メディアグランプリ

44歳の初体験


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:中原育代(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
私は、決断を迫られていた……。
44歳にして、初めての体験。
恥ずかしいけど……。
でもやっぱり、やってみたいかも……。
 
私の決断を待っていた、スーツ姿の男性に、そっと近づきお願いしてみることにした。
「初めてなんですけど、いいですか?」
「あっ。もちろんいいですよ。時間は90分になりますが、延長もできますんで……。あとの手続きは受付でお願いしますね」
そう言って、男性は笑顔で去って言った。
 
あぁ。言ってしまった。
恥ずかしいけれど、もう後戻りはできない。
そう決意し、受付で鍵を受けとった。
 
その日、私は大型のホームセンターに来ていた。
体育館のようなワンフロアーに、家具やテーブルなど、ブースごとに分かれて展示されているお店に家具の下見をするつもりだった。
色々な家具をみたり、ソファーに腰掛けたりしていると、だんだんとフロアーの広さにも慣れ、一般的な家の感覚が鈍くなってきた頃、私は手頃なサイズのベッドを見つけた。
「これ、小さくて丁度良さそう」
引っ越したばかりで、早くベッドが欲しかったこともあり、早速購入することにした。
購入の方法は簡単で、ベッドの見本についている、写真入りの小さい紙をレジに持っていけば、奥から新品のベッドを持って来てくれる。
昔のように、買いたい商品をガラガラと押して、レジまで運ぶ手間さえ要らなくなったのか……。
そんな時代の進化を感じながらも、今夜から新しいベッドで寝られる幸せなひとときを妄想しながら、購入したベッドが運ばれてくるのを待っていた。
 
遠くから、男性スタッフが業務用のカートに積んだ、新品のベッドが運ばれてくるのが見えた。
「あれ? なんかサイズおかしくない?」
「きっと、ダンボールで巻いてあるからそう見えるだけで、気のせいよね……」
と言い聞かせながらも、私が乗って来た車にベッドが到着した時には、身の丈ならぬ、車の丈知らずの買い物をしたことは明確だった。
 
やばい……。
トランクフルオープンで、赤い布をひらひらさせて運転するしかないのかと考えていると、見兼ねた男性スタッフが、声をかけてきた。
 
「あの……。もしよかったら、軽トラお貸ししましょうか?」
 
「わぉ! 軽トラ!」
と、喜んで飛びつきそうな自分を抑えながら、
「ちょっと、考えさせてもらえますか?」と冷静な装いで返事をした。
 
田舎育ちの私には、軽トラは夢のような乗り物である。
友達や犬と一緒に軽トラの荷台に乗り、振り落とされないように掴まりながら目的地まで行くという、冒険アトラクションをリアルに繰り広げるのが軽トラだった。笹の葉や木の枝に襲われるという困難に勇敢に立ち向かう日もあれば、
寝袋を荷台に積んで寝ながら一晩中星を見たりした。
あの軽トラを私が運転させてもらえるチャンスがくるなんて!
 
すぐにでも乗りたい気持ちを抑え、冷静を装って返事をしたのには訳があった。
私にとって気になる問題が二つあったからだ。
一つ目は、車通りが多い片側3車線の街中を、軽トラで運転しなければならないということ。
二つ目は、10センチのピンヒールにフリフリのワンピースを着て運転しなければならないということだった。
どちらも恥ずかしい……。
憧れの軽トラを運転するという初体験を、こんな格好で迎えるとは……。
 
けれど、ベッドが車に乗らないのであれば、軽トラを運転するしか方法はない。
覚悟を決めて、私は受付に行き、鍵をもらうと、ヒールの音を響かせながら軽トラに向かった。
 
恥ずかしげもなく思いっきり足を広げて軽トラ運転席に座ると、まずは、ハンドルを回して重さを確かめて見たり、クルクルと手動で窓を開けて見たり、運転とは全く関係のない操作を楽しんだ。あぁ……こんなにもトキメキを感じるなんて。オードリーヘップバーンがベスパを運転している時のようにお上品に乗れたらいいのだろうが、軽トラ愛が滲み出ている中年のおばさんでしかないのが残念なところだ。
エンジンをかけると、直角になっている椅子の背もたれから、ドドドドドーっと振動に混じって身体中に音が響いてくる。
 
アクセルを踏むと、ゆっくりと車は動き出した。
 
「わぁ! ゴーカートみたい!」
 
フルオープンにした窓から、ゴーゴーと風が吹き抜けて行く。
爽快な気分で運転していたが、大通りに出ると、ことごとく後ろから追い越されてしまう。ピンヒールでアクセルを踏んでも、制限速度にぎりぎり届くかどうかのスピードしかでていなかったのだ。
軽トラを借りられる時間は延長できるとはいえ、負けず嫌いな私にとって、制限時間があると俄然萌える。
アクセルを踏む足のヒールを脱いで、助手席に放り投げると、一気に踏み込んだ。カーブではインコーナーを攻めつつ、最短のコースを走り抜けた。恥ずかしさはいつのまにやら消え去っていた。
目的地に着いた私の髪は、分け目が左から右になってしまったほど見事にボサボサだったが、タイムレースを終えたような晴れ晴れとした気分で、颯爽と軽トラを降りた。
やっぱり、憧れの軽トラは最高に楽しい乗り物だ!
そんな満足感を味わいつつ、次こそは、鼻歌でも歌いながら、ゆったりと山道を運転してみようと、44歳の軽トラ初体験を終えた私は、そう心に決めたのだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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