メディアグランプリ

2022年、抱負も願いもいらない初詣


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:玉置侑里子(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
あなたは「胎内めぐり」を知っているだろうか。
 
明かりひとつない完全な暗闇を、指先の感覚だけを頼りに歩く。
目をしっかりと凝らしてもまったく何も見えない中、くねくねと曲がる道を少しずつ前へ進む。
 
暗闇の回廊の一番奥にある「聖なる何か」に触れ、狭い回廊の出口に出れば、外界のあまりの眩しさに驚く。
たった5分足らずのことなのに、今まで見ていたはずの同じ世界が新鮮に見える。
 
それはまるで、母親の胎内に入り込んで、もう一度この世に生まれ直したかのような不思議な感覚。
 
 
 
 
2021年、12月31日。夜中2時30分。
 
私は、雪の降りしきる真っ暗闇の中にひとり、ぽつんと佇んでいた。
 
両手には、分厚い冬山登山用の手袋。
足元は、ごつい登山靴と、何枚にも重ね着したタイツ。
 
 
「ほんとに、行くんか……」
 
暗闇に向かって一人つぶやいてみるも、答えはどこからも返ってこない。
そこにあるのはただ、冴え冴えとした、闇夜の静寂。
唯一聴こえるのは、吹き荒ぶ雪風が木立をザワザワと揺らす音ばかり。
 
 
目出し帽で完全防備した顔の中で、一箇所だけ露出しているまつ毛に、雪片が次々と降りかかる。それが、口元から漏れるあたたかい息でたちまち水滴に変わっていく。
 
 
 
「うし、行こう」
 
誰からも返事がないと分かりきっていても、自分を鼓舞したくて口に出した。
そうだ、ここまできたらもう行くしかない。
 
そして私は「熊野古道」と彫りつけられた石の道標を越えて、粉雪に白く覆われつつある石畳の上に一歩踏み出した。
 
 
 
 
「アル中」……すなわち、歩き旅中毒。
 
そう自称するほどに歩く旅の魅力に取り憑かれた私は、これまでに、熊野古道はもちろん、旧中山道、長野や岐阜のアルプスのトレッキング、スペインのサンティアゴ巡礼道など、それなりに数多くの場所を歩いて旅してきた。
 
 
 
電車もバスも車も飛行機もあるこの時代に、わざわざ歩き旅をすることは、不便さや過酷さ、時にどうしようもない虚しさと向き合うことの連続でもある。
 
周りから「ドMなん?」「修行僧かよ!」とつっこまれることもしばしば。
自分自身、毎度旅しながら「なにをやっているんだ、私は……」と呟いている。
 
 
それでも、歩き始めて6年目。
 
自らの足でしか踏み入れられない世界に身を置く。そうすることで出会うさまざまな状況を通して自身と向き合う。
それは私にとって、もはやライフワークとも言えるほど大切な時間になっていた。
 
 
 
 
 
だがしかし。
 
今のこの、雪が吹き荒ぶ真っ暗闇にひとりぼっちという状況は、ちょっと経験したことのないものだった。
 
 
人間はおろか、生き物自体の気配すらまったく感じない。
油断していて、もし突然熊が目の前に現れでもしたら?
 
そして、雪の夜が、こんなにも視界が効かないものとは知らなかった。
スマホの電波すら通じない山の中で、唯一の頼りは、紙の地図とおでこの上にくっつけたヘッドライトの灯りだけ。
もし電池が切れ、道を見失って吹雪の中遭難したら?
 
 
一歩足を踏み出すたびに、さまざまな不安が頭に浮かんでくる。
しかし、その不安に気を取られるわけにはいかない。
 
我を失わないようつねに冷静に。
焦りそうになったら深呼吸をして、心を静かに保つ。
それは、どこか瞑想や座禅にも似た時間だった。
 
 
 
 
そして、真夜中の出発からじつに5時間が経った頃、木立の間からついに太陽が昇ってきた。
 
「お日様だ……」
 
張り詰めていた緊張の糸が緩み、思わずため息がこぼれる。
それは今までの人生で見たどんな夜明けの光よりも、眩しくてきれいだった。
 
 
 
毎日、あたりまえにあった太陽の光が、こんなに明るかったなんて。
ただ朝が来るというそれだけのことが、こんなにもありがたく、かけがえのないものに思えるなんて。
 
 
お母さんのお腹からはじめて外の世界に出てきた赤ちゃんも、もしかするとこんな気持ちなのだろうか。
 
峠のてっぺんは、一面の雪が乱反射して、眩しい金色の光に包まれている。
私は寒さも足の疲れも忘れて、ただただひとり幸せを噛み締めていた。
 
 
 
 
 
 
 
2022年、1月1日。朝8時。
 
「あでっ、いっでっ!!!」
 
すさまじい筋肉痛に悶絶しながら、158段もある石段を、超スローペースで登る。
そんな挙動不審な私を、周りのお客さんたちが不思議そうな顔で追い越していく。
 
 
深い山々と雄大な熊野川に抱かれるようにして立つ、熊野本宮大社の境内。
時間にして13時間、距離約30kmの旅を無事に終え、私はついに、この旅の終着点に立っていた。
 
 
やっとの思いで神門をくぐり、本殿の前に立ち、手を合わせる。
身体中がきしんで痛いけれど、満たされた幸せな気持ちでいっぱいだ。
 
抱負も願い事も、不思議と浮かんでこない。
頭の中も心の中も、昨日山の中で見た朝日のように、生まれたての赤ん坊のように真っ白だった。
 
 
 
29年間生きてきて、こんな気持ちで新年を迎えたのははじめてだ。
 
今の私は、生まれたて。
 
 
 
 
※今回の行程は、熟達した経験者の指導のもと、安全に配慮したうえで行っております。ご安心ください。
 
※胎内めぐりは、別名「戒壇めぐり」とも呼ばれ、京都の清水寺をはじめ全国各地のお寺で誰でも体験することができます。ぜひ、ご体感ください。
***
 
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2022-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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