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2016年のAKB48総選挙速報の生中継を見てたら、なんだかちょっと安心した。きっと、この本を読んだせいだと思う。《リーディング・ハイ》


 

私たちは、アイドルに何を欲望しているのだろう。

普段CDなんて買わないのに、総選挙となると、チャンネルを合わせてしまう。
みんな同じくらいの可愛さじゃん、なんて言いながら、彼女たちの順位を気にしている。
知らない名前があると、ふうん誰なんだろうこの子、なにが人気なんだろう、とグーグル検索窓に打ち込む。

私は欲望する。
彼女たちがぴかぴか笑って、汗をかきながら踊って、悔し涙と嬉し涙の両方を流してくれることを。

AKBというハコの中で苦しい思いをする彼女たちを、ふうんって言いながら見る。
チャンネルを合わせる。雑誌をめくる。YOUTUBEで流す。

私はなにが見たくて、彼女たちを見ているのだろう。

 

 

高校生の時だった。
今でも覚えている。
めざましテレビに映ったあっちゃんが泣いていた。
はじめてAKB総選挙の存在を知った。

当時、アイドルにそこまで興味はなかった。
小学生の時にミニモニ。が好きだったくらい。

だけど、この総選挙というシステムに対し、素直にショックを受けた。

「アイドルなんて曖昧なものを売りにする職業で、あんなたくさんの女の子たちを集めて、順位をつけるなんて、どんだけこわいことするんだろう」

しかも、順位が、「票数」で選ばれるなんて。
どっかのオーディションみたいに「大人の眼力」とか「まだ見ぬ才能が」とかならともかく、「自分にお金を使おうと思ってくれる人の多さ」で、順位が決まるなんて。

私は、もう一度めざましテレビにうつる景色をじっと見た。

同じくらいの歳の女の子が、同じ衣装を着て、ずらっと座って、結果を待っている。
たくさんの黒い髪に光る、つやつやとした天使の輪が並ぶ。
一人の名前が呼ばれ、彼女はスポットライトを浴びる。
悲鳴を上げるように、顔を歪ませながら泣く。
立ち上がり、深く深く、頭を下げる。
そして、彼女だけが、ステージに上がってゆく。

きっとその横に、光の当たらない場所でもっと顔を歪ませてる彼女がいる。
誰かが選ばれるということは、誰かが選ばれないということだ。

なんだか、すごくすごく歪んだ光景に見えた。

同じ歳くらいの女の子が死にそうな顔で泣いていること。
アナウンサーが何かコメントを加えていること。
これを皆で楽しんで見てること。朝のニュースに流れること。

なんでこんな、こわいことするんだろう。
高校生の私はそう思った。

 

あれから、何年も経った。
メンバーを少しずつ変えながら、AKB選挙は続いていた。
世代交代とか斜陽とか色んなことを言いながらも、相変わらずニュースは総選挙のことを話題にしていた。
私は今年も、ふうんって言いながら総選挙を見た。

あの時より少しだけ大人になった。
アイドルたちも、少し大人になった子が増えた。

同い年のまゆゆはツインテールをやめ、選挙前の特番では「王道アイドルを演じてたんですよね」と呟いていた。
いつぞやすごい騒ぎを起こした峯岸さんが、フォトブックの宣伝を叫んでいた。
昔スキャンダルを起こした指原ちゃんが、すごい票数を獲得していた。

その様子をテレビ越しに見つめながら、

今年、私は――――どこか、なんとも言えない安堵感が胸に広がるのを感じた。

この安心感、なんだろう。
テレビで目を潤まながら笑うアイドルたちを見て、考える。
ぼんやり自分の安心感の居所を突き止める。

ああそうか、と、
一冊の本を思い浮かべた。

綿矢りさの、『夢を与える』。
―――ああ、こないだこの小説を読んだから、私は今、ほっとしてるんだ。
テレビに映る彼女たちの笑顔を見ながら、私は小説の内容を思い出した。

 

この小説の舞台は芸能界だ。
主人公の夕子は、小さい頃からCMで親しまれ、好感度抜群のタレントとして活躍していた。
中学校にあがるとともに大手事務所に所属し、尋常じゃない仕事量をこなすようになる。

「なんていうか、私じゃなくて“阿部夕子”っていうキャラクターがしゃべってるって思えばいいんだよね」

多忙になるにつれ、夕子は週刊誌やネットで叩かれる自分を知る。
円形脱毛症やずっと続く体調不良が夕子を襲う。
だけどその多忙を止める方法を夕子は知らない。

「沈黙は死ぬのと同じ」

そんな中、
夕子はある売れないダンサーに恋をすることになる。
そして現れる、グロテスクな悲劇。

「女の子の“肉が固くなる”のに、年齢は関係がない、ということも分かった」

物語は、悲惨としか言いようのないラストを迎える。
正直、後味が悪すぎて本を閉じたくなるほどだ。

 

