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「ギュッとしていい?」では伝わらなかった《週刊READING LIFE vol,107「I love you』を訳してください」》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「愛している」
 
この言葉を直接口にした男は日本でどれくらいいるのだろう? こと日本の男は愛情表現が苦手である。特に40代である僕よりも上の世代は奥さんや恋人に一度も言ったことはない人も多いだろう。
 
僕もその中の一人であるのは間違いない。
 
でも、ふと、言いたくなることはある。
 
でも、結局言葉にできなくて終わらせてしまった苦い思い出がある。
 
あれは、忘れもしない僕が20代の中頃の話。当時、よんどころの事情によりパチンコ店でアルバイトをしていた。パチンコ店は法律で10時開店と決まっていて閉店も22時まで。
 
僕は、早番と言われる朝の準備をするため専門のシフトに入っていた。
 
その時に出会ったのが彼女だった。
 
彼女は新人のアルバイトとして入って来た二人の中の一人。朝礼で紹介されると緊張した面持ちでペコリと頭を下げていたのを覚えている。
 
肌は透き通るように白くてきめ細かい。目は黒目が広くて大きくうりざね顔。肩くらいまで伸ばした髪は先の部分を外にクルンと巻いているのが特徴だった。
 
まさか、この人が今でも忘れられない女性になるとは思ってもいなかった。
 
新人アルバイトの彼女はカウンター業務に入ることになった。先輩の社員さんから仕事のやり方を教わりながら仕事をしている姿はとても初々しかった。
 
ボンヤリと眺めていると僕が叱られるのがよくある光景でもあった。
 
そう、既に彼女に恋をしていたのだ。
 
休憩時間が一緒になると嬉しくて苦手だけど一生懸命話しかて色んな話題を振ったのを覚えている。福山雅治の「Good night」で女性が持っていたジュースを溢すほど笑わせたなんて歌詞があったけど同じようなことをしていた。
 
彼女が笑う顔が見たくて面白そうな話題をあちこちから探してきては「こんなことあったんだ」なんて話かけていた。
 
そんなことを繰り返している内に、周りの人たちが僕が彼女を好きだというのが知られるところになった。野次馬根性で「デートに誘ったのか?」なんて聞かれたりして照れくさかったけど、そんな冷やかしがあったからちょっとだけ勇気を持てたのかも知れない。
 
そう、思い切ってデートに誘ってみようと決心したのだ。
 
今から考えると馬鹿みたいだが、当時は必死だった。
 
どこへ連れて行こうか? 映画ありきたりだし、遊園地は混むから並ぶと会話が続かない。あれこれ想像しながらどこへ連れて行くのかを考えに考えた挙げ句、布袋寅泰のライブチケットが手に入ったので声をかけてみることにした。
 
当時、布袋寅泰のライブは中々手に入らなかったし、僕たちの世代でBOOWYを知らない人はいないくらいメジャーだったから断られる確率は低いだろうと思った。
 
結果は、見事にOK。
 
天にも昇る気持ちだった。その時に既に妄想を膨らませてどうなるのかシミュレーションをしていた。
 
今から振り返ると馬鹿な男だったとは思うが、兎に角、そんな想像をしながら当日が来るのを待った。
 
待ち合わせは中央林間駅前。待ち合わせ場所に現れた彼女はグレーのタートルネック、黒のロングスカートに同じ色のブーツ。青が濃いGジャンでやってきた。
 
嘘じゃないんだ。
 
改めて現実だとわかり「やった!」と叫びたくなったのを今でも思い出す。
 
ライブの会場は横浜アリーナで長津田から橫浜線に乗り換えて新横浜に出る。開場時間よりも早く着いた僕たちは近くのカフェでお茶をすることにした。
 
そこでも色んな話をした。
 
高校時代のこと。卒業してから何をしていたのか。お互いの昔の彼氏と彼女のこと。
 
「結婚の話も出ていたんだよ」
 
そう笑顔で話す彼女の顔を見ながらその男の代わりを俺がやるなんて思ったりしていた。
 
それがもしかしたら最初の「I Love You」の代わりだったかもしれない。
二人で1時間くらいお互いの昔話をした後は、横浜アリーナへ向かった。
 
彼女は布袋寅泰のライブは初体験で僕は何度か行っていたので、こんな曲あるんだよ、あんな歌も歌っているんだなんてレクチャーみたいなことをしていた。
 
そして会場が暗くなり、ステージに布袋寅泰がギターを持って現れると全員総立ち。横浜アリーナはライブハウスへと早変わりした。
 
ロックのライブなんで会話するよりも飛んだり跳ねたりしたり、拳を突き上げたりして声を上げている時間の方が長いのが当たり前。
 
それでも気になるのは彼女の姿だった。
 
「楽しんでいるかな?」「つまんなそうな顔をしているかな?」
 
気になって気になって仕方なかった。笑顔が見えると僕も嬉しくなっていつも以上に拳を天井に突き上げているのが自分でもわかった。
 
「ラスト!」
 
ステージで踊るようにギターをかき鳴らし、マイクに向かって叫ぶ布袋を見届けた後、観客席にいたオーディエンスは一斉に帰宅の途につく。アリーナの出口はまるで年末年始の東名高速道路のように大渋滞だ。
 
