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17歳の娘の白い肌にたかる虫から性的成熟を悟った父の瞬間技と聖なる祈り


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記事:ミュウさま(ライティング・ゼミ)

「元気な女の子ですよ、お父さん。おめでとうございます!」

初めて対面するわが娘。助産師さんに案内されて間接照明で薄暗い病室に入ると汗で髪の毛がぬれた頬を高揚させたお母さんのお腹の上にお前はいた。お母さんはお前の小さな背中に手を置いて親指以外の4本の指の腹で手首を支点に優しくトントン叩いている。生まれたばかりのお前が両手をギュっと握り小さな身体をお母さんのお腹にくっつけて安心しきって眠っているのを見ながらお母さんが寝ているベッドの脇の椅子に座った。疲れ切って目を閉じたままのお母さんの濡れた髪と身体をそっと撫で手を握ることで気持ちを伝えた。パリパリに乾いたお母さんの唇がほんの少し動いて白い歯が覗く。これがその時夫婦の交わした会話の全てだ。目はお母さん似だな。鼻は俺似かなぁと眺めているその小さな顔の表情はまるで一人睨めっこをしているかのようにクルクルと変わり、面白すぎて目が離せない。時々すぼめた小さな口から可愛いピンク色の舌を突き出したり口をモグモグさせたりあくびをしながらスースーと寝息を立てている。おそるおそるお前の小さな頬を撫でたその指で瞼や額、ちっちゃな耳たぶや産毛みたいなフワフワの髪にそっと触れてみた。こんなにも柔らかくて暖かいのかととてもビックリしたし嬉しかった。世界一幸せになって欲しい。愛おしくてしかたがない気持ちが溢れてきて止まらなくなり、どうしたらいいのか訳がわからなくなるほど幸せで気持ちが高ぶって涙したあの瞬間、俺はお母さんとお前を何があっても守り抜くのだ!と、心の中で叫ぶように誓っていた。それは今もずっと変わらない……

 

これは父がよく話してくれた私の出産時のストーリーだ。父が母をとても大事に思っていた事、私の誕生を心から喜んでくれたのだという事を父の口から聴くのが嬉しくて、小さい頃から何度も繰り返しせがんで話して貰っていた話である。

 

父親というものは娘には特別の思い入れがあるように思う。

43歳という年齢で第1子を授かった父は私をとても可愛がってくれた。生まれたばかりの百面相写真はそれこそ100枚近くあるし、一緒にいるときはずっとカメラを手にしていたのではないだろうかと思えるくらい成長記録日記のごとく日常の写真が残っている。膝の上に私を乗せてご飯を食べさせてくれたり自然の中で安全に自由に遊ばせてくれたり、ちょっとだけ難しそうな冒険やチャレンジをさせてくれたり。少し大きくなった頃は真上に高く放り投げられて落ちてきたところをキャッチしてもらうという母にはひどく不評な遊びに夢中になったりしたし、小学生に上がったばかりで少ししか泳げなかった時に浮き輪なしで深いプールのど真ん中に放り込まれたこともあった。必死で手すりのある所まで戻る頃には難なく泳げるようになっていて、死ぬ気でやればなんとかなるということを学んだ最初の体験になった。という父親独特のスパルタ且つダイナミックな遊びは活動的だった私のお気に入りだった。

 

思春期に父親を嫌いになることなく関係は良好なまま高校生になった。その頃になると体つきも女らしくなってきていて恐らく異性から性の対象として見られ始めていたのだろうと想像するがその頃から大人の男性にちょっと冷やかされり同世代の男性に好意を寄せられるという体験をし始めた。女子高で男性的な役割を果たしていたその頃私は異性にまるで興味がなく、勉強と部活に明け暮れていて恋愛に関してはまったく無邪気にいつまでも子どものようであり、無頓着で無神経で無用心であった。

 

父に違和感を感じ始めたのはある夏の日の海水浴場での出来事がきっかけだった。

比較的近距離にありながら、穴場とでも言うべき父が若い頃からの秘密のお気に入りだった。そこはゴミひとつ落ちておらず狭いながらも砂浜が真っ白で海に入れば澄み切った薄いエメラルドグリーンが美しく、ほんの数メートルほどで急に深くなって真っ暗になるいわゆる磯の浜だった。

