心の中を吹き抜けた風
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:野村 光恵 (ライティング・ゼミ 超通信コース)
あの瞬間、風で桜の花びらが舞うのが
まるでスローモーションのように焼き付いて見えた……。
2020年4月7日に初めて発令された緊急事態宣言。
毎年当たり前のように、桜を愛でていた季節に、ほぼ毎日家の中でパソコンの前で大半の時間を過ごした。
あれから、1年。
「今年の春こそは、桜を見たい!」という想いが、強まっていた。
日本は、とても美しい季節の移り変わりが感じられ、桜はその象徴のようなもの。
この時期をやっぱり逃したくないと感じ、なかなか会えていなかった友人に連絡をして、桜を見ながら散歩をする約束をする。
友人宅に到着すると、かわいいジャックラッセルテリアのおじいちゃん犬「シャンティー」が短い尻尾を振りながら、弱った足腰でヨタヨタしながら私に近づき、かつてと比べたら弱々しく「ワンワン」と吠えて歓迎してくれた。
最近、全く吠えていなかったそうで、再会を喜んでくれていることがわかり、それがとても嬉しかった。
その日は春のデトックス野菜を中心にした身体にも優しいランチを作っていただき、身体も心もとても満たされた。こういう食事は、満腹なのに食後のだるさが全くない。
そんな心地の良い午後。ぽかぽかとした陽気の中、約束通り桜を見に散歩に出かけた。
足腰が弱ってしまったシャンティーは、犬用のカートから大人しく外の景色を眺めていた。
今回は、昨年購入したお気に入りのミラーレス一眼レフを持ち、桜の写真を撮ることを楽しみにしていた。
友人の住む世田谷区には、桜並木の緑道がいくつかあって、その辺りに到着してようやく気づく。
タイミング的に、もうすでに3〜4割ぐらいは散ってしまっていたのだ。
満開の桜の写真を撮りたいと思っていたもののスケジュール的にどうしてもその日しか合わせられなかったので仕方がない……。そう思いながらも、桜を見たときに残念な気持ちになった。
しばらく散歩をしながら会話をしていると、少し強い風が吹き、
桜の花びらがふわ〜っと一斉に舞って、とても綺麗だった。
その瞬間
「こういうのが体験できるのも、今の時期だからだね。」
「桜の花びらが地面に落ちて白い絨毯みたいで、綺麗!」
と友人が言った。
その光景を目にしながら、友人の言葉がものすごく心に染み入った。
私は、どうやら桜は「満開」の時だけが美しいと信じ込んでいた。
まだ咲いている桜を目の前に、それは『不完全』なものであり、ピークを過ぎてしまったものだと思っていたことに気付かされた。
だけど、散っていく中にも美しさがあるし、きっと翌朝には緑道の清掃で取り除かれてしまうであろう白い花びらの絨毯も、今だから見ることができている。
どんな瞬間の中にも美しさは存在している。
だけど、それを見ることができるかは、心が決めている。
きっと発見できるような『心のスペース』があれば、日々の中に美しさや心地よさを感じることができるはず。
その頃、とても仕事に追われているように感じていた。
焦るばかりで仕事の質が低下していき、人生の質そのものを下げてっていた。
不思議と、桜の花びらが舞っていたのを見て、その時に視点が切り替わってからというもの、自分の中で絡まっていた思考が、少しずつ解けていく……。
仕事において、自分が見えていなかった中にある、見落としていた重要なこと。
それがわからないまま迷惑をかけてしまっていたことに対する反省と改善の意識。
心にスペースができたことで、そうやって認識が変わっていく……。
日本人は、自然万物に神が宿ると考えられているように、まるで自然の中に宿る神がそっと風を吹かせて教えてくれたような気がした。
それから散歩の途中、まだ蕾が多い桜を見つけて写真を撮る。
花が開花するとボリュームがたっぷりのこの桜の見頃は、それから半月後。
だけど、この蕾が多くて部分的に開花しているだけの今の姿が、特に美しいなと思えた。
当初、桜といえば日本の80%を占めるソメイヨシノのことしか頭になく、ソメイヨシノが満開の時期だけが桜にとっては最高に美しい時期という思い込みは、そうやっておだやかにゆるんでいった。
あらゆるものの中に美しさを発見できた体験の一部を切り取ったその写真は、いつでもその感覚を思い出すことができる大切な1枚となった。
犬用カートから出て、一緒によちよち歩くシャンティー。
たくさんの距離を歩けなくなっても、自分の意思を伝えて、行きたい方向を示す。
何を感じて、その方向を選ぶのかは、私にはわからない。
ただ、彼にとっては歩くことができるかどうかは、あまり関係なさそうに見えた。
きっと「今」を生きているから。
かつて元気だった頃にはできたけど、今はできないとか、未来を不安になったりすることもないのだろう。
人間には記憶があり、その記憶に基づいて「良い」とか「悪い」と判断をしている。
そして経験に基づいて、自分には「できる」とか「できない」と捉われてしまいいつの間にか行動を制限して、本当にやりたいことも選べないことがある。
だけど、どこを「観る」のか、どのように「捉える」のか、本来は自由に選びとれる柔軟な心は誰の中にもる。
自然や動物は、そんなことに気づかせてくれる、私たちがもっと学ぶべき、素晴らしいティーチャーなのだと思った。
***
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