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落合博満がエースキラーになれたのは〇〇だったから


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記事:篁五郎(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
日本プロ野球史上唯一無二の記録である三度の三冠王(打率、打点、ホームランがすべてリーグトップになること)を獲得した落合博満は、エースキラーであった。
 
ロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に在籍していた頃は、ライバル球団阪急ブレーブスのエースで通算283勝を記録した山田久志を得意としていた。山田久志は日本の投手では珍しいアンダースロー(下手投げ)の投手で決め球はシンカー(シュートしながら沈む変化球)である。落合はかつて山田のシンカーを苦手としており、まったくバットに当てることができなかった。
 
ところがいつからか山田のシンカーを得意とするようになった。山田も意地があるからシンカーで打ち取ろうとする。読みを外しそうとしても左右にきれいに打ち返される。ほかの打者は自打球を足に当てたり、空振りしてボールが腹に当たったり。それくらいキレ味が鋭いボールだったのに落合には通用しない。山田は落合がどうやって自分のシンカーがどうやって攻略されたのか皆目見当がつかなかったという。
 
打席に立った落合にタイミングの取り方や立ち位置の変化などは感じられないからこそ余計に悩んだという。そんなある日、落合と山田はオールスターで一緒になったときに落合から話しかけられた。
 
「山田さん、たまに投げるピュッと外ヘ逃げるスライダーみたいなボール。あれ、いいですね」
 
チラッと話したその言葉が山田の脳裏に残った。それは山田がシンカーだけでは抑えられないと思って試していた球速は速球と変わらずに曲がりを小さくしたカーブのことだった。いまでいうとカットボールに近い球種である。その球はまだ試運転の段階だから試合ではそんなに投げていない。たまたま投げたときに打ち取ったのを落合は強烈に覚えていたのだ。
 
「よし。それならば」
 
山田はそれからシンカーを見せ球にして早いカーブを決め球にする。するとタイミングが取れないのか落合を打ち取れるようになった。
 
しかし、それは長く続かない。落合はその早いカーブも攻略してきたのだ。山田は後に「やっぱり、落合が優れているのはエース級のウィニングショットを打ち崩すこと」と語っていた。
 
その落合が得意としていたのは山田久志だけではない。西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)のエースで通算241勝を挙げた東尾修も落合に得意な球を攻略された一人である。
 
東尾の得意な球種はスライダーである。右打者にはバットの芯から逃げるように曲がって空振りをしてしまう。しかも東尾はコントロールが良く、狙った所へ投げられる投手であった。
 
その東尾と落合と言えば一つ伝説がある。
 
落合が東尾をデッドボールの報復にピッチャーライナーで仕返しをしたというもの。東尾は投球術を駆使して相手を打ち取るピッチャーで内角外角、高低差も活用して抑えていた。時にはバッターすれすれに内角へボールを投げることも珍しくない。
 
それは三冠王である落合博満に対しては余計に厳しい攻めになる。東尾は落合へとデッドボールをぶつけてしまう。それも二打席連続で。二度目にぶつけられたときに落合は激高。マウンドに立つ東尾へ向けてにじり寄るほど怒りを露わにした。
 
しかし黙って次の打席に立つほど落合は大人しい男ではなかった。東尾の得意球であるスライダーをセンター返し。ピッチャー正面に向かって速い打球が飛ぶ。間一髪で東尾が避けてヒットとなる。一塁にいた落合は不満げな顔であった。
 
次の打席も再び落合と東尾が対峙する。東尾は得意のスライダーを投げると先ほどと同じく落合は打ち返す。すると東尾の身体にボールが命中。デッドボールの借りを返したのだった。
 
後年、TV番組でこのことを聞かれた落合ははっきりと「狙ってました」と答え、「それはいくらでもやろうと思えばできる。そこに打てるボールがこなきゃダメよ。(来るべきボールが来れば)いけます」と断言した。
 
他にも東尾の同僚であった工藤公康(現福岡ソフトバンクホークス監督)のカーブ、渡辺久信のストレート(現埼玉西武ライオンズゼネラルマネージャー)も得意としており、打ち崩していた。
 
