コネ入社が不安なら、とことん人を信頼してみよう
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記事:アキ・ミヤジ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「就職が決まりました」
10年前のこと。
大学院生で、私より10歳年下の後輩が報告に来た。
私は時々、なかなか就職が決まらない彼の相談にのっていた。
無事に就職が決まったこと、そしてわざわざ報告に来てくれたことが私には嬉しかった。
内定をもらったのは、地方の小さな会社。
彼の希望する業界の企業だった。
就職活動で体験した驚きや苦労話など、いろいろと話をしてくれた。
希望がかなったというのに、彼の顔に喜びの色がみられないことが気になった。
話をしたのは15分ほどだった。
帰り際、彼はつぶやくように言った。
「僕、大丈夫でしょうか」
やはり、何か不安があるようだ。
なにやら自信が持てない後ろめたさがあるようだった。
何が不安なのかと聞くと、彼は言いづらそうに答えた。
「親戚のコネなんです」
就職がなかなか決まらず、親に相談したところ、彼が希望する業界の会社に勤めている親戚を紹介してくれたのだそうだ。
自分の力とは関係のない、コネ入社に納得できず、後ろめたい気持ちでいるのだろう。
私はそう思った。
彼の肩をたたき、「気にするな、大丈夫だ」と伝えた。
そんな私の励ましに、説得力はなかったに違いない。
なぜなら、本当は私も、コネ入社に対してネガティブな印象を持っていたからだ。
コネでの就職は、他人が決めた路上の白線の上を歩くようで、自分のやりたいようにさせてもらえない生き方のように見えた。
「そこをわざわざ歩かなくても、他に歩くところはたくさんあるのに」
同じことを、病院で車いす生活をしていた時にも思った。
私がいたのは二階病棟。
廊下の西側は一面ガラス張りで、ひろびろと外の景色が楽しめた。
ガラス板越しに階下の道を行き交う人を眺めることが、私の気晴らしだった。
人通りの多い道ではないが、毎日眺めていると、面白いことに気づく。
五人に一人ぐらいの割合だろうか。
案外多くの人が、路面にひかれた白線の上を歩いている。
広い道なのにわざわざ線の上を歩く人の姿は、とても窮屈に見えた。
正直に言えば、子供じみていて、少し滑稽に感じた。
もし周りに人がいたら、ちょっと恥ずかしくて、堂々とは白線の上を歩けないと思った。
もっと自由で良いのに。
そんな気持ちが、ネガティブなイメージになるのだろう。
この先ずっと、車いす生活が続くかもしれない状況だった私にとって、そのネガティブなイメージはより強かった。
自由にどこでも歩けるのに、という羨ましさがあったからだ。
一か月半ほど車いすで過ごしていた私は、リハビリによって次第に下半身の動きを取り戻していった。
歩けるようになるかもしれない、という希望が見えてきた頃。
トレーニングのひとつで、線の上を歩いてみることになった。
回復してきたとはいえ、腹まわり、いわゆる「体幹」に力が入らずグラグラ。
股関節はうまく動かせず、足の筋肉も落ちてまだ力が入りづらい。
胸から下は、ばらばらの部品が糸でつながっているだけのマリオネットのようだった。
そんな身体では、足を踏みだすと身体は左右にふらつき、倒れそうになり、線の上を真っ直ぐに歩くことはできなかった。
線の上のように決められたところを歩くことなど簡単なことだ。
そう思っていた。
けれども違った。
当たり前にできていたことが、実はこんなにも難しいことだったとは…。
私は笑っていた。
線の上を真っ直ぐに歩けない自分の姿が滑稽だからではない。
真っ直ぐに歩くことの不安をまぎらすためだった。
真っ直ぐに歩ける日は来ないかもしれないと思う怖さをまぎらすためでもあった。
同じような不安や怖さを、10年前に報告に来た後輩も感じていたのではないだろうか。
大学院で学んだのに、就職が決まらず、自分の力に自信がもてなくなっていただろう。
白線の上を歩くような、コネで決まった就職先での仕事を、自分は果たしてちゃんとこなせるのだろうか。
こなせる日は来るのだろうか。
そんな不安と怖さでいっぱいだったに違いない。
自由に歩け、自由に仕事ができていた私は、そんな彼の苦しみがわからなかった。
脊髄の病気で身体の自由を失ってようやく、気づくことができたのだった。
リハビリで初めて線の上を歩こうとしてから、半年がたった。
入院中は毎日、理学療法士、作業療法士の方々による丁寧で熱心な指導を受けて歩くトレーニングを積んだ。
退院してからも、通院でリハビリ指導を受けた。
教わったトレーニングを自宅で続けた。
外出して歩きまくった。
おかげで、後遺症は残るものの、ほぼまっすぐ歩けるようになるまで回復した。
そんなリハビリは、体力的、精神的にはしんどい時間だった。
でも、私を支えてくれた周りの人たちのおかげで、楽しく時間を過ごせた。
周りの人たちを信頼することで、私は勇気づけられ、歩けるようになることをあきらめずにいられた。
コネでの入社。
それは幸運かもしれない。
しかし決して、気楽な選択ではない。
自分の力にみあっているのか、周囲の期待に応えられるのかと、不安や怖さがつきまとう。
実際に歩き始めてみると、うまくできず、失敗もして、不安や怖さは増すかもしれない。
けれども、周りには自分を受け入れ、支えてくれる人は必ずいるものだ。
私のリハビリを支えてくれた理学療法士や作業療法士の方々のように。
ならば、周りの人たちを信じて、たとえ不安で怖くても毎日少しずつ、途中休んでもいいから歩き続けることが大事ではないだろうか。
仕事が思い通りにできるかはわからない。
必ずしも頼れる人ばかりではないかもしれない。
それでも、周りの人たちとの信頼関係を築きながら歩き続けていれば、絶対に楽しく仕事ができるだろうと、いま私は感じている。
***
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