『2020に伝えたい1964【番外編】』57年振りに外へ飛び出した
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記事:山田THX将治(天狼院「超」ライティング・ゼミ)
57年前の1964年10月10日は、前回の東京オリンピック開会式が行われた日だ。式典のクライマックスに、自衛隊のブルーインパルス機が紺碧の空に大きな五つの輪を飛行機雲で描き出した。
テレビで開会式を観ていた当時5歳の私は、スモークの五輪を観ようと外へ飛び出した。当時住んでいた東京の下町からでも、国立競技場上空の五輪は、しっかりと観えたものだ。
大空の五輪は、しばらく紺碧のキャンバスに残っていた。
1964年、東京の空は広かった。
10月の空は碧かった。
10日の空は無風だった。
2021年7月23日、364日延期された今回の東京オリンピックは、数々の障害が有ったものの、何とか開会式を迎えることと為った。
57年前とは違い、開会式は夜間に開催されることと為った。真夏の開催なので仕方が無い。そこで、昼間の内にブルーインパルス機が、前回と同様に五輪を大空に描くことと為っていた。
時間と飛行ルートは、直前に発表された。観衆の密を避ける為だ。
私はその時、所用を済ませ帰宅したばかりだった。手を洗い、アイスコーヒーを淹れ、ニュースを見ようとテレビを点けた。
ニュースワイドショーでは、夜の開会式の話題で持ち切りだった。
すると、番組MCが、
「そろそろ、ブルーインパルスが東京上空にやって来ます」
と、言った。
モニターには、北東方面から東京上空にやって来たブルーインパルスの編隊が、都庁付近で右に大きく旋回し、西に向かう映像が流れていた。
現在、東京西部に暮らしている私は、ブルーインパルスの飛行ルートを確認した。ブルーインパルスは、現在の住まい付近で折り返し、再び国立競技場上空へ向かう模様だった。
「あっ! ここから観えるかも」
と、子供の様に叫んだ私は、57年前と同じく外へ飛び出した。
玄関を出た途端、聞いたことも無いジェット機の飛行音が聞こえてきた。
上空を観上げると、低空で飛行するブルーインパルスの編隊が、肉眼でもしっかり観えた。真夏の太陽が眩しかった。
マンション先の駐車場では、いつも明るく挨拶をしてくれる、馴染みの坊や(多分、小学校低学年)が、お気に入りのラジコンカーで遊んでいた。
坊やは、血相変えて飛び出してきた私に、
「どうしたの?」
と、不思議そうに聞いてきた。私は、上空を指差し、
「ほら、ブルーインパルスだ!」
と、答えた。これから、国立競技場の上空で五輪を描くことも告げた。
坊やは、
「ふーん」
と、解かった様な、解らなかった様な、微妙な表情を見せた。
それより私は、スマホを持ち出すこと忘れていた。折角のチャンスを逃した。
57年前は、気軽に記念撮影をする等、考えられないものだったのだ。
長時間の日向は年寄りには危険と思い、ブルーインパルス機を見送った後、私は一旦自室に戻った。
すると驚いたことに、点けっ放しになっていたテレビでは、ブルーインパルスの編隊が、今まさに五輪を描こうとスモークを出し始めていたのだった。
慌てた私は、再び外に飛び出した。今度はちゃんとスマホを持参した。
駐車場から国立競技場上空方面は、高い建物が邪魔して観えなかった。57年前より東京の空は狭くなっていたのだ。
駐車場前の道路まで出ると、何とか五輪の端っこが観えてきた。
私は、相変わらずラジコンで遊んでいる坊やに向かって、
「ほら、こっち来てごらん。少しだけど観えるよ」
と、手招きした。
「どこ、どこ?」
と、コントローラを手にした坊やは、私のところまで駆けて来た。
「あそこだよ、あそこ」
と、私は上空を指で示した。
「本当だ! 観えた、観えた!」
と、坊やは無邪気に喜んで観上げていた。
57年前の秋空とは違って、真夏の空には多くの入道雲が浮かんでいた。
ブルーインパルス隊は今回、その雲を避ける様にやや低空で五輪を描いたようだ。
加えて、57年前と違って、雲の多い上空は風が強かった様だ。
あの時、秋の碧空にいつまでも残っていた五輪は、夏の空ではみるみる内に薄く為りだした。
それでも、57年前5歳だった少年と今まさに6・7歳の坊やは、しばらく並んで上空を観詰めていた。
今度は持参したスマホで、私は何枚か五輪の欠片を撮影した。
その間、57年前に今回と同じく外へ飛び出し上空を観上げた想い出を、坊やに向かって伝えた。
そして私は、
「私はもう二度と、東京オリンピックを観ることは出来ないだろう。しかし、君はきっと、もう一度、東京オリンピックを観ることが出来る筈だ」
と、告げた。
続けて、
「君が私の年齢に為って、次の東京オリンピックが開かれる時も、ブルーインパルスは飛ぶだろう。そして再び、五輪を描くだろう」
更に、
「その時には、二度とも大空の五輪を観た私のことを想い出してくれよな」
と、少し感傷的な言葉で坊やに語った。
坊やは元気よく、
「うん! 約束するよ!」
と、応えてくれた。
涙が出る程、嬉しくなった。
大空の五輪は、しばらくすると消えてしまった。
時の移ろいと同じく、夏場の風は早い様だ。
私は坊やに、
「暑いから、そろそろ中に入るね」
と、告げた。帽子もサングラスも用意する余裕はなかったからだ。
そして、
「無理しないで、遊ぶんだぞ」
と、再びラジコンを走らせ始めていた坊やに告げた。
「あっ!!」
自室に戻ろうとした私は、小さな声を上げてしまった。そして再び坊やに、
「すまん。鍵、持ってるかい?」
と、恥ずかし気に声を掛けた。
坊やは、
「有るよ」
と、言いながら、ポケットから鍵を出して近寄ってきてくれた。
そして、
「おじさん、慌ててたもんね」
と、同情気味に声を掛けてくれた。
こうして優しい坊やは、57年前には考えられなかった“オートロック”という文明の利器から、私を救い出してくれた。
これで多分、坊やは次の東京オリンピックが開催される迄、慌てん坊な私のことを覚えていてくれることだろう。
そして、ブルーインパルスの編隊を観ながら、私のことを想い出してくれることだろう。
私にとって、今回の東京オリンピックも前回同様、良い想い出が出来そうな予感がした。
***
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