おばあさんは、お化粧してはいけないの?
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記事:喜多村敬子(ライティング・ゼミ10月コース)
「ひどいこと言うな」
そう思ったのは、バス停でバス待ちをしていたある昼下がりだった。
バス停には私の他に2人の女性がいた。40代後半と80歳前後ぐらいだった。
当時の私はアラフォー。
話の様子から、御近所さんが久しぶりにバス停でたまたま会ったようだった。
二人とも嬉しそうな表情で話していた。
ところが、不意にその雰囲気がよどんだ。
若い方の女性が軽い調子で笑って、目上の女性に向かって、
こういう言ったのだ。
「どうしたの、口紅なんかつけちゃってさ」
途端に年配の女性の顔から、先ほどの嬉しそうな表情がさっと消えた。
それで、「ひどいこと言うな」と私は思ったのだ。
同性に対して、「あなたはもうおしゃれなんてする年じゃないでしょ」
と言外に面と向かって言う女性がいることに驚いた。
誰でもきれいにしていたい気持ちはある。
特にお出かけの時は、という気持ちを同じ女性として想像しないのだろうか。
そんな気持ちに年齢に関係ない。
居心地悪そうに下を向いた目上の女性に向かって、
「その人とは無理して付き合わなくてもいい」と私は心の中で思った。
人がいくつになっても、幸せでいたいと思うのは自然なことだ。
きれいでいたい、健康でいたい、
心豊かでいたいと色々な望みがあるのは普通の事だ。
人と会う時には、きちんとしていたい、感じよくしたいと思うのも当然だ。
その延長上にお化粧があると思う。
そんな気持ちが花開いたおばあさんたちの話を聞いたことがある。
ある老人ホームでのこと。
元船乗りのハンサムなおじいさんが入所してきた。
世界中を回っただけに話題が豊富で、さらに人当たりが良い。
あっという間にホームで暮らす女性陣の人気者になった。
すると、車いすだったおばあさんが自力で歩くようになり、
いつも横になっていたおばあさんは起き上がった。
皆、小ぎれいに身を整え、化粧もするようになった。
表情が明るくなった。ホームが明るくなった。
ホームのおばあさんたちが一斉に花咲いたのだ。
ところが、このハンサムおじいさんがいなくなると、
一斉に花がしぼむように、みな元に戻ってしまった。
機会さえあれば、恋心で乙女パワーは発動する。
だから、どこのホームでも、
ハンサムなおじいさんが入ってくるのを歓迎するそうだ。
お化粧や身なりに気を付けることを、
虚飾の極みのように言う人もいるけれど、
関心がないのは不自然だと思う。
人から尊敬されたい、認められたい、愛されたいと思うのは自然なことで、
その裏には、自分はそれに値するようになれる可能性を信じる気持ちがあると思う。
心の調子を崩したり、人生を投げ出したりすると、人は自分の身を整えなくなる。
自分にその価値があるとは思えなくなるのだろう。
自分が幸せになる可能性を信じられないのだろう。
それは、最近耳にすることが増えた「セルフネグレクト」につながっているのだろう。
セルフネグレクトでは自分の衛生状態・服装・健康などに構わなくなる。
福祉や医療の観点からは、そういう汚部屋やごみ屋敷に暮らしていたり、
自分自身の健康や身なりに関心がないことは、
単にその人の個性やライフスタイルだとして、看過するべきものではないという。
精神科医の書いた本に、人は希望があると心の病から回復する、一番の薬は希望だとあった。
お化粧や身なりを整えることは、自分に希望を持っていることの証左になるだろう。
逆におしゃれや身なりを整えるのが気持ちを上げてくれるのも、良く経験することだ。
マニキュアをすれば、自分の美しくなった爪を一日何十回も目にする。
その度に気持ちが上がるという女性の話を聞いた時は、なるほどと感心した。
人は幼くても、年をとっても、希望が欲しいし、幸せでいたいのが当たり前だと思う。
だから、その表れであるおしゃれを年甲斐もないからみっともないとか、
まだ小さいから関係ないなどと片付けてはいけないと思う。
若くないからもう諦めるのが普通とか、
本人も周りも決め付けなくていいのでは。
だって、人生は若くなくなってからの方が長いから。
お肌の曲がり角を曲がってからの人生の方がずっと長い。
長寿国の日本では特に長い。
いくつになっても、自分らしく幸せでいたいと思って努力することを厭う必要はない。
感じよくしたいと身づくろいするのは当たり前だ。
それは傍から冷やかして笑う事ではないと思う。
やり方が変ならば、別の方法をアドバイスすればよい。
例えば、口紅の色がちょっと合っていないなら、合う色をアドバイスすればよい。
当人のその気持ちが変なのではない。
幾つになっても、幸せになりたいと思うのは自然なことだから。
あのバス停の日から10数年分私も年を取り、それをますます実感する。
***
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