メディアグランプリ

「可愛い」に勝てる者などいない


かわいい

記事:谷合美香さま(ライティング・ゼミ)

室生犀星「蜜のあわれ」が映画化、と聞いて、素直に驚き。
いやびっくりしましたわ。

老作家と金魚の同棲話、と、原作ファンや映画キャスティングファン等々、多方面からのひんしゅく覚悟で紋切りにしてみる物語を、映像で見ることができる時代に居合わせたのですなあ。

「あたい」とおきゃんな人称で、老作家の「おじさま」に甘える金魚は、コケットリーな少女であり、同時にやはり金魚である、その尾びれのようにゆらぐ存在。

そのゆらぎ、風になびくカーテンの内と外、彼と我の境を自在に泳ぐ金魚の存在は「少女」が内包する「女性」の発露でもあり。
無邪気に戯れる金魚が、魚の姿か少女の姿か、それさえもゆらぎの中にある。

私たちにはゆらぎと見える変幻自在の金魚でも。
金魚は金魚のルールで生きている。
どんなにおじさまの傍にはべっていても、いつでも、金魚の「あたい」は、ただの金魚に戻ることができる。
この世のルールの側いる「おじさま」に、依存しているかに見えて、簡単にその懐から飛び出していける自由を持っている。

捕まえたと思うその手の中から、するりと抜け出して誰のものでもない金魚になり、諦めた途端に少女の姿で膝の上にじゃれてくる。
奔放でも、翻弄はしない。
悪意のない、戯れ。
子供の気まぐれ、気移りに、大人は右往左往するばかり。

そんな闊達な金魚に振り回される「おじさま」の日常が羨ましくて仕方がない。
こんな可愛い金魚なら飼う。いや同棲する。
何をおいても最優先に、生活の中心を金魚にする。
金魚が会社に行くなというなら(略)。

いかん、こうなると谷崎潤一郎風味になってしまう。

そう、谷崎潤一郎の描く女性はどこかにトゲがある。
直截に、男を足蹴にしたりするような荒っぽい残酷さがある。
この荒けた描写に美を見出すところが谷崎文学たる所以であるので、是非は問わない。
あなたなんかと歯牙にもかけず、そのくせ嫉妬し、自分に服従させながら、なお奪い足りない、谷崎潤一郎が描くのはそんな女性像。

が、室生犀星は違う。

金魚が嫉妬深くない。
独占欲というものも希薄。
よってわかりやすい残酷さはない。

ひたすらに艶かしく天衣無縫な姿というのも、生殺し的な残酷かもしれないが、その生殺しな状態をも楽しいものに描いているのは、対象が「金魚」である、この一言に尽きる。

本当に本当の「少女」だけの存在であったら、あっという間に成長して手に負えなくなる。谷崎文学のように厄介な女王になるかもしれない。

でも「金魚」なら。
いつまでも子供のようにいてもいいのだ。
「金魚」だから。

そうして「金魚」は、「おじさま」の昔の女が幽霊になって出てきても、その無邪気さで仲良くなってしまう。
喧嘩も悋気もなし。
「金魚」は「おじさま」が大好き。
それは「おじさま」の過去がどうであっても変わらない。

もしかしたら室生犀星は、生涯縁の薄かった実母との関係を、いわば順当な親子関係を、再構築したかったのではないか。
「母」をとらえるために、「金魚」と「少女」の二重枠を用意する必要があったのではないか。
金魚というフィクションと少女というフィクションをかけ合わせて、そこに見出したかったのは母性だったのではないか。

自身が母にできなかった甘えやわがままを、金魚に仮託して。
自身に嫉妬などしない少女に母性を仮託して。

「蜜のあわれ」以前に書かれた、喪われた子と死後も続く交流がやがて途絶える「後の日の童子」では、非日常が日常に淘汰される、ある種、逸脱のない物語が展開されているが、童子を母としてみたら、案外それが室生犀星の「正しく送りたかった親子関係」ではなかったかとさえ思う。
ようやく「蜜のあわれ」をもって、非日常を固持した上で母との交流を果たせたのではないか、と。

室生犀星の「母」のように、近親の女性と、きちんと年を重ねることができなかった男性作家で思い出すのは、宮沢賢治と野坂昭如だ。

宮沢賢治は理解者であった妹を喪い、詩をうたう。
野坂昭如は戦争で守りきれなかった妹を、反戦のモチーフにする。

死によって喪われた「その後」を埋めようとしてなのか、悔悟の念なのか。
彼らの言葉の中で語られる「妹」の、透きとおった美しさは、「もしも」の上に成り立つ儚さゆえ。

美化とも違う。
ただそうあって欲しかった。
長生きしたらきっとこうも語り合えたろう。
生きていたら、こうはならなかったろう。

室生犀星の終生追い求めた女性像もまた然り。

そうして作家の中で醸成された「可愛い」権化に敵うものなどないのだ。

 

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2016-03-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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