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私の魔法をといてくれてありがとう《週刊READING LIFE vol,107 「I love you」を訳してください》


記事:[名前]記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「こんな機会を与えてくれて、ありがとう。どうしても言わずにはいられなくて……」
 
あれは忘れもしない、OL時代のこと。
同期に入社した、ある男性のことがずっと気になっていたのだ。
入社当初、その彼は確か東京本社の配属だった。
その後、数年経ってから私が勤務している大阪本社へと転勤していたように記憶している。
彼のことが気になったのは、社内報に載っていた彼の写真でも、経歴でもなかった。
その名前だったのだ。
その名前を見たときに、私の思いは一気に幼稚園時代へとさかのぼっていった。
 
幼いころ、人見知りで内弁慶だった私。
一歩外に出ると、まったく人との交流が出来ないような子どもだった。
毎朝、母に連れられて幼稚園へ登園しても、母が「バイバイ」と手を振ると泣き出す始末だった。
 
ミッション系の幼稚園だったのだが、毎月お誕生日会というものが開催されていた。
その月がお誕生日の園児たちは、講堂の壇上に設えられたテーブルで、園長先生と一緒に食事をするようなスタイルだった。
その他の園児たちは、講堂に縦長に配置されたテーブルで、向かい合わせに座って同じように食事をするのだ。
きっと、毎月、父兄の方たちが持ち回りで、食事の準備をしてくれていたのだと思う。
毎月、栄養や味付けを工夫して、子どもたちのために作ってくれていたのだろう。
今の時代のように、その幼稚園には、給食の設備などはなかったはずだ。
どの園児たちにとっても、そんな手作りのお誕生日会は楽しい行事の一つだったはずだ。
ところが、私は大勢の園児たちと一緒に食事をするのさえ、恥ずかしかったのだ。
いつも、誕生日会の日に、じっと食事をとらない私を心配して、先生や父兄の方が声をかけにきてくれたことを今でも覚えている。
当時の、幼稚園で撮影された私の写真は、見事に全部笑っていないものばかりだった。
暗い表情だったり、眉間にしわを寄せていたり。
そんな憂鬱な幼稚園時代。
先生の名前も、友だちの名前も、誰一人覚えていない。
 
ところが、たった一人の友だちの名前だけ、記憶に残っているのだ。
 
その日も、私は登園の際に、母と今生の別れのような儀式を交わした後、先生に連れられて自分の教室の前までやってきたのだ。
ところが、教室内では、すでに登園した他の園児たちの楽しそうな声が聞こえてくると、もうそれだけで、その中に入ってゆけない私がいた。
今思うと、なぜなのかは全くわからない。
でも、そういう場面になると、いつも足がすくむ私がいたのだ。
と、そのとき、教室のドアが開いて、私の前に一人の男の子が出て来たのだ。
 
その男の子は私の顔を見るなり、ニコッと笑い、「早くおいでよ!」と教室の中へと誘ってくれたのだ。
すると、私はこわばっていた身体がその言葉をかけてもらった瞬間、緩んでゆくのがわかった。
まるで、誰かにかけられた、自分ではどうすることもできない魔法を、その男の子がといてくれたような感覚だった。
その日は不思議なことに、すっと教室の中に入って行って、にぎやかな輪の中に溶け込んでゆけたことを覚えている。
 
「あっ、入っていいんだ」
 
「みんなと遊ぶと、こんなに楽しいんだ」
 
そんな、ほっこりとした思いが湧いてきたことが、とても嬉しかったものだ。
 
そんな、暗黒のような幼稚園での、私の唯一の楽しい思い出が、一人の男の子からの優しい言葉がけをもらったことだったのだ。
 
マキくん。
 
男の子のその名前は、昭和30年代後半生まれの私の世代では、とてもしゃれていたように思う。
その響きとともに、私の記憶のずっと奥の方に、温かい思いとともに残っていたのだ。
 
そんなマキくんのことを、会社の社内報を見ていると思い出したのだ。
 
「マキくんと、同じ漢字だ」
 
それだけで、単純にもあの幼稚園時代の温かい思い出がよみがえり、まだしゃべったこともない同期のマキくんに対してほのかな思いが芽生えてきたのだ。
 
同期のマキくんは、会社の花形部署に所属し、海外とのやりとりを行う営業マンだった。
一度、その人のことが気になり始めると、意識してその行動を追うようになった。
彼は、仕事だけではなく、当時開催されていた、社内運動会でもリーダーとなって活躍するような人だった。
私は、ますます、同期のマキくんが気になってきたのだ。
たまたま、社内報で見つけたマキという名前。
勝手に、過去の自分の思い出と重ね合わせ、勝手に思いを膨らませていった。
でも、人を思うきっかけなんて、案外そんな勝手な思いからなのかもしれない。
 
同期のマキくんは、出張も多く、とても忙しそうだったのだが、ある時私は勇気を振り絞って、彼にコンタクトをとったのだ。
 
今思うと、何が目的だったのだろう。
別に下心もないし、得たいものもなかったのだ。
さらには、確か当時、彼には彼女がいるという噂も聞いていた。
そんな関係を邪魔する気もさらさらないのだが、どうしても彼に伝えたかったのだ。
同期という繋がりしかない彼だけれども、私は彼に連絡をして会ってもらう約束をとりつけたのだ。
 
ゆっくりと話せる場所が良いと思い、当時、大阪にできた外資系のホテルのバーを提案してそこで会うことになった。
時間通りに現れた彼に対して、私は丁重にお礼を伝えてから、例の幼稚園時代の話をしたのだ。
彼にとっては、どうでもいいような、何の関係もない話だが、同期のマキ君は頼んだ洋酒のグラスに時折口をつけながらも、優しい笑顔のままで聴いてくれた。
そして、私は彼に告げたのだ。
 
「あなたのことが好きです」
 
今、こうして書いているだけで、よくやったよな私、と思う。
そして、いきなり言われた彼に対しても、本当にあの時はありがとうと、もう一度伝えたい思いになる。
 
私からのすべての話を聴き終えた彼は、少し驚きながらも、あまりにも堂々とそんな言葉を伝える私に向かって、優しい笑顔のままで、「どうもありがとう。そんなふうに言ってくれて嬉しいよ」
そんな言葉を返してくれたのだ。
 
私は、ただ素直な自分の気持ちを言葉にして伝えたかっただけで、彼もそのことを理解してくれていた。
だったら、その言葉を伝える意図は何なんだ?
そんなお咎めもなく、ただただ聴いてくれた彼には、今もあらためて感謝している。
彼に伝え終えた後の清々しい気持ちは、なぜか今でも覚えている。
 
私のほのかな思い。
唯一の温かい、幼稚園時代の思い出。
そんな私の思いに付き合ってくれた、同期のマキくん。
 
私が伝えたかった、「あなたのことが好きです」
 
その言葉に込めた思いは何だったのだろうか。
それはきっと、幼稚園時代の、コミュニケーションが取れずに、暗い時間を過ごしていた私の魔法をといてくれた、お礼だったのかもしれない。
後にも先にも、この時以外、私から男性に向かって「あなたのことが好きです」と言ったことはない。
 
50年以上も前、私に温かい風を吹きかけてくれたような、マキくん。
 
「あなたのことが好きです」
 
それは、「私の魔法をといてくれてありがとう」という思いだな。
機会があるならば、本物のマキくんに今更だけど伝えたいな、
 
「魔法をといてくれてありがとう」
 
「I LOVE YOU.」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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