中日ドラゴンズに移籍した後も、読売ジャイアンツのエースで二年連続20勝を記録した斎藤雅樹と通算183勝の桑田真澄のカーブ、槙原寛巳のフォークも得意としており、4番バッターとして相手エースを打ち崩す役割を果たしていた。
 
落合がエースキラーの本領を発揮したのは1990年のオールスター戦で野茂英雄と対決したときのことは外せない。この年の野茂はドラフト会議で8球団から指名された実力を遺憾なく発揮し、ルーキーながらパリーグの近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ)の顔として大活躍していた。オールスターもファン投票でダントツの一位を獲得し、セリーグの好打者相手に三振の山を築くことを期待されていた。
 
そのムードに冷や水を浴びせたのが落合である。
 
野茂の印象を聞かれた落合は記者にこんな挑発的な答えをしている。
 
「野茂はフォークでしか三振取れないんだろ? 若いくせにおじん臭い奴だな」
 
新聞紙上で落合の発言を知った野茂は沈黙を守るが怒りがこみ上げたのは言うまでもない。
 
「落合さんからストレートで三振を取る」
 
そう誓ってオールスターに臨んだ。ご存じのように野茂はフォークだけの投手ではない。ストレートも速く、ボールも前に飛ばないのが特徴であった。しかもフォークはストレートとそんなに球速が変わらないためどストレートだと思ってバットを振ってもフォークだったから空振りする打者が数多くいたのだ。当時のライバルである清原和博(現解説者)も「野茂のストレートは速かった」と語っている。
 
オールスター第二戦。落合と野茂の対決が実現した。落合はセリーグの4番、野茂はパリーグの先発として登場。落合の発言を知っているファンは二人の対決に期待を馳せた。
 
初対決は2回の表セリーグの攻撃。ショートフライで野茂が落合を抑える。次に二人が激突したのは3回の表の攻撃。ツーアウトで二塁にランナーを背負っての対決となった。
 
点差は僅かに1点。落合の同僚である与田剛(現中日ドラゴンズ監督)がパリーグの4番清原にホームランを打たれている。野茂はフォークを見せ球にして投球を組み立てる。表情はシーズン中変わらず真剣そのもの。
 
何としても落合を三振に打ち取るという気迫に満ちていた。
 
一方の落合はいつもと変わらずに泰然自若と打席に立つ。ボールを見逃す姿も余裕そのものだった。カウントはスリーボール、ワンストライクとなった5球目。野茂は渾身のストレートを投げる。すると落合は一振りしてボールをレフトスタンドの中段にまで持っていった。
 
逆転ツーランホームランである。
 
二人の勝負は落合がプロの洗礼を浴びせて終わった。
 
後年、落合は野茂のストレートについて聞かれると「野茂のストレートなんて速くない」とバッサリ切り捨てていた。
 
大魔神と呼ばれ、NPB/MLB通算で381セーブを記録した佐々木主浩の決め球フォークを打つのも得意でカモにしていた。佐々木との通算打率は444.と落合は完全に佐々木を攻略していたのだ。
 
佐々木のフォークの打ち方を聞かれると「ストレートよりも遅いから落ちる直前に叩けばいい」と言って、90度くらい落ちる佐々木のフォークをホームランにしたこともある。
 
それだけエースキラーであった落合が打てないといった投手が一人だけいる。
 
西武ライオンズがパリーグ6連覇したときに工藤公康、渡辺久信と共に投手王国を築いた郭泰源である。
 
郭はアマチュア時代からメジャー球団にも注目されていた逸材で1983年にチャイニーズタイペイ代表でアジア選手権に出場。日本戦で9回を一人で0点に抑えてロサンゼルス五輪の出場権獲得の立役者となった。日米をまたにかけた争奪戦の末、西武ライオンズに入団した。
 
