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幼い息子のシンデレラ・エクスプレス


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「○○が自転車で落ちたみたい!」
「えっ! ?」
夫に言われ、一気に不安に襲われる。
 
5才の息子は自転車に乗っていて、道路から直接下の畑に落ちたという。
70代の義父とそれぞれ自転車に乗って近所をぶらぶらしていたのだ。
しかし、不思議なことに戻ってきた息子は全く泣いてなかった。
普段から慎重派で泣き虫、少し転んだだけでも泣くあの息子が。
 
どういうことなのだろうと義父に話を聞くと、さすがに落ちた瞬間は驚きと恐怖で
「わーん!」と一瞬泣いたようなのだが、義父にかけられた魔法の一言でピタッと泣き止んだらしい。
 
あとでその落ちたという現場に検証に行ったが、道路から1mばかり下に畑が広がっていた。
大人でもあの段差から落ちたら結構怖いと思うが、身長がまだ1mちょっとしかない息子からしたら相当な高さだったろう。
それを見て、おそらく息子はE・Tみたいに飛んだなと思った。
しかし、フカフカの土と柔らかくびっしりと生えた雑草がクッションとなり、かすり傷ひとつで済んだ。
 
義父はそんな息子に「上手く、こけたのう」と言った。
その一言で、泣くどころか息子はむしろ誇らしげに帰宅した。
 
もともと義父のことが大好きな息子。
新幹線を使っても片道4時間ほどかかるため頻繁には帰れない。
赤ちゃんの頃から数えても10回会ったかどうかの義父に息子はぞっこんだ。
 
今回も帰省の1週間以上も前から
「あと何回寝たら出発の日?」
「あー、ぼく楽しみすぎて眠れないなぁ」
「じいじと何して遊ぼうかな」
「じいじにこれプレゼントするわ」
 
頭の中はじいじ、じいじ、じいじ……。
遠距離恋愛で離れて暮らす彼女にでも会いに行くかのような興奮ぶりだった。
なぜそこまで息子の心を義父は鷲掴みにしてくるのか。
 
義父は人の心を掴むのがうまい。しかも、瞬時に。
実は、義父はトップセールスマンだった過去を持つ。
 
同族経営の会社に何の縁もなく入社した義父は、若いうちからめきめきと頭角を現しすぐに営業本部長へと昇格した。そして32才で取締役に就任。同族経営の中で唯一の他人だった。
 
「昔は飲みに誘われれば必ず最後まで付き合ったもんよ」
地方の一企業だったが得意先は全国にあったため、義父は北海道から沖縄まで出張で全国を飛び回っていた。大きい取引になると一回の契約で億の金が動くこともあったという。そういう大きな契約の前には必ず飲み会があり、朝まで飲んでそのままゴルフに出掛けることもあったそうだ。
 
そんな義父がよく言っているのは「10杯のコーヒーより1回の赤ちょうちん」
飲みにケーションが若者に嫌がられ、スマートにオンラインで仕事をするのが主流になりつつあるこの時代に、もしかしたら義父のやり方は古いのかもしれない。
 
しかし、それをわかったうえでも義父の人間力には圧倒的なものがあるのだ。
私も義父の人間力に助けられた一人だ。
結婚のご挨拶に実家に伺った時、ガチガチに固まる私に向かって義父はこう言った。
 
「あんたが来てくれてほんまよかったわ。もう少しで息子にお見合いさせよう思うとったんじゃ」
はち切れそうな笑顔を前に少しは歓迎してもらえたのかな、とやっと胸をなでおろした。
 
息子も子供ながらに義父のその人間力に魅了されているのかもしれない。
 
「おう、○○ちゃんよう来たのう! じいちゃん待っとったで」
待ちきれずに私たちの到着前から庭に出て待ってくれていた義父に、飛びつかんばかりの勢いで息子が駆け寄る。その様子を見ていると昔テレビで流れていたJR東海の「シンデレラ・エクスプレス」のCMを思い出す。やっと会えた二人に思わず「よかったね」と言いたくなる。
 
そこからはまた怒涛のじいじ攻撃が始まった。
「ぼく、じいじと一緒にお風呂入るわ」
「じいじ、一緒にオセロしよう」
「じいじと散歩いってくるわ」
「あれ! じいじどこいった?」
逃げも隠れもしない義父を一瞬たりとも見逃すかといった感じで2泊3日の滞在中、ずっと義父のあとをついて回っていた。
 
ただ優しいだけじゃない。
義父を見ていると息子を一人の人間として尊重していることがよくわかる。
 
普段自宅では「やりたい」と言った手伝いなどが手間や時間のかかることだったり、少々の危険を伴う場合だいたいが大人の都合で却下してしまうことが多い。
 
今回は庭でバーベキューをしたが一から十までやり方や危険な事を息子に教えてくれた。その結果息子は火起こしやテーブルセッティングをして、お肉や野菜を焼いてくれた。そして最後の後片付けまで義父と完璧にやり遂げた。
 
私が少しでも手伝おうものなら
「大丈夫だから! じいじとやるから! お母さんはあっちに行ってて!」と
追い出される始末。二人の間に他の者が入る余地はなさそうなくらいのラブラブぶりである。
 
そこまで息子が義父に心酔しているのがありがたくもあり、またどう声掛けしているのか気になりその夜義父にインタビューを決行したのだった。
 
義父は言った。
「相手が子供でも『響く』と思って接することよ」
「悪いことしたときにでもね、本人が一番わかっとるんやから一言言ったらあとはスッと引くことよね」
 
普段私が出来ていない事ばかりだ。
つい勢いでねじ伏せようとしたり、理解しているのかなと長く小言を言ってしまったり……
 
さすがトップセールスマンの過去を持つだけあって、人との会話の緩急の付け方が絶妙なのだ。
いつもニコニコして、楽しいとガハハと豪快に笑い接しやすいと前から思ってはいたが、今回の帰省で初めて義父の哲学に少しは触れられたような気がした。
 
息子にとってはただただ好きな遠距離恋愛の彼女だが、私にとってはこれからも人生の大先輩として話を伺う事が増えそうだ。
 
さて、帰宅する数時間前。
義父が目を赤くしている。
「じいじ、ぼくが帰るの寂しくて泣いてたんだって」
息子が言う。
そして、応接間のテーブルで一生懸命じいじへのラブレターをしたためる息子の目も涙で濡れていた。そっか、二人は両想いなんだね。
 
いよいよ車で家を出る時、気を取り直して涙を拭いて見送りに出てきてくれた義父。
滞在中のお礼を家族みんな口々に言い合い、家を後にした。
いつまでも手を振ってくれる夫の両親たちを見るといつも以上に胸が切なくなった。
 
また近いうちに帰ります! 心で誓ったのだった。
 
 
 
 
***
 
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