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心の故郷


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記事:宮崎じゅん(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
とある年の9月1日。
窓の外は真っ白な雲、見下ろせば合間から見える海、それは世界有数といわれるサンゴ礁。
早朝の飛行機で私は沖縄に向かっていた。
プロペラ機は真っ白な砂だけでできた島の上を低く通過して空港に向かった。
昨日まで渋谷の雑踏の中で仕事をしていたことが、自分でも信じられないくらい。
南国にまもなく着く。
 
幼い頃から父親の影響で波乗りをしていた。
海が好きだった。
一人での遠出が認められるようになると暇を見つけては海に行った。
まだ一人で波乗りするのは許されなかったので、何時間でも波音を聞いていた。
 
ある日通っていたスイミングスクールのコーチが、海の中の写真をみせてくれた。
それは色鮮やかな魚やサンゴが写っているようなものではなく、
翡翠色の水中に広がる真っ白な砂浜で仰向けになった人が映っていた。
口から噴き出した空気が輪っかになって水面に登っていく様を撮ったものだった。
少しいびつになった輪っか。周りにはきらきら光る気泡。
透明でいて、ほんの少し不透明な中に光の筋がさしていた。
 
次の瞬間、私は水の中にいた。
見上げるとキラキラとした光があたり一面を照らしていた。
「あそこに行く」心の底から強く思った。
 
時を経て私は進学をした。
私はスキューバダイビングをはじめ、バイトをしてお金を貯めては潜りに行く生活をしていた。
仕事にしたいとさえ思い、インストラクターを目指していた。
近くの海も、遠くの海も、暖かい海も、寒い海も
さまざまな海に潜って経験を積んだ。
いつかあの場所で暮らしていけるようにと。
 
それなのに私は大学卒業と同時に就職をした。
ちょうどその頃両親の不仲が本格的になり、精神的にまいっていた母親と歳を取って少し気弱になった祖母を置いていくことができなかったのだ。
ついた仕事は2番目に望んだものだった。1番ではなく、2番目。
2番目に望んだ仕事はやりがいもあった。
自分に合った仕事だとも思った。
それでも、「2番目に望んだこと」だと言うことが少しずつ、私を蝕んでいった。
時の流れが母を回復させる一方で私は消耗していった。
「行かなきゃ」
日に日に思いは増していった。
 
春が来て桜の花が咲き、散ったころ、私は職場の上司に相談した。
むろん初めから賛成を得られるはずもなかった。まともに話を聞いてくれない上司もいた。
「次の企画のチーフにするから」と目の前に餌をぶら下げられた。
 
「いやいや、そういうことではなくて……」
 
申し訳なさでいっぱいにもなった。2番目といえども私自身が望んだ職場だったから。
それでも、私は意志を曲げなかった。そしてとうとう退職することになった。
 
家でも母には反対を受けていた。
「彼氏と結婚して、ずっと一緒にいると思ったのに」と
 
「いやいや、そういうことではなくて……(しかも別れたし)」
 
さみしそうな顔にまた決意が少し揺らいだ。また精神的にまいったら困るな。
そんなことを考えた。
その時祖母が言った「行くなら今だよ」と。
この人は私のすべてを理解してくれている。
そんなことを考えた。
 
そしてようやく夏の終わりに私は沖縄に向かった。
ただただ、自分の一番行きたかったところでやりたかったことをするために。
 
それから沖縄には十数年暮らした。
2番目の故郷といえるくらい繋がりの多い土地となった。
祖母はたびたびやってきては長い時間を沖縄で過ごしていった。
歳をとって気弱になったと思っていた面影はすっかりなくなっていた。
母は、沖縄の地を踏むことはなかった。
私と祖母にとっては楽園であった沖縄は、母にとっては忌むべき場所になっていた。
子どもを連れ去った忌むべき場所になっていた。
祖母が楽しそうに沖縄を行き来するのもこころよく思っていなかったのかもしれない。
 
時々実家に戻って顔を合わせると「いつまでいるつもりなのか?」と必ず聞かれた。
だんだん、実家に帰るのが億劫になった。
私には私の生き方があるのだから。
そんな気持ちが頭をもたげたとき、祖母の言葉がよみがえった。
「行くなら、今だよ」
祖母はわかっていたのかもしれない。
自分の娘が、自分が育てた孫娘に執着するさまを危惧していたのかもしれない。
と、同時に祖母自身も窮屈だったのかもしれない。
誰もはっきり言葉にはしなかったけれど、我が家にはある種の狂気があったのだと思う。
 
数年帰ることなく月日が流れた。
その頃には母も打ち込める趣味を見つけようやく自分の人生を楽しむようになっていた。
祖母はいっそう歳を取り、長時間の移動が少しきつくなってきていた。
そして、とうとうそんな祖母に付き添って母が沖縄にやってきた。
祖母と母と私と私の娘と、4世代で過ごした沖縄での数日はそれが最初で最後となった。
 
その後、祖母は骨折が原因で寝たきりになってしまったから。
そして私は、そんな祖母を看るために沖縄から引き揚げてきたから。
 
沖縄は私にとってかけがえのない場所となった。
でも、あれ以来沖縄にはいっていない。
沖縄は私の中で封印した心の故郷になった。
 
 
 
 
***

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2021-05-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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