどん落ちていく。
「このままじゃ死んじゃうかも。上に向かって泳がなくては!」
必死になって犬かきをして、とにかく海面を目指した。
なんとか水面から顔を出し、少し離れたところに立っていた旗に必死になってつかまる。
大きな波が来て、一緒に泳いでいた同級生は岸の方に流されていた。そんな中、一人旗にしがみついていた。
私に気づいてくれた男の子がいて、そのそばにいたコーチが泳いできた。
「大丈夫?」と聞かれ、頷いたけれど、本当は全然大丈夫じゃなかった。
「捕まって」と言ってくれたそのコーチにしがみつき、コーチは私を抱きかかえながら岸まで泳いだ。岸についた途端、大粒の涙が溢れて、人目をはばからずオイオイと泣いてしまった。
臨海学校の初日。私は溺れたのだ。
気乗りしない臨海学校。そもそも、泳ぎが得意ではなかった。グループの中でも一番泳げない私は、列の先頭にいた。
「あの旗まで行きますよ」と言われて沖に向かって泳ぎだし、旗まであと少しのところで大きな波に襲われた。
幸い、ちょっと海水を飲んだくらいで何事もなかったのだが、私の中には「溺れてしまった」という事実がずっしりとのしかかっていた。
バスタオルにくるまりながら、みんなが泳ぐのを浜からじっと眺めた。涙は引いていたが、この後すぐに練習に参加しようとは思えず、小さく震えながら海を見つめていた。
そこへ助けてくれたコーチが近づいてきた。コーチは体育大学の学生だった。当時21、2歳くらいだったのだろう。小学生の私から見れば、素敵な大人のお兄さんだ。
彼は「大丈夫?」と声をかけ、私の頭をポンポンと撫でた。
そしてにっこり笑った。
「キュン」
心臓のあたりで、間違いなく音がした……。
練習が終わり、宿泊していたホテルでの夕食の後、またコーチに話しかけられる。
「フーッとね、手を伸ばす時に大きく息を吐いて、吐ききるまで伸びて、吸う時に腕をかくんだよ」と、泳ぐコツを教えてくれた。
「できる?」
「うん……」
また、「キュン」と心が鳴った……。
本心を言うと、初日にこんなことがあって、もう泳ぐのはちょっと嫌だなと思っていた。でも、次の日に、言われた通りしてみたら、前よりも楽に泳げた。
少し安心し、少し自信がついたようなそんな気分になった。
この臨海学校には、他にも体育大学の学生がコーチとして数名参加していた。助けてくれたコーチは、男の子のグループの担当だったが、その後もよく話しかけてくれて、その度に笑顔を見せてくれた。
そして、私はその度に「キュン」って心を鳴らしていたのだ。
この臨海学校には検定試験があった。一番難易度の高いものは約500メートルを一人で泳ぐというもの。試験の際にはコーチが1対1で一緒に泳いでくれる。
同じグループでチャレンジする子もいたけれど、私は全然自信がない。ところが、助けてくれたコーチが「一緒に泳いであげるから、挑戦しよう」と言う。
「大丈夫、泳げる。ダメだったらまた助けてあげるから」と言われて、またまた「キュン」って心が鳴った。
もうこの頃になると、「キュン」の効果は凄まじかった。溺れて泣いていた私はどこかに消えてしまっていた。
「こうなったらやるしかない」私は俄然やる気になった。
もちろん、無事、泳ぎきって合格。
私を見ていた先生達も、「よく頑張った」と褒めてくれた。
そして、この時「頑張ってやりきれた」ということが、私の中に強く焼き付けられた。
そう、この時から私の中で「キュン」って心が鳴ったら「頑張る!」のスイッチが入り、そして突っ走る、という形ができたのだ。
思えば、臨海学校での「キュン」はちょっとした恋心だったのだろう。スポーツマンの素敵なお兄さんが私を助けてくれたのだ。それはまるで白馬に乗った王子様が助け出してくれたようなものだ。小さな幼い女の子にはそのくらいのインパクトがあった。
恋心からくる、胸が「キュン」となる時、人間の脳では快感を感じる「ドーパミン」という神経伝達物質、脳内ホルモンが出ているということが医学的にも明らかにされている。この「ドーパミン」にはやる気を引き出すという効能がある。その他にも、幸せな気持ちを感じたり、集中力がアップしたり、ポジティブになるという効能があるということだ。
私は臨海学校で、このドーパミンの効果を存分に味わっていたに違いない。コーチに話しかけられては幸せな気持ちになり、やる気を出す。そして最後には、泳げなかった私には考えられないようなことに挑戦する。まさに、ドーパンミンに操られていた状態だ。
クライアントの笑顔を見て「キュン」となっている私も、あの時と同じようにドーパミンが溢れ出ているのだろう。「頑張る!」のスイッチが入り、ドーパミン効果を最大限に発揮して、やる気全開で仕事に突っ走っていく。
しかし、ドーパミンに操られるとわかっていても、私はクライアントの笑顔に「キュン」を止めることができない。自分が関わる人の笑顔にはどうしても「キュン」となってしまうのだ。
臨海学校で感じたそれは恋心だったのかもしれないけれど、人に励まされて、頑張った貴重な体験だった。
そして、これからもドーパミンに操られて、頑張るんだろうな……。
まあ、何よりドーパミンが出ている時はとても幸せを感じているのだから、操られるのも悪くはない、そう思うことにしよう。
***
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