有名な海水浴場が近くにある為か夏休みだというのに人がとても少ないその磯浜に父が私だけを連れて行ってくれたことがある。その日は快晴で太陽燦燦で気温が高く湿度がほどほどにあり、座っているだけで肌がジットリと濡れてくるような絶好の海水浴日和だった。父は砂浜にレジャーシートを敷き、大きなビーチパラソルの傘をひろげてアルミの太い支柱を抱えるように持つと体重を思い切りかけて真っ白でサラサラの砂地に深くねじ込んだ。地形からか時折強い風が吹き付けるその浜ではこれくらいしないとビーチパラソルくらい簡単に吹き飛んでしまうらしいのだ。家から洋服の下に水着をつけてきていた私は車の中で洋服を脱ぎ、パーカーを羽織ってビーチサンダルでパラソルのところへ戻った。私が着替えている間に父は一人で海に入っていて持ってきていたゴムボートに乗ってご機嫌に過ごしていた。父に手を振って戻ってきた事を知らせてくつろいでいた時の事である。海も凪いでいたしほとんど無風だったのに突風が吹いたのである。父の渾身の対策も虚しく、吹っ飛びはしなかったものの地中に深く差し込んだはずのアルミの支柱はその先端が姿を現すほどに見事にすっぽ抜け、大きなその傘は私に覆いかぶさるように倒れてきたのである。私は砂浜とパラソルの傘の間にはまり込んでしまった。自力でそれを立て直そうと支柱を抱えて起こそうとしたのだが、設置の時に父に任せきりだった私は女の自分の力じゃ無理だという事をすぐに察した。そこに絶妙のタイミングで駆けつけてくれたのは同じように磯遊びにきていたサーフパンツ姿の大学生くらいの男性3人組である。傘をヒョイと持ち上げて傘の下にいた私に「大丈夫?」と声をかけてくれた。設置し直すのに適した砂地を探してくれ、また抜けてしまわないようにできるだけ深く差し込むからと二人がかりでポールを抱えて突き刺そうとしていたその時である。ゴムボートに乗ってのんびりプカプカ浮かんでいたはずの父が海から突風のアクシデントを見て慌てて海岸に戻り走って戻ってきたようで、驚くことに迷いなく咄嗟に彼らと私の間に割って入り男性たちを蹴散らしてしまったのである。特に何も会話は無かったように記憶している。けど、今思うとその光景はまるで昔テレビでやっていた動物番組で見た群のメスに手を出そうと自分のテリトリーに進入してきた若いオスザルを大人のオスザルが威嚇して追い払ってしまうシーンを想起させ、その時はただ驚いただけだったのだが、ある日その時の事を思い出した時にサルの顔が父の顔にすげ変わっていたりして、余りにも可笑しくて大笑いしてしまった。

 

若いオスザルが敢え無く退散したように、サーフパンツの大学生3人組は何も言わずに去っていった。そのあと、何事も無かったように楽しく過ごしたし、帰り道でもそんな話はあるのだとなかった。3人組にちょっとした下心があったのか、ただの親切心だったのか今となってはわからない。けれど、この日を境に父の態度が微妙に変わったように感じるのだ。

父にとってその日は、娘がいよいよワルイ虫を惹き寄せるほど成熟した大人の女の入り口に立ちつつあるのだと悟った一日となったようなのだ。勿論、これは父的ワルイ虫でしかなく、娘である私からすると大迷惑にも成りかねない可能性が強く、実際、その後何年かは日々父との戦いであった。

時々父が凄い勢いで3人の大学生を蹴散らしたその理由について考えていた。

若い頃のイケメンぶりを見る限り父はそれなりに遊んできたのではないかと思うのだ。

父には身に覚えがあったのだろう。そして若い男の性について熟知していたからこそ、

そこからあわてて娘を遠ざけようとしたのだ、と。

私はそんな仮説を持っている。

 

真実が確認できないのは父が既にこの世を去っているからである。

父にはあの事件の後、随分と反抗した。

けれど、今蘇るのは父が繰り返し私に語ってくれたあの話だけ。

父がいかに私を愛し幸せを願ってくれていたのか。それだけがこの心を満たしているのだ。

 

いろんな思い出があるが、病床にいた頃の父は自分の身体の辛さは棚に上げて

私が顔を出すと必ず「元気か?」と訊いてきた。

穏やかに、でも寂しそうに微笑みながらしばらくじっと私を見つめてそのままの姿で次第に消えた、そんな夢を見た10日後、父は逝った。

 

きっと、父が望んでいるのは私が幸せになることだけだったのだ。

そしてきっとこれからもずっとあの祈りは私に送られ続けるのだと思う。

だから、父のこの想いを胸に私は感謝しながら生きていこうと思うのだ。

 

≪終わり≫
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2016-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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