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人生を再生するパートナーになるために


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村真緒(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
また、だ。
音の途切れた部屋には、沈黙が居座る。スッと波が引いた後のように、どこか寂し気な余韻が残る。こんなに静かだっただろうか? 何でもいいから声を出さなければと、気持ちだけが忙しく身体の中を駆け巡る。こんな時に限って、何も思いつかない。ああ、なんて落ち着かないんだろう。これじゃ、息を吸う音さえ響いてしまう。
ほんの少し前までは、あり得ないことだった。冷蔵庫が稼働する高周波のような音だけが、いやに大きく聞こえてきた。
 
実は、今年の春から戸惑いの連続だった。一人娘が、進学のために家を離れたのだ。元々、夫と娘と私の3人暮らしだったから、1人抜けるだけで我が家にとっては大きな変化だった。トライアングルの1辺が外れると、2辺の先のほうは受け手が見つからず手持ち無沙汰になった。今までは、娘が2辺の先をしっかりと繋ぎとめていたのだった。
 
私たち夫婦は、とたんに不安定になった。これまでは娘が生活の中心であって、何事も彼女のスケジュールに合わせようと互いに努力していた。サポートをするのが親の務めと信じ、一人娘ということもあって、2人とも何を置いてもどうにかしようという必死さがあった。
 
私がフルタイムで勤務していた時、残業が入ると急いで夫に連絡した。駅までの娘のお迎えに間に合わないからだ。我が家は田舎ということもあって、駅から自宅までが暗い。駅からは、車以外だと徒歩か自転車しか手段がない。駅から自宅までは、徒歩で20分以上かかる。初めは自転車で駅に向かっていた娘も、塾が終わり夜遅くなるとさすがに怖かったようだ。それでなくても、我が家が過保護であることは否定できないので、普段から送迎はルーティンとなっていた。また、田舎は交通網が不便な分、車を使った方が早いとついつい思ってしまうということもあった。
 
夫も残業という場合も多くて困った。そんなときは、娘にも連絡して大きな駅で待ってもらうように調整する。我が家の最寄り駅は無人駅なので、そこで暗い中待たせるよりは良かった。夫と常に連絡を取り合い、支障が出ないように細かく打ち合わせる。晩御飯はどうしよう。ワンコの散歩は早く帰った方が急いで行くことにしよう。学校への提出物に、保護者の印鑑を押しておいて。回覧板をお隣さんに回すの忘れたから、お願い。ごめん、牛乳と卵買ってきて。生活のこまごまとしたものを共有し、その日その日を何とか終わらせる毎日だった。
 
夫と私は、言うなればマラソンの走者と伴走者だった。どちらかが走者の時は、片方が伴走者となる。毎日をつつがなく回すという目的に向かって、絶えず入れ代わり立ち代わりしながら走っていく。餅つきで、杵で餅をつく人とその合間に餅を返す人のように、タイミングよく役割分担をすることに集中していた。効率よく餅をつくためには、阿吽の呼吸で進むのみだったのだ。
 
そんな共同体の目的が、娘が家を離れたことで希薄になった。一つの目標に向かって突き進んできた私たちは、脱力感に襲われた。娘がいなくなっての寂しさももちろんあるけれど、忙しく慌ただしかった日々が目の前から急に姿を消したことも、それに拍車をかけた。夫婦2人だけだと、とたんに生活に張り合いがなくなった。
 
私が「晩御飯何食べたい?」と夫に尋ねると、「うん、家にあるもので適当に済ませて良くない?」
と返事が返ってくる。
「今までは○○(娘の名前)がいたから、ちゃんとご飯食べさせないといけないと思っていたけれど、そんなにお腹が空いていなければ、ママも無理してご飯作らなくてもいいよ」とまで言う始末だった。確かに娘がいると俄然ご飯を作らなければと張り切るが、2人だけだと、そうまでは思わない。(ごめんなさい)大人だし、お腹が空けば各自何か食べるし。
 
淡々と静かな毎日だ。夫と過ごす平日の夜も休日も、テレビをつけたりしなければ「音」のない生活だ。会話がない訳ではない。昔から私が話を振って、夫がそれに答えるというパターンが定着しているので、話したいときには話しかければいいだけのことだ。
 
けれど、話しかけてみて焦った。娘のことやワンコのことだと話が弾むが、それ以外の話題だと、すぐに会話が終了してしまうのだ。夫と結婚して約20年になるが、これだけ一緒に居れば、何でも相手のことを理解していると思っていた。実際に、夫が考えそうなことは分かるし、一つのことについてこう見ているというのは何となく予想がつく。それは、夫も私に対して同様らしい。
 
しかし、今どんなことに興味を持っているのか、仕事のことで何を悩んでいるのか、そんなことは知らないのだと、ふと気がついた。私が、一方的に話していただけだったのかもしれない。というか、夫のことを知ろうとしていなかったのかもしれないと思った。夫は、自分から自身のことをあまり話さない。だから、私が夫のことを勝手に決めつけていた部分も多かったのではないだろうか。
 
