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あの夏の名残、三度目の告白


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記事:黒須 遊さま(ライティングゼミ)

——あの時こうしていたら

誰しもそう考えた経験があると思う。しかし、頭の中で思い描く「あの時」が再び訪れることはない。
それでも考えてしまう。
もし、一年半前の自分がほんの少しだけ違う行動をしていたら。
その後の顛末を変えられたかもしれない。いま彼女の隣を歩いていたのは僕だったかもしれない。
過去を変えることが出来ない以上、その問いかけに意味はない。それでも考えずにはいられないのだ。
だって気付いてしまったから。心の奥底に仕舞い込んでいた感情を見つけてしまったから。

出会いは合気道の道場だった。
居並ぶ男臭い門下生の中で、五つ年下の彼女の存在はひときわ異彩を放って見えた。
水曜日の19時から20時半。彼女に会えるその90分が特別な時間になったのはいつの頃からだろう。正確には覚えていない。ただ、次第に90分では物足りなくなっていった。

最初の告白は7年前、大学生の時。
恋愛のれの字も知らなかった僕は、「今のところ彼氏を作るつもりはないんです」という彼女の言葉にあっさりとうなずいて引き下がった。
今になって思う。当時の僕は恋愛ごっこに酔ったただの青二才だった。たまたま仲良くなれた女の子のことを特別だと思い込んでいただけ。
だから立ち直りも早かったし、翌年にはちゃっかりクラスメイトの女子を好きになっていた。

環境が変われば人付き合いも変わる。
出会いと別れを何度か繰り返して、僕は社会人になり彼女は大学に進学した。それでも道場で顔を合わせればよく話をした。はたから見ても仲は良かったと思う。

きっかけは本当にささいなこと。
稽古が終わって道着から着替えた彼女の私服がとても可愛かった。お酒が好きで、食事の好みも僕と似ていることを知った。夢を追いかけて頑張る姿に、僕より先に段位を取って袴を履く姿に、時折見せる不安げな顔に、ただただ惹かれていった。
いつの間にか。その言葉が一番しっくりくる。

そう。二年前、僕には好きな女の子がいた。

二度目の告白は車の中で。一緒に遊びに行った帰りだった。
「私わがままだから。付き合ったらきっと嫌われちゃう」
控え目な彼女の拒絶に、僕は首を横に振った。
「諦めないよ」
僕の言葉に彼女は困った顔で微笑んだ。

合気道の合宿では二日間行動を共にした。一緒にプールに行って、誕生日のお祝いをした。
少しずつ、彼女の心が僕に傾いてきている。自惚れじゃなく、そう感じていた。

「お祭り行きたいな」
誘ったのは僕からだった。
好きな女の子と浴衣で夏祭りに行きたい。学生の頃からの夢は彼女が叶えてくれた。
群青色の生地に大輪の花をあしらった浴衣が年下の彼女をとても大人っぽく見せていたのを覚えている。忙しい時間を縫って簪や巾着まであつらえてくれた、その気持ちが嬉しかった。
「すごく似合ってる。可愛いね」
感情を表現するのが苦手な僕の精一杯の褒め言葉に、彼女は笑顔で応えてくれた。

思い切って手をつないでみようか、葛藤したこと。
大きなリンゴ飴を二人で食べたこと。
夜空に響く花火の振動を彼女の隣で感じていたこと。
まるで昨日のことのように、鮮明に思い出すことが出来る。

夏も終わりに近づいてきた頃、二人で花火をしようと約束を交わした。

……それが最後だった。
約束は、果たされなかった。

「風邪ひいっちゃったから、また今度にして欲しい」

真っ当な彼女の言葉に、あの頃の自分はどうしてあれほど心乱されたのだろう。
ラインの文章が冷たかったから?
ドタキャンされたから?
その後のフォローがなかったから?
どれもバカバカしい理由だ。取るに足らない戯言だ。
彼女に会えなくなった寂しさを理由に、僕はラインを猛烈に送りつけた。恋人らしいことをしているのに恋人になってくれない彼女に対して、溜まっていた不満を吐き出した。
黒い文字列で埋め尽くされたラインのメッセージは、彼女の心をどれだけ傷つけたことだろう。
電話一本。直接話をすればすぐに解けたはずの僕の不安は、こじれにこじれて収拾がつかなくなっていった。

「しばらく会わないほうがいいのかもしれないね」

僕の発したメッセージに彼女はこう答えた。

「そうかもしれませんね」

あっという間に数ヶ月が経った。
毎週のように通っていた道場にもあまり顔を出さなくなり、たまに稽古に出る日は水曜日以外を選ぶようになっていった。
花火の約束をした日から一年が経つ頃には、理由は分からなかったが彼女も道場に顔を出さなくなっていた。

