私の中の「常識」が崩壊した瞬間
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:番場佳子(ライティング・ゼミ平日コース)
「歯ブラシを持ってない……?」
私はその子が何を意図して言っているのか、しばらく分からず混乱した。
少し前に、息子が通う小学校で歯科健診が行われた。例年なら梅雨に入る前に行われるものだが、コロナ禍でスケジュールがイレギュラーな今年度は、最低気温が氷点下になるこの季節に行われていた。
虫歯など異常がみられた児童だけ、学校からその旨が書かれている用紙を受け取り持って帰ってくる。
そして、保護者は子どもをかかりつけの歯科へ連れて行かなくてはならない。そこで診察を受けて(学校からもらってきた用紙に)担当歯科医の署名をもらい、学校に提出するのだ。
今まで虫歯になったこともなく、昨年までは用紙とは無縁だった。しかし、ついに今年度、用紙をもらうことになったらしく、彼は動揺してすぐに用紙を持って帰ってきたのである。
私は、子どもに歯磨きの習慣を身に着けさせるのは親の役割だと思っていた。
歯磨きの習慣を身に着けるのは、自分で食事や着替えが出来るようになるのと同レベルで当たり前。子供が虫歯になってしまうのは、もともと虫歯になりやすい体質の子を除いては親の管理不行き届きもあるのかと考えていた。
だから、息子が小学校3年生の時に、学校公開の授業で「歯磨きの実習をする」と知った時は心底驚いた。幼稚園児や保育園児ならともかく、小学生で習うものなのか。そこまでしないと虫歯は減らないものかと感じていた。
……そう。「歯磨きは毎日するのが当たり前」だと信じて疑っていなかったから。
歯科健診の用紙を持って帰ってきた日、我が家には息子の友達が数人遊びに来ていて、リビングで「フォートナイト」という小学生男子に絶大な人気を誇るゲームをプレイしていた。
そこで、歯科健診の紙をもらったかという話になっていた。
彼らは毎年用紙を学校からもらってきているようだが、学校に置いたままだと言う。
すでに慣れているのか親に怒られるのが嫌なのか、学校に置きっぱなしであることに何も感じていないようだった。
息子はひとり心配して「ねえ、お母さんに渡さなくていいの?歯医者さんに行かなくていいの?」とおろおろしながら彼らに聞いていた。
そして、「毎年虫歯になるって……。1日何回歯を磨いているの?」と息子が友達の1人に聞いたところ、彼の答えが「え、オレ、歯を磨いてない。そもそも家に歯ブラシないし」という返答だった。
私は、カウンターキッチンを挟んだ反対側でその話を聞いて、思わず「えええええええええ」と大声を出しそうになって慌てて口をつぐんだ。
歯を磨いていないのならば、そりゃ虫歯にもなる。歯ブラシがないのだから、歯磨きの習慣がないのも納得が行く。学校で歯磨きを教えても自宅で習慣化されてなければ虫歯が減ることはないだろう。
友達が帰宅してから、私は息子に「A君、歯ブラシ持ってないって言ってたけど」と聞いたら「そういえば、B君も1カ月に1回くらいしか歯を磨かないそうだよ」と言っていて私はさらに狼狽した。磨き方が雑で虫歯になってしまう子がいることは全く不思議ではないが、毎日歯を磨く習慣がなくて虫歯や歯周病になっている子がいることに驚きを隠せなかった。世界のどこよりも衛生状態がいい日本で、歯磨き習慣がない子がいることを私は全く想像していなかったのである。
最近は、多様な価値観や家庭環境で生活している子がいるというのは報道で報じられる以外にも実生活でもなんとなく感じていた。よって、息子の友達が我が家で出されたおやつのほとんどを息子以外が食べていったり食べきれなかった分を持って帰ったりしていても私は見て見ぬふりをした。ニンテンドースイッチのソフトを何食わぬ顔して持って帰られて忘れたころに返却されたこともある。
いろいろな家庭環境や方針の子がいること自体はいいのだが、親御さんは子どもが普段どんな様子で過ごしているのか知っているのだろうかということは気になっている。仕事などが忙しくてそこまで気が回らないのか、そもそも子どもに関心がないのかは私が知る由もないが、家に子どもの歯ブラシがない状態でそのままにしているご家庭があるということなのだろう。
「毎日歯磨きをするのは当たり前」というのも、あくまで私の思い込みであり価値観の押し付けだったということに気づかされた出来事だった。
私もなるべく自分の価値観を押し通さないように気を付けて生活しているが、歯ブラシが自宅にないと言っている子がいるのを知って狼狽したあたり、まだまだ「自分の中の当たり前=世間の常識」だという思い込みが存在していたのだと感じたのである。
***
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