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このなんでもない、残酷で美しい世界を切り取って《週刊 READING LIFE vol,107 「I love youを訳してください」》


記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
みなさんは、子どもの時怖かったものを覚えておられるだろうか?
 
宿題をせずにゲームしてると、烈火のごとく怒鳴り込んで来る、お母さんやお父さん。
誰にでも吠えて噛みつこうとする、近所の凶暴な犬。
夜中起きて、トイレにたどり着くまでにどうしても通らねばならない、冷たくて暗い廊下。
夏になると何度も放送される、幽霊が出てくる特集番組。
子ども向けなのに、黒スーツの男が不気味な笑顔で登場する、ゾッとする結末ばかりのアニメ。
 
私は、子どもの時は、それらが怖かった。だが、一時期、一番恐れていたものがある。
それは、死。
家族や親類縁者がもし、死んでしまったら、一人残されてしまったら。そう思うと、眠れなかった。
きっかけは、母によると、同じ幼稚園に通うリーダー格の女の子が、他の子に「死ね!」と喧嘩で放った一言だという。
我が家には、そんな汚い言葉を言う人間がいなかったので、当時ピュアだった私にとって、トラウマになるくらいの衝撃的なシーンだったのだろう。
私の住む地域は、九州の山深くに位置した田舎だった。多くの住人が、農業や酪農などで生計を立てていた。野生動物や、家畜、ペットなど、人間以外のさまざまな生き物と接し、生死は身近にあった。
死ぬということは、この世からいなくなること。
幼いながらも、私達は知っているはずなのに。それを、友達に言うなんて。
その衝撃と共に、私は、生死について深く考えるようになってしまった。
 
もしかしたら明日、家族の誰かが死ぬかもしれない。
いや、死ぬのは私なのかも。
 
夜寝て、あくる朝、元気に起きられるなんて保証どこにもないのだ。
 
中学生になるころ、その考えは少し変化した。
死ぬことからは、誰も逃れられることはできない。
自分を含め、家族も友達も先生たちも、100年後には、誰も地球上にはいられない。
その人が存在したことを証明することはできなくなる。
木の葉が散って、枯れて、雨風で散らされて、土に還る。野生の動物ならば、自然の一部として溶けていくこともある。だが、日本人の多くは、死後火葬され、灰になる。土に還ることも、どうすることもできない。
親族の葬式にて、骨を摘まれて、砕かれて、小さな壺に押し込められるさまを見て、私は諸行無常をしみじみと感じた。
 
なんてこの世は、軽薄で残酷なのだろう。
 
人間という生き物は、どんなに一生懸命生きていても、あんなにあっけなく、何もなくなってしまうのか。
死ねば、私という存在は無に還る。
思春期真っ只中、十代の私は、どこか達観したような、あきらめにも似た気持ちを抱く、小難しい少女に成長していた。
その生活の中で、私は見つけた。
肉体がなくなっても、この世にとどまり続ける方法を。
作品を残せば、その人の魂は、あり続ける。
そのことを私は、大好きな読書で、所属した演劇部で強く体感した。
有名になれば、作品を生み出せば、人々の記憶に、さまざまな媒体がこの世にとどまり続け、存在を語り継いでくれる。
芸術家、作家、俳優、アニメが好きだから声優もいいな。
無気力気味だった瞳に光が差したような、そんな晴れやかな気持ちだった。
だが、現実は厳しい。
進路相談で、教師と親に挟まれて、私の夢は粉々にされてしまったのだった。
要するに、子どもに苦労はさせたくないという真心だったのだろう。そんな、博打みたいな道を選ばずに、大学に行って、卒業して、会社員になれ。それが、世間一般の幸せだと、説得されてしまった。
十代のころの、大人たちの意見というのは絶対だ。九州のど田舎。家を飛び出して上京するという財力も、頼るつても、あるはずがない。
 
夢を持つことも許されないのか。有名なロックソングのように、大暴れできたらいいのに。
 
更に私の瞳は闇の色を濃くしていった。大人たちと喧嘩する気力がない私は、優等生の振りをして、学生生活をやり過ごすことにした。
このまま、このつまらない世界で、私は塵になるしかない。もう、それを受け入れるしかなかった。
 
それから数年後の春。短期大学を卒業間近に控え、車の運転教習所でのことだった。教習所内のコースを、教官と一緒に車で回っていた。いつもどおりのコース。だが、何かがおかしい。窓の外の景色が霞んで見えた。
 
あれ、いつものドライアイかな?
 