自分を変えたい。そう思い始めたのはこの頃からだ。
家にいる時間を削って勉強に出かけた。
職業技能研修、コミュニケーション勉強会、交流会……昔は見向きもしなかった行事に参加して、世の中の広さを知った。同時に彼女を失ったのは自分の責任だと心の底から自覚した。

僕は結局、自分勝手に気持ちを押し付けていただけだった。
夢があり、学校があり、友達付き合いも趣味も習い事もある彼女が、僕のために時間を作ってくれていたこと。
その意味を、僕は全然理解していなかった。

けれどもう取り返しはつかない。

諦めようと思った。
諦められると思っていた。

あの匂いを、思い出すまでは。

彼女の匂い。僕が好きだった人の、香水かシャンプーの香り。
久しぶりに顔を出した道場でのことだ。

彼女が来てる。

すぐに分かった。顔を見た瞬間、心臓が暴れた。これっぽっちも諦められてなんかいなかった。

およそ一年半ぶりの再会である。
普通に話ができたのが嬉しかった。それと同時に、自分の感情に対してどう向き合えばいいのか分からなかった。

僕は彼女のことがまだ好きなのか?

その答えが出たのはほんの数週間前だ。
道場の開館記念祝賀会でのこと。久しぶりに彼女と飲んでいろいろな話をした。お酒が弱いのにビールが好きで、子供に優しくて、僕の知らない空白期間の苦労を語って涙を流す彼女から目を離すことが出来なかった。

もう一度だけ。
もう一度だけ勇気を出して声をかけてみようか。今さら遅すぎるかもしれないけれど、それでも……

「今度また一緒に飲みに行かない?」

「はい、ぜひっ!!」

暗闇の中に残された一筋の光。
その救いの光は希望の道を照らし出す。「ひょっとしたら」という感情を人の心に抱かせる。ひょっとしたらここからまたやり直せるんじゃないか、新しく関係を築いていけるんじゃないか、と甘い言葉を耳元に囁きかける。

二週間後が約束の日だった。
僕が勝手に設定した、「ひょっとしたら」の日だ。
毎日毎日、彼女のことばかり考えていた。一年半前のあの日々、浮き足立っていた夏の日の感情が、自分でもびっくりするくらい鮮明に思い出された。

最初から暗闇の中にいる人はそれ以上の絶望を味わうことはない。
けれど、一度光が差すことを知ってしまったら外を目指したくなる。そうやって歩き出して、光の先に足を踏み出す一歩手前でその光が偽物だと気付いたら?
待っているのはより深い絶望だ。

「私、最近彼氏さんができたんです」

約束の日の一日前だった。
たまらず電話をかけた。もう同じ過ちは繰り返さない。そう誓っていたから、心とは裏腹に口から出る声は冷静さを保てていたと思う。
自分の気持ちを素直に伝えて、それで何とか心を落ち着けようとした。会えばきっと動揺する。だから、「せっかくだけどまた今度にしましょうか?」という彼女の提案にうなずいたんだ。

眠れぬ夜を過ごした翌朝。つまり今日だ。今これを書いている今日の昼間、もう一度電話をかけた。
午前中、仕事をしながらずっと考えていたことを伝えたかったからだ。

「やっぱりキミに会いたい」

彼女は、受け入れてくれた。

19時から22時まで。
いつもの稽古よりちょっとだけ長い食事会は夢のような時間だった。相変わらず忙しい時間の中、おしゃれをしてきてくれたのが嬉しかった。ワインで乾杯して、イタリア料理に舌鼓を打つ。まるで一年半前にタイムスリップしたかのように話題は自然に溢れてきた。

それでもつい考えてしまう。
彼女には今、好きな人がいる。僕が恋人として彼女の隣を歩ける日は、きっともう、来ない。

この感情をどう処理したらいいのか。今の僕には全く分からない。
ただ一つだけ分かるのは、この気持ちは偽物じゃないということ。

だから。
彼氏がいる女性を好きでい続けられる自分に、ほんの少しだけエールを送ろう。
心の整理をつけるためにこうして文章を綴りながらそう思う。

そうだ。
明日車のトランクを開けて、一年半近く放置していた花火を持って来よう。きっとひどく湿気っているだろうけど、二重に包装されている線香花火ならまだ火が付くかもしれない。

思い返せば僕の恋は線香花火のようだった。
静かに、鮮烈に燃え上がっては儚く消えていく。とても切ないけれど、そんな恋だって悪くはないさ。
己の役目を全うして火花を散らす線香花火はあんなにも綺麗なんだから。

彼女がいなかったら今の自分はいない。
彼女がいたから成長できた。夢を追い続ける真摯な姿勢を僕は彼女から教わったんだ。

いつの日か今日を振り返って、「そんなこともあったね」と笑顔で話せたらいいなと思う。
だから今は、目の前のことに全力で取り組もう。
僕も自分の夢を追いかけよう。

燃え尽きることのない線香花火に火を灯せる、その日まで。

 

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2016-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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