これまでは、日々を円滑に回すためにタッグを組んできた。それは、効率よく合理的に生活するための共同体だった。一つの目的の下、達成するためにはどうするかが重要だったから、そこに各自の嗜好や興味といったものは重要視していなかったのだ。退職後のお父さんが、仕事関係で繋がっていた人から連絡がなくなるというが、ちょっとそれに似ているかもしれない。個人として繋がっていたのではなく、仕事という媒体だけで繋がっていた関係は、仕事がなくなればあっさりと消えてしまうのだ。
 
もちろん、私たち夫婦は人生のパートナーとなるために結婚をしたはずだ。けれど、いつの間にか生活が目的となり、お互いをもっと知るという作業をなおざりにしてしまっていたのではないだろうか。急に、夫との間に薄い膜のようなものができたような気がした。このままでは、何かがやばい。私は将来に対して得体のしれない不安を抱くようになった。
 
ところが、それを打開するきっかけは、ひょんなことからだった。私がハマっていたドラマを夫に勧めてみたのだ。これまで、夫と一緒に見るドラマは限られていた。韓流の歴史ドラマだと一緒に観てくれるが、恋愛ドラマは、観ていると恥ずかしくなるらしく見ない。それならば、マーベルのアベンジャーズシリーズも好きなことだし、韓流のアクションドラマはどうかと思ったのだった。ちょうど私が好きな俳優さんも出ていたし、私が見たかったということもあったけれど。共通のものを見れば、話題だって増えるかもしれないと思った。
 
半ば強引に勧めたので、夫には内心しょうがないなと思われていると考えていた。夫も、初めはお付き合いと言った感じで視聴していた。ところが、1話、2話と進んでいくにつれて、ドラマの展開が面白かったこともあり、夫の方が楽しみにするようになった。「え、これ20話で終わってしまうの? あと3話しかない!」そんな感じで、すっかりドラマのキャラクターの虜となり、面白くも泣けるそのドラマを堪能するまでに至っていた。
 
私は、夫の変化に驚いていた。まさか、夫がハマるとは思っていなかったのだ。初めは、オススメしたことをちょっと後悔したぐらいだったのだ。横で興味のない雰囲気で観られることほど、居心地が悪いものはない。そんな状態が続けば針のむしろだと、密かに思っていたのだ。ところがそんな心配をよそに、夫の反応は私が期待したもの以上だった。
 
娘が夏休みで帰省すると、夫はこのドラマを、娘にもゴリ押しで勧めていた。今度は娘が戸惑う番だった。そんなに言うなら観てみようかな。そんな感じで観始めた娘も、ハマるのに時間はかからなかった。
 
勢いを得た私は、それから夫にいろいろなものを勧めてみた。初めから夫には興味がないものと私が思い込んでいただけで、勧めてみると夫は意外な反応を示した。好きなアーティストの曲やユーチューブのコンテンツを一緒に楽しむようになった。たまたま見つけて面白いと思ったものを、共有するようにした。夫の興味が湧かないだろうと私が思っていたものにも、知らなかっただけで新しい発見や刺激があったようだった。一緒に楽しむことで、どう感じたとか言い合うのも面白くなった。
 
そんなとき、ふと今まで知らなかった夫の一面を見ることがある。意外なことを知っていたり、観たものの感想で、こちらが驚いたりすることもある。私が知っていると思っていたことは、ほんの一部分だったことや決めつけであったことを実感した。考えてみれば、一つのことに関してこんな風に深く意見交換をしたことはあまりなかったような気もする。これまでは、生活の共同体として予定調和的であることを重んじていたけれど、時間も余裕ができた今、ようやく人生を
再生するためのパートナーとしての役割を考えなければならない時期がきたのではないかと思う。
 
よく、「空気のような人」という表現を耳にする。空気のように、居て当たり前の人という意味だ。結婚生活が長くなると、夫婦もお互い空気のような存在だと言われることも多い。空気だから必須であるにもかかわらず、あまりにも当たり前だと思い過ぎて、その実態をよく確かめていないこともあるだろう。
 
こんな風に私が思っていることを、今度夫に話してみようと思っている。今までは忙しさにかまけて、そういうことを疎かにしてきた。もっとお互いのことを話して、面倒がらずにぶつかってみたら、私の感じた得体のしれない不安も解消される気がする。お互いの良いところも悪いところも分かっているだけに今更感があって照れくさいけれど、これから何十年か共に支え合わなければならないことを考えると、一度仕切り直しをしたほうが良い気がするのだ。そうすれば、これまで前だけを見て横並びで歩いていた2人が、ようやく向かい合うことができるのではないかと思う。
 
 
 
 
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2021-09-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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