目をこすって、目を凝らす。すると、頭に激痛がはしった。頭の奥が、引き絞られるように、痛む。
なんとか、コースを回り終え、車から降りる。
カバンの中にある痛み止めを飲んでみた。だが、一向に痛みが治まる気配はない。むしろ、ズキズキとした刺すような痛みから、ガンガンとハンマーで殴られるような痛みに変わる。
 
なんだろう、目の奥が痛い。
 
その日は、なんとか家に帰り、一日様子を見ることにした。だが、翌朝、症状は変わらず、視界が歪むような頭痛が続く。
バスに乗って、比較的近くの眼科で診てもらうことにした。視力検査等を順番に受ける。診断結果が医師のもとに届き、いつも温和な医師が顔色を変えた。
「緒方さん、今から他の検査を受けてもらいます。1時間ほどの長いものですが、がんばってください」
「は、はい、わかりました」
ざわつく診察室から、別室に通される。部屋の中央には簡素な椅子と、不思議な機械。まるで、ガンダムを操縦する、コクピットのような、長細い半円のモニターに周囲を囲まれる。ゴーグルのような物で片目を隠された。
「では、はじめます。開いた方の目で視線はまっすぐのまま、周囲に表示される小さな光が出たら、手の中のスイッチを押してください」
「はい」
わけもわからないまま、従順にうなずく。機械が動くと同時に、室内の照明が落とされる。真っ暗だった。顔を動かすことはできないので、周囲が今どうなっているのかはわからない。しかし、飲み込まれるような闇をひしひしと肌で感じる。看護師さんはそばにいるのか、それすらわからない。機械と私だけが世界に残されたような、圧迫感と恐怖を感じた。
 
私はなぜ、こんなことになっているのだろう?
 
震える手で、現れる光る点に合わせ、スイッチを脊髄反射的に押し続けた。
 
「お疲れさまでした、待合室でお待ちください」
 
交互に両の目を検査し、疲労でよれよれのまま、待合室に戻る。しばらくして、診察室に再び呼ばれた。ライトで私の両目を観察し、検査結果を険しい顔で診ていた医師が顔を上げる。
 
「眼圧の数値が異常に高いんです」
「眼圧?」
 
簡単に説明すると、眼球内に房水というものが存在する。それは、眼球内に循環し、一定の圧力を保っている。その「目の中の圧力」「目の玉のかたさ」のことを眼圧というのだそうだ。医師によれば、一般平均の正常値は約10~15なのだという。それが、私は25もあったそうだ。
イマイチピントこない。私は、他人事のように首を傾げた。
 
「その値が高いとどうなるんですか?」
「眼圧が高いと、視神経を圧迫します。状態が悪化すれば、緑内障の症状が出ます。視野が欠けていくんです」
緑内障、口の中で小さく呟く。それは、よくテレビなどでも聞く。白内障と同じように高齢の方がかかる病気の代表のようなイメージがあった。
視野が欠ける、白内障と同じような。そこでやっと私は、自分の身に起こっていることを把握した。
 
「それは、目が見えなくなるかもしれない、ということですか?」
 
重々しく医師がうなずく。
「可能性はあります」
「どのくらいの速度で症状が進行していくんでしょうか?」
「正直、わかりません。この数値だと、いつ何が起こってもおかしくない」
そうですか、と私はうなずいた。すると、医師が手のひらほどの紙片を私に見せてくれた。
「ですが、先程行った視野の検査では、正常値です。視野の欠けはみられません。強い薬になりますが、眼圧を下げていきましょう。そうすれば、緑内障になるのを防げるか、または進行を遅らせることができます」
医師が微笑んで、私の顔を見つめる。
「できれば毎週診せに来てください。こまめに経過をみましょう」
「わかりました」
私は、真顔でうなづいた。
 
家路を目指すバスの中、私は、車窓に側頭部をつけて、ぼんやりと流れる景色を見つめる。
 
死ななくても、失うものってあるんだな。
 
驚きはしたものの、悲壮感はなかった。ただ事実として、胸にずしりと引っかかった。
 
この、なんでもない景色も、見ることができなくなるかもしれない。考えたこともなかったな。
 
流し見していた日常が、失うと思った途端に愛おしいものに見えてくるから不思議だ。
帰宅後、自宅の裏庭に回る。大切に育てている花、その周りの名前も知らない雑草、竹やぶ、落ちた緑の葉っぱ、さまざまなものが視界に飛び込んでくる。
 
特別なものは何もない。でも、今のこの瞬間は、ここにしかない。この景色を今見ているのは私しかいない。
私しか知らない鮮やかな景色がある。
私は、有名芸術家でも、俳優でもない。
そうだとしても、残せるものが、伝えたいものがあるのではないだろうか。
 
いつ終わるかわからないものを憂うより、今しかできないことを。
まだ、私にはできることがあるはず。
 
数日悩み、私は電気屋にいた。そこは、県内で一番品揃えが豊富な大型店舗だった。さまざまなメーカーの商品を通り過ぎ、目当ての売り場に向かう。
「いらっしゃいませ、よろしければ、ご相談に乗ります。どういった物をお求めですか?」
とある企業所属の名札を首から下げた店員さんが、私に話しかけてくれる。私は深呼吸して、真剣な面持ちで店員さんに向き直る。
「一眼レフのカメラが欲しいんです。人生ではじめて持ったコンパクトデジカメが御社のカメラでした。まったくの初心者ですが、どうしても御社のメーカーの商品を」
店員さんは、目を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます! では、こちらはどうでしょう? 初心者から中級者レベルの方におすすめの機種です。コスパも耐久性も抜群です」
パンプレットを渡され、実物と見比べる。10分程、店員さんと話し合い、おすすめの機種を注文した。ボディの色をカスタムできるとのことで、後日の受け取りになった。
 