兎に角、球も速くて変化球も切れる。腕を45度斜め上から投げるストレートは最速158kmと当時の最速を記録するほど。当時バッテリーを組んだ伊東勤は「とにかく速い。最初に(投球を)受けたとき、こんな投手がいるのか、と衝撃を受けた」と振り返った。チームメイトの渡辺久信は僕が一番、速い球を投げる。そう思っていたのは、郭泰源の球を見るまで」と脱帽するほどのストレートだった。
 
変化球も多彩でスライダー(利き腕と反対に曲がっていく変化球)とシュート(利き腕の方向に曲がる変化球)を得意玉としてコントロールも抜群であった。落合も後年に「俺が本当に打てないと思ったのは郭泰源」「あの真っすぐとあのスライダーが同じ球速で来たら打てない」とコメントするほどの投手であった。
 
郭泰源は別として落合がエースキラーになれたのは受け身の性格だからである。
 
食事はすべて妻・信子夫人に任せきり。出されたものを何でも食べるという性格で食にも特にこだわりはなかった。現役時代に信子夫人に「毎日カレーだけでいいよ」というくらい食にこだわりはなく、遠征でも出歩くことなく自分の部屋で鍋を食べているような性格だった。
 
そんな受け身の性格が落合が野球選手として成功した一因である。現役時代であれば、プレッシャーのかかる場面でも「なるようにしかならない」と動じることなく打席に立つことができる。
 
中日ドラゴンズに在籍していたときに起きたエピソードが象徴的だ。
 
それは読売ジャイアンツとの一戦で相手投手はエースの斎藤雅樹。この日の斎藤は絶好調で中日打線を寄せ付けない。一つのフォアボールを出しただけでノーヒットに抑える快投を見せて9回に入る。ノーヒットノーランの期待が高まる中、ワンアウトでノーヒットノーランは途絶える。それでもまだ完封が残っているが動揺した斎藤は次の打者に打たれてしまい、傷口を広げて二人のランナーを背負ってしまう。
 
打席に向かうのは4番落合。
 
打ち取られたらゲームセット。ホームランを打てばサヨナラ勝ちというシーンで落合は見事にセンターバックスクリーンへとホームランを放ち、斎藤を天国から地獄へと突き落としてしまった。
 
落合は「あの日は斎藤のカーブにタイミングが取れてなかった。だからカーブで打ち取りにくるだろうと思って待っていた」
 
野球はバッターはピッチャーがボールを投げてくれないと打つことができない。その時点で受け身になってしまう。だからこそ受け身の性格であった落合は冷静に準備ができたといえる。相手がこう来るからこうしようと考えてバットを振って練習を積み重ねていったのだ。
 
そして受け身の姿勢は監督になっても変わらない。
 
落合監督といえば、就任一年目の開幕戦の先発投手に3年間登板がなかった川崎憲次郎を出してきたイメージが強いせいか「動く監督」と思われている。しかし、実は反対で兎に角手堅い野球をしてくる。
 
ピッチャーは2塁3塁にランナーがいるのがイヤだと知っているから何としても2塁に進めようとしてくる。その時に使うのは確実なバンドばかり。とにかく動かない。
 
出した選手が結果を残せなくても「出したこっちが悪い」と責めることはしない。選手と裏方が実力を発揮できるように環境を整えることを第一に考えて、監督は受け身の体勢でチームを動かしてきた。
 
それを現しているのが野村克也(故人)との退団での一言だ。
 
「俺ね、新聞に監督の名前が先に来るのがイヤなの。野村さんなら野村楽天とか見出しになるでしょ? やるのは選手なのに監督の名前が先にくるのおかしいじゃない」
 
野村は「それでいいんだよ」と気にしなかったが、落合の「監督は結果の責任を取るだけでいい」「理想は監督が寝ていても勝てるチーム」と言った落合らしい言葉である。
 
主役は選手、監督は裏方。だから監督は受け身でいいという。その落合が現場を離れて10年以上経つ。どこかでもう一度ユニフォームを着て采配を振るう姿を見てみたい。受け身の性格である落合が今度はどんなチームを作るのか楽しみである。
 
 
 
 
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2021-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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