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母娘


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記事::高橋 由美子(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
少し前に母が亡くなりました。病気が見つかってから亡くなるまで半年もないくらいで、まさにあっという間の出来事でした。ちょうどコロナ渦で病院に面会にも行けず、何だかよくわからいまま母は逝ってしまいました。それでも、葬儀が終わり、納骨が終わり、段々と心の整理がついてきました。日々の生活の流れというのは本当に有難いと思います。毎日、食事の支度や掃除、洗濯に追われていると余計な事を考える間もなく時間が過ぎていきます。
母がやっていた花壇の水やりを私がやる事が何の疑いもなく私の日常になっていきました。
 
そんなある日、新聞の集金がありました。もう何年も同じ人が集金に来ています。話好きの人でいつも母とアレやコレやと雑談していました。ところが、ここの所いつも私が対応しています。さすがに変に思ったのでしょう。
「おばあちゃんはお元気ですか?」
と、聞かれました。何の前ぶれもなく突然聞かれて思わず
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
と、答えてしまいました。
 
こんな事もありました。
区役所の人が高齢者のアンケートを取りにきました。
「〇〇さんいますか?」
母の事です。
「母はいません」
そういうあいまいな答えしかできませんでした。
心の整理はもう出来ているはずなのに、どうして「母は亡くなりました」と言えなかったのか自分でもわかりません。
 
戦前生まれの母は、家族が一番で自分の事は後回しという考え方の人でした。例えば、大きな蜜柑が3つで小さな蜜柑が1つあったとしたら、迷わず小さなみかんを自分が取る。日本の良き「お母さん」です。そして、何より冒険を嫌いました。変化が大嫌い。昨日と同じ今日、今日と同じ明日を過ごす事を何より大切にしていました。
例えば、日曜日の習慣として、NHKのど自慢をみて、新婚さんいらっしゃいを見て、アタック25を見る。そんな生活を私が子供の頃から亡くなるまでずっと続けていました。母の生き方全てにおいて、そういう事が貫かれていたように思います。母の価値観ですから、それはそれで構わないのですが、それを私にも押し付けて来るのでずいぶんと反発もしました。私は変化する事こそ大切だと思うのです。しかし、結局いつも母の考えを受け入れてしまう弱い私が存在していました。そこから何とか逃れたくて、もがいたりあがいたり沢山の葛藤がありました。
 
母との強烈な思い出があります。
20代後半の頃、私は英語を熱心に勉強していて留学してみたいと思っていました。多少の貯金もありましたし、留学の斡旋会社に行って話を聞いたりもしていました。その事を母に告げると猛烈に怒って絶対にダメだと大反対しました。平穏無事が何より大事で変化が大嫌いな母にとって、娘を一人で海外にやるというのはとんでもない事で到底受け入れる事ができない事のようでした。何が起こるかわからない。何度もそう言いました。普段、あまり強い感情を表に出さない人だったので私はとても驚きましたが引き下がれません。なおも自分の想いを話しますが、お互いに口調が強くなりる一方です。
「応援しなくても良いけど足を引っ張るのはやめて」
私は大声で怒鳴りました。と、次の瞬間、口ではかなわないと判断したのか、母は小さな目をいっぱいに見開いて私を突き飛ばしました。私は咄嗟の事でそのまま後ろに尻もちをつきました。
「そんなに行きたいなら出て行って」
母は震える声でそう言いました。
母のそんな様子を見るのは初めてでした。母の形相、目の光、今でもはっきり覚えています。私は衝撃を受けました。そして、そんな母の必死さに打たれて留学は取りやめにしてしまいました。
それで良かったのか悪かったのか、今でもモヤモヤとした気持ちが残っています。
 
反発もしましたが、良き相談相手でもありました。特に私に子供が産まれた時はとても
喜んでくれて、何くれとなく手助けをしてくれました。子供が熱を出したり、反抗期に入ったりした時など、母に話すだけでどれだけ安心したかわかません。
私は母のような人生は送りたくない。そう思っていましたが、気がついてみれば自分の家族の中で私が小さい蜜柑を食べています。
 
あなたの人生に一番大きな影響を与えた人物は誰ですか?
と聞かれたら、迷う事なく「母」と答えるでしょう。そして、私は知っています。今後の私も母が生きたように安心安全な道を行くでしょう。
 
どの親子でもそうだと思いますが母に対する気持ちは複雑です。それでもいつかは素直に「ありがとう」だけに昇華していくのだろうと思います。その時には、
「母は亡くなりました」
他の人に素直にそう告げる事ができるようになるのかもしれません。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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