学生の時、研修旅行を機会に両親に買ってもらった、コンパクトデジカメ。はじめてのカメラ撮影は、技工も何もなく、ただ、シャッターを切るだけだった。
だが、自宅へ帰り写真として現像した時、私は核心したことがあった。
あの感動を信じて、私は、貯金を切り崩して、人生で一番高い買い物をした。
 
1週間後、連絡をもらい、店員さんからカメラと、使い方をまとめたガイドブックを受け取った。
「色んな所に連れて行って、たくさん写真を撮られてください」
「ありがとうございます」
笑顔を交わし、カメラを受け取る。憧れの相棒がズシリと、私の腕に収まった。
 
それから、基本の操作を覚え、カメラと散歩にでかけた。はじめは、家の周り。次に、バスに乗って、買い物の際に通る道や商店街の路地を散策する。
驚くような物は滅多にない。どこにでもあるような、日常。それに気が向くままに、シャッターを切る。
 
自宅に帰り、パソコンの大型画面に映し出す。
私は、目を細めた。
 
「あぁ、やっぱり写ってた」
そこには、私が見てきた風景が写っている。でも、それだけではない。
庭の花は、風に揺れている。
通り道には、夕焼けをバックに、笑顔で手を繋いで歩く小さな子どもとお母さん。
商店街の居酒屋の赤ちょうちんは、ネオンと夜の闇に滲んでる。
被写体と、それを取り巻く雰囲気やさまざまな物を感じ取ることができる。
風のやわらかさ、夕焼けの物悲しさと生き物のあたたかさ、商店街のにぎわいや香りがするようだった。
 
特別ではない。でも、その当たり前の中に、胸に染み入るようなエッセンスを感じ取れる。
 
「良い写真というのは、それを他人が見た時、匂いや、自分の中の思い出を自然と振り返ってしまうようなもののことだよ」
 
後に、プロカメラマンの方に教えていただいた言葉。
私は、その時まだ、シャッターを切るだけの初心者だった。だが、足りない技術を補う、思いの強さがあった。
 
みんなに、当たり前をあらためて見つめ直して欲しい。
生きていると、楽しいことばかりではなく、顔をしかめるような苦しいこともある。
世界には色んな景色がある。もちろん、美しいものだけではない。
でも、その中で、あっ、と思った一瞬を切り取れたら。
写真の中に、心に光や郷愁を呼び覚ますような物を見つけることができたら、すてきだ。
それで、誰かが救われ、一時でも癒やされたら。
その時に、私の欠片を感じて、思い出してくれたら、それだけで私は幸せだ。
有名になんてならなくていいから。
 
そして、作品を見た方の中から、カメラに興味を持つ方ができたら、しめたものだ。
プロを目指さず、趣味の一つでも良い。
何気ない中に、幸せを切り取って、慈しむ人が増えること。
たった一人でも心を動かせたら、ちょっぴり、世界が良い方向に変わっていくかもしれない。
 
そんな小さな種まきが、どこかで芽吹く可能性を信じて、進み続けることが、私のやるべきことだと思った。
 
親友の結婚祝に、ご両親、恩師、友人たちの家を行脚して、写真とメッセージを集め、アルバムを贈った。
友達の結婚式では、式場のプロカメラマンが撮った写真より、私のスナップ写真を選んでSNSに投稿してくれて、こっそり、ガッツポーズした。
余命宣告された祖母と、残される私達のために、さまざまな写真を取り続けた。お葬式では写真を飾り、生前の元気な祖母の姿に、近所の方とも思い出話に花が咲いた。
 
私と愛機はもはや一心同体。晴れの日も、嵐の日も、時間も感覚も共にした。
 
あれから数年後、私は眼科に検診のため来院していた。医師が、検査結果を確認し、私に向き直る。
「眼圧は、15で安定していますね。平均値内ですが、欲を言うならもう少し下がれば」
医師が苦笑いする。
「う~ん、先天的に眼圧が高いのかな? それか、視神経が人より丈夫なのかもね。まぁ、油断はせず、定期的に、検診に来てください」
「はい、ありがとうございます」
私は笑顔で、頭を下げた。
 
幸運なことに、私の両目は未だ健在。執念深く生きてくれている。
これからも運命の許す限り、私は相棒と旅を続けるだろう。
残酷で軽薄な、でも、時折、泣きたいくらいに美しく、驚きをくれる世界に、とびっきりの愛を込めて。
今日も私達は、このなんでもない日常の一瞬を切り取って魅せる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。喫茶・カフェのモーニング、アンティークなものが大好物。カメラ、占い、ドイツ語、茶道、銀細工インストラクターなどの多彩な特技・資格を持つ、自称「よろず屋フォトライター」。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。

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