メディアグランプリ

さつま芋にモンペ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐川憲子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ぷしゅーっ!」
ワンルームの部屋いっぱいに、ご飯の炊ける匂いと一緒に、さつま芋が蒸けるいい匂いが広がった。
米を研ぎ、炊飯ジャーにセットする際、適当に切ったさつま芋もその上にのせて炊いてしまう。
ご飯も炊けて、芋も蒸かせて一石二鳥なのだ。
蒸けあがったさつま芋を取り出し、後でのお楽しみにと小さめに切っておいた端っこに、塩をちょこんと付けてかぶりつく。
戦時中のような食糧難でもないのに、私はさつま芋が好きだ。
最後の一口に少し口寂しさを感じながら、ふとよみがえってくるものがあった。
 
小学生時代   。
山間部の分校で、全校児童15人程度のところで6年間を過ごした。
あれは生活という授業の一環だったか。
毎年春になると教室の前にある小さな花壇に、パンジーやマリーゴールドといった花の苗と一緒に、さつま芋の苗を植えた。
秋に収穫祭をするためだ。
 
晩秋、校舎の周りの吹き溜まりには、落ち葉がこんもりとたまる。
児童、先生、用務員のおばさん総出で落ち葉かきをし、収穫して寝かせておいたさつま芋を焼くために、校庭に穴を掘る。
普段、走り回っている学校の校庭に穴を掘るという、ちょっとした背徳感。
おやつは遠足の時だけ。学校にはおやつを持ってきてはいけません、と普段言っている先生も、一緒に甘い焼き芋を食べる。
やってはいけないことをやる時の、何とも言えない高揚感。
 
一日作業だったが、炎に焼かれ、赤くなったみんなの顔を見ながら食べた焼き芋は、格別に美味しかった。
 
もう一個だけ……と、誰も止める人がいないことをいいことに、二つのさつま芋に手を伸ばしかけた時、今度は祖母の記憶がよみがえってきた。
 
祖母はいつも、モンペをはいている人だった。
今なら100円均一のお店でも簡単に手に入るウエストのゴムだが、なかなか手に入らなかった時代を生きてきた祖母にとっては、農作業時の作業着に、ゴムの入っている洋服はもったいないと、モンペをはいていた。
卒業式などで袴をはいたことがある人はわかるだろうが、モンペも足を通した後、ウエストの部分は前後に布が分かれていて、両端に紐が縫い付けてある。
後ろ、前と腰で紐を結んではくのだが、祖母は前、後ろの順で紐を結んでいた。
農作業中に用を足したくなった時、いちいち泥を落とし、作業服を脱いでいられないため、畑の隅ですぐにお尻だけ出せるようにと、後ろ紐が上にくるよう工夫していたのだ。
その前、後ろの紐の結び方に段差をつけると、脇から手を入れられる簡易ポケットができあがる。
そこに祖母は、農作業の合間にちょいと食べられるおやつをいつも入れていた。
祖母は、傍らで幼いながらも農作業を手伝っていた私にも、おやつをくれた。
ある時はもう少しで口が開きそうな、熟したアケビを。
ある時はちょっと湿気たビスケットを。
そしてある時は赤黒く干しあがった干し柿を。
私は嬉しかった。
泥のついた手を服で拭うと母に叱られるのだが、そんなことはお構いなしに、祖母がくれるおやつを頬張った。
「内緒だかんな(内緒だからね)」
と、自分だけにこっそりくれるおやつということもあり、三姉妹の長女だった私は、妹たちに見つからないようにと、目を白黒させながら急いで食べたものだ。
 
当時、家では肉用牛も育てていたのだが、一度食んだ草を反芻して、何度も美味しそうに食べる牛が羨ましかった。
反芻という言葉は知らなかったが、これなら急いで飲み込んだおやつを何度でも楽しめると思ったからだ。
今思うとバカだなと思うが、当時は本気で牛の真似をして練習した。とうとう習得出来なかったが……。
 
その日も、農作業が一段落した頃に、祖母がモンペから蒸かして干したさつま芋を、おやつにくれた。
私は大好きなさつま芋をもらった嬉しさのあまり、妹たちにその内緒のおやつを見せびらかしてしまった。
当然、妹たちは自分達も欲しいと祖母に泣きついてくる。
「あんたたちは何も手伝っていないでしょ!私はおばあちゃんを手伝ったからもらったの!」
と私は言ったが、
「お姉ちゃんばっかりズルい!」
と言って聞かない。
始末が悪くなってしまい、仕方なく妹たちの分もおやつを取りに家に戻った祖母が、私を呼んだ。
「人にあげらんにぇえもんは、見せびらかすもんでね(人にあげられないものは、見せびらかすものではないよ)」
短く、ぼそっと言った祖母の言葉は、決して厳しい口調ではなかったが、自分がいけない事をしたのだとわかるには十分だった。
 
大好きなはずのさつま芋が、なかなか飲み込めなかった。
 
結局、二つ目のさつま芋を食べてしまった私は、三つ目にいくかどうしようか迷っている。
何個食べても、あの頃食べたさつま芋の味に、たどり着けないことは分かっているのに。
 
今までにだって、美味しいものを食べて幸せだなと感じたことはいくらでもあった。
けれど不思議と何を食べたのか、ふんわりとしか思い出せない。
私にとって美味しいものとは、甘い中にドキドキや苦みがあり、どこかしょっぱい味がするこの「さつま芋」だったりする。
 
やっぱり三つ目、食べようかな!
 
 
 
 
***

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2021-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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