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メディアグランプリ

いとしの屋久島犬と、お月さま


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記事:石川まみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2020年10月31日は、満月。
「今日の満月は、激レアで特別です!」と誰かがSNSに書いていた。
何かと思えば10月31日、ハロウィン当日に満月になるのは実に1974年以来46年ぶりだという。
しかも今月2度目の満月であり、ひと月に2度見られる満月「ブルームーン」
さらに、今年地球から一番遠く離れた場所での満月だそう。
めったに見られない満月を、目に焼き付けようと空を見上げた人も多かったのではないだろうか。
 
そんな満月の日に、愛犬の”海(うみ)“が、突然、交通事故で天国へと旅立ってしまった。
つやつやした黒い毛並みの屋久島犬ミックスの雄犬だった。
こんなに泣いたのは小学生のころ以来かもしれない。強い光に照らされて見上げたお月さまは、涙でにじんで変形していたけれど、私にとっては本当に特別な満月の日となった。
 
夏の終わりに同居する主人の母が、末期がんで余命宣告を受けた。高齢で手術もできない。年は越せないかもしれないと。
それから私たちは、母の終末に向けてケアの方法を話し合って決めたり、最期の日を迎える覚悟や心構えを少しずつ、少しずつ重ねながら過ごしていた。
 
そして母は、海が亡くなる前日に軽い脳出血で意識を失い救急搬送されて入院した。
母の安否を気遣うちょうどそんな日でもあったから、あまりにも突然だった海のことは、中々受け止めることが出来ずに、ぽっかりと心に穴が空いてしまった。
 
7年半前に屋久島に移住した私は、いずれ犬との生活をしたいと思っていたが、意外と早くその夢は実現した。
まだ引っ越し荷物も片付かない時期に、知人の庭に捨てられていた二匹の兄弟犬を我が家に迎えた。まだ生後二か月の、やんちゃで、かわいい盛りの仔犬だった。
 
二匹のうち特に海は、人懐っこい性格に育って、夫婦で営んでいる小さな宿の看板犬として活躍してくれたが、反面、本来猟犬である屋久島犬のDNAを随所に感じさせる野性味も、たっぷり持ち合わせていた。無駄のない筋肉質な体で屋久島の険しい山も軽々と駆け回る。猿や鹿のわずかな気配や匂いも嗅ぎ分けた。
 
普段、海は無駄吠えもしないが、一晩中、吠えて落ち着かないときや、散歩中も、いつもより異常にあっちっこち強い力で引っ張って大変なことがたまに有って、それを私たちは「けものモード」と呼んでいた。
 
ある「けものモード」の散歩道で、まだ明るい夕方の空に美しい満月が出ていた。私は、ふと思いついて立ち止まり、一緒に散歩をしていた夫に言った。
「ねえ、そういえば海くんが、けものモードになる時っていつも満月になる頃じゃない?」
夫もちょっと考えて「あっ、そうかも。夜中にしきりに吠える日に心配で起きると、月明かりが強烈でライトがいらないことが多いよな」と言った。
「月のリズムに同調する体内時計を持っているんだよ。すごいね」私は、たいした根拠もないのに半分本気でそう思った。
 
海の亡骸を引取り、車に乗せて家に帰ってきた時、兄弟犬の空(そら)は、車にさえ近寄ろうともしなかった。いつもなら、ブルンブルンしっぽを振って駆け寄って来るのに。
そして、海を車から降ろしても近づこうとはしないで遠くで伏せをして動こうとしない。
「空くんもこっちに来て海くんに、さよならを言って」と声をかけると、ゆっくり近づいてきて、海のにおいをクンクンと2回だけ嗅いで、またすぐに離れてしまった。
「海が、もうここにはいないことを、とっくに分かっていたんだね」と、夫は言った。
静かに現実を受け止めているように見えたその姿は、かえって、なにか不思議な感覚で二匹がつながっているように感じられた。
私は「私が、もっと気を付けてあげていたら……」とか、「ああしておいたら、こうしておけばよかった」とか、ジタバタしているのに。
 
そして半月が経ち、主人の母が息を引き取った。その日は新月だった。
母は、入院中に、一時的に意識を戻した時があって、その時に「いままで、ありがとう」と直接伝えることができたことが、その後の私の心の回復を支えてくれた。
 
潮の満ち引きに関係している月は、周りを海に囲まれた屋久島では、人々の生活に密接で、とても身近な存在だ。漁業も、農業も、海の遊びも、海辺の温泉に入るにも。月に因んだお祭りや行事も多く残されている。
 
お月さまのせいで今回の出来事が起きたとは、思っていない。
陸の生物が月から受ける影響が、どれほどなのかも分からない。
 
ぽっかりとあいた心の穴は、中々塞がらず、ふと見上げた今日の夜空に、月は無かった。
柄にもなく、生きることの意味、死ぬことの意味を考えてみても答えは出ず
「やっぱり、あらがうことの出来ない天体のリズムに身をゆだねて、今、この一瞬、一瞬をただ生きていくしかないんだよな」
なんだかそう思えたとき、私の中で退化していた自然と同調する体内時計が、ほんの少し動きだしたような気がした。
 
いとしの海くん、ありがとう。
まだ悲しくて、さようならとは言えないけれど、思い出すと見上げるお月さまは、涙でにじんでしまうけど、いつかあなたとの楽しい日々を、笑顔で話せる日が来ますように。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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