人と会って、話すよろこび
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:蛯原篤史(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ああ、みんな同じように悩んでるんやな」
少し、ほっとした。私だけが、悩んでいるのだとずっと勘違いをしていた。
人と会って話す。
たったそれだけのことで、気持ちがこんなにも軽くなるとは、思ってもいなかった。
みなさんの中にも、在宅勤務や行動制限で、誰かと会う機会が限られていた方もいらっしゃるだろう。私は、人に会えないという状態が、こんなにも精神的に辛いものだとは正直、想像していなかった。なぜなら、一人でいるのが好きなタイプだと自負していたからだ。
今年の4月、8年間暮らしたタイのバンコクから帰国した。同時に、15年勤めてきた会社を辞めて転職した。あれから、半年が経つ。振り返ると、自分を取り巻く環境は、大きく変化していた。15年間、慣れ親しんだ会社を辞め、培ってきた人間関係とおさらばし、帰ってきたのは、久しぶりの大阪。
帰国のタイミングが3月末だったので、当然、借家の空きもなく、しばらくは、ホテルで過ごした。落ち着く間も無く、新しい仕事だけが始まった。
時は、緊急事態宣言発令中、職場の多くの人が、在宅勤務を強いられていた。受け持つチームのスタッフたちと顔合わせを軽く済ませて、私も、在宅勤務が始まった。スタッフとは、顔合わせができたので、オンラインであっても、コミュニケーションはそこそこ上手くいっていた。
問題は、海外とのやりとりだった。海外事業部に配属された私は、現地法人とのコミュニケーションや情報交換が生命線の仕事だ。通常であれば、現地に赴いて、顔合わせをする。しかし、この状況で、それは、叶わない。もちろんオンラインのやりとりになるが、会ったこともない、信頼関係のない人たちと、音声とわずかに顔が見えるオンライン会議で、情報交換ができるはずもない。
顔見知りであれば、オンラインでのやりとりはとても便利だ。気軽にチャットがで話しかければいいし、無料通話だってできる。複数人で、打ち合わせも簡単に設定できる。しかし、顔と名前が一致しない初対面の人とではそうもいかない。 人見知りな私にとっては、さらにハードルが高かった。
最近、気づいたのだが、オンラインだけのコミュニケーションの場合、会議のたびに、人間関係がリセットされてしまう気がする。打ち合わせが始まって、場が温まってきたところで終了。次の打ち合わせの時は、また、ゼロからはじまる。連続して、人間関係が深まっていかない。
加えて、相手からリアクションがなければ、まずいことを言ってしまったのかな、転職してきたばっかりなのに偉そうだと思われてるのかな、などネガティブな妄想に走りがちだ。他の人たちが、現地法人のスタッフ達と楽しそうにやりとりしているのを、画面越しでみては、気を落とす日々。
ああ、ひとりぼっちなのかな。俺。
今までに感じたことのない孤独感が、つきまとって離れなかった。
そんなある日、職場の先輩に呼ばれて食事に行った。先輩も転職組の一人だった。入社して、2年しか経っていないが、職場の人たちからの信頼も篤く、側から見ていると順風満帆そのものだった。
最初は、たわいもない話をしていたのだが、会話のトーンが急に変わった。その先輩は、自分が今、悩んでいることを話し始めたのだった。その悩みは、私のそれぬり、もっと、深刻なものだった。
「えっ、先輩も悩んでたんですか? そんな風に見えなかったです」
私は、びっくりした。同時に、心のどこかで安堵感を感じていた。この際だから、自分の悩みも打ち明けることにしてみた。
「えっ、お前も悩んでたの? わからんかった」
そして、こう言われた。
「信頼を得るまでは、一年くらいかかるもんやで。だから、焦らんでええのよ。今のままで大丈夫」
肩に背負っていたものがすっと軽くなった。狭くなっていた視野がパッとひらけた。先輩の言葉は、暖かくて、心に沁みた。一人で生きてきたなんて、思う上がっていた時期もあったけれど、こうやって人に助けられてきたんだなとしみじみ思う瞬間であった。
緊急事態宣言も明け、これから少しづつ、人と会える機会も増えるだろう。止まっていた時が動き出し、物事が少しづつ動いていく。
人と会って話す。たったそれだけのことで、知らず知らずのうちに、疲れていた私たちの心が、救われることがあるのかもしれない。
***
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