一人なら人並みをかき分けてさっさと帰るけど、今日は彼女が一緒。歩くペースも合わせてあげないと。はぐれたらいけないと思い、僕は右腕を後ろに突き出した。
 
ギュッ
 
僕の上着の袖を彼女がつかむ。
 
ドキドキ。ドキドキ。
 
胸の音が大きくなる。彼女に聞こえてしまうのではないか? と思うくらい大きな音だった。
 
どうして腕を捕まれたわけではないのにあんなにときめいたのだろう。
 
それは間違いなく彼女のことが好きだったからだ。それからどうやって帰ったのかはよく覚えていない。
 
電車の中の人が多かったこと。胸の音が鳴り止まないことだけを覚えていた。
 
そして、彼女が住む街の最寄り駅に着く。
 
「じゃあね。今日はありがとう」
 
笑顔で手を振る彼女を見た僕はなぜか一緒に電車を降りた。
 
「もう少し一緒にいてもいい?」
 
そう尋ねると彼女はコクリと頷く。それから駅のベンチに座って今日のライブや他愛ない話をして時が流れた。
 
「もう間もなく終電です」
 
駅のアナウンスが流れる。
 
「帰らないとダメだよ」
 
彼女が僕を電車に乗るように促す。
 
「その前にギュッてしていいかな?」
 
それが僕が初めて彼女に言った「I Love You」だったかもしれない。すると彼女は驚いた顔を見せたけど、拒むわけでもなかった。
 
細くて小さな肩をギュッとして僕は最終電車に乗って帰って行った。
 
それから僕と彼女の付き合いがスタートした。バイトの終わりには一緒に帰って食事をしたり、休みの日には映画を観たりしていた。
 
当時は携帯電話がちょうど出始めたくらいで会えない日は電話で話をした。
 
今で言うバカップルみたいなこともしていたかもしれない。それくらい周りが見えていなかった。若いからできたんだろう。
 
その中の一つに人前でギュッとしていたのがあった。彼女は恥ずかしがっていたけど僕はギュッとするのが好きでよくお願いをしていた。ギュッとするとすごく安心できたし、心が満たされたから不安が強くなるといつもお願いしていた。
 
もう一つは膝枕。膝枕をしながら耳かきをしてもらうのが好きだった。これもすごく安心できたんだ。
 
この二つは彼女にしかやってもらったことはない。
 
他に少ないけど付き合った女性にお願いしようと思ったこともない。
 
なぜだか理由はわからない。
 
一つだけ言えるのは彼女をことをそれだけ好きだった。それだけで十分だとは思う。
 
でも、その彼女にもはっきりと「愛している」「好きだ」とは言ったことがない。僕の年代くらいの男は女性に好きだというのが恥ずかしいという年代だったのもあるが、僕は人並み以上に愛情表現が下手くそで思ったことの半分も言えない男だったのもある。
 
だから「ギュッとしていい?」と聞くのが愛情表現の代わりになった。
 
ギュッとされるのも好きだった。それは多分、僕が安心できる場所が欲しかったから。
 
僕は、当時自分が安心できる場所がなかった。
 
自分の家にも居場所がなくて部屋でいても落ち着かなかった。唯一安心できる時間が彼女といるとき。彼女と話している姿、横顔を眺めている自分、笑顔を見たとき、その時間すべてが僕にとって安心できる瞬間だった。
 
それをどうしても伝えたかったのだけど、言えなかった。
 
いや、「ギュッとしていい?」が代わりだった。それが伝わっていたかのはかわからない。拒否されていないから伝わっているだろうと思い込んでいた。
 
そしてギュッとされて頭をなでられているときは、自分にとって何よりも幸福な時間だった。
 
ずっとこの時間が続けばいいなと思っていた。
 
でも、それは叶うことはない。
 
ちょっとした浮気心が芽生えた自分のせいでかけがえのない人を失ってしまった。
 
あれから僕は「ギュッとしていい?」と女性に言ったことはない。ギュッとされたこともない。
 
ずっと一人で過ごして今に至る。今でも部屋でボーッとしていると彼女のことを思い出す。
 
どうしているのかな? 元気で過ごしているのかな? どうしてあの時に他の女性に目移りしたんだろう?
 
そんな言葉がぐるぐると頭の中を回ってくるんだ。思ったところでどうしようもないのに。
 
彼女は風の噂では田舎に帰って結婚したと聞いた。きっと今でも幸せに過ごしているだろう。いや、過ごしていてほしい。
 
そして取り返しの付かないことをしでかして20年くらい。今でも僕は独り者だ。誰かに「愛している」の代わりになる言葉を投げかけたことはない。
 
多分、これからも起きないだろうな。
 
若い時は色んな人に目移りするけど、安心できる人と過ごすのが何よりも大事。そして、「愛している」と言ったほうがいいよ。
 
代わりの言葉では伝わり切れないから。
 
どうして断言できるのか?
 
それは簡単。僕が彼女から言われたからさ。
 
「あなたから好きだと言われたことは一度もなかった」
 
別れ際にはっきりとね。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

現在、狼院書店・WEB READING LIFEで「文豪の心は鎌倉にあり」を連載中。

https://tenro-in.com/bungo_in_kamakura

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって打ち合わせに行くほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーのWEBライターとして日々を過ごす。

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