『夢を与える』の文庫本の解説で、犬童一心はこう言う。
“「人と比較され続け、自分の価値、その判断を他人に譲る事を良しとする。」
この契約書にサインしない限り、カメラの向こう側へは行けないのだ。スタートラインに立つことさえできぬのだ。だから、そこに傷つける側の罪はないことになっている。”

選ばれること。
選ばれなきゃ、生きていけないこと。
きっと、それは「選ばれなきゃ死ぬ」ことの裏返しだ。

 

実際、物語の中で「選ばれなくなった」主人公は、小説の中で痩せ細って死んだような目をしていた。

初めてAKBの総選挙を見た時感じたこわさは、この小説が描くこわさと同じものだった。

 

高校生の時に見たAKBの総選挙の映像を思い浮かべる。
私から見ると、今よりずっとずっと、アイドルたちは悲痛な叫びを上げていた。
自分の価値が順位として出ることに、今よりずっとずっと怯え、泣いていたと思う。

そして自分の名前が呼ばれた時に漏らしたあの泣き声。
私には、あれが「選ばれなきゃ死ぬ」と叫んだ声に聞こえたような気がするのだ。

そして同時に、
「選ばれなきゃ死ぬ」と叫ぶくらい追いつめられることを、「選ぶ人」は欲望しているように見えたのだ。
その「AKB」という、小さなハコの中で。

アイドルは、大衆の欲望に応え続ける。
そして代わりに選んでもらい続ける。

キャラクターをかぶりながら、夢をしょいこみながら、笑顔をぴかぴかと輝かせる。
あくまで、「選ぶ人」のハコの中で。

 

小説の中で、恋愛するまで、夕子は母親のハコから決して出ようとしない。事務所の言うことを聞き続ける。
事務所の大人も、夕子の母親もまた、芸能界のルールというハコの中に居続ける。
悪いことは何もしてないように振る舞いながら、夕子をハコから出さないようにする。

 

夕子にとっては、恋愛がそのハコを出るきっかけだった。

恋愛とは、自分の欲望を自覚する行為だ。
ハコの中で欲望されることを第一とするアイドルは、ハコの外で欲望することを許されない。
だってそれをファンは欲望してないからだ。
欲望するとしたら、恋愛したことでずたずたに戒めを受ける姿だろう。

 

小説の最後、痩せ細り、悲惨な状態になった夕子は言う。
「信頼だけは、一度離せば、もう戻ってきません。
でも……そうですね、別の手となら繋げるかもしれませんね」
「人間の水面下から生えている、生まれたての赤ん坊の皮膚のようにやわらかくて赤黒い、欲望にのみ動かされる手となら」

 

 

私たちは、アイドルに何を欲望しているのだろう。

私はなにが見たくて、彼女たちを見ているのだろう。

 

はっきりとは分からない。
ただ、恋愛したら好感度を下げたことの罰を受けて欲しくて、総選挙で自分が選ばれなかったら泣いて欲しくて、選ばれるために全身全霊で頑張ることを、欲望しているのは確かだ。

 

だけど一方で、
同世代の女子として私は、今年の総選挙の様子にほっとしたのだ。

AKBというハコを飛び出して一人で活躍する子が増えたり、
スキャンダルを経験したアイドルがたくさんの票数を獲得したり、
負けても悔しいと言いながら、笑顔でい続ける子がいたりして。

「ハコから私はいつでも出られる」
ことを、理解したうえで、
「選ばれるために頑張ってることで、誰かの欲望に応えることができる」
ことを自覚的にしてる子が、増えた気がするから。

総選挙がちゃんとお祭りになった、ということだろうか。
AKBを盛り上げるシステムとして総選挙があることを、昔より、視聴者もアイドルも理解したように思う。

 

選ばれなくたって、死ぬわけじゃない。
当たり前である。
誰も、仕事や他者の欲望に殺されていいわけがない。
きっとそうは言ってられないほど厳しいのが芸能界なのだろうけれど、それでも、私はそう思うのだ。

 

AKBはしばしば、会社や学校に例えられる。
ハコの中のルールを理解したうえで頑張ることを求められるからだろう。

だけど、ハコの中で精いっぱい頑張ることは大事だけど、それでもそのハコの中が全てなはずはないのだ。
そのハコ以外の世界があることを知った上でハコを意識することと、最初からハコの中だけを見るのは、全然違う。

選ばれるために悲痛に頑張ることと、選ばれるために「敢えて」意識的に頑張ることは、全然違う、と私は思う。
学校だって会社だってグループだって、ハコはハコだ。
そのハコの外が見えているかどうかの差は、大きい。

 

だからきっと、そういうアイドルが増えた気がして、今回の総選挙の様子に安心したのだ。
『夢を与える』を読んでいたから、余計に「誰かの欲望に応えるアイドル」に感じるものが強かったのだ、とも思う。

 

さて、願わくば、私たちに元気をくれるアイドルみんなと、この小説の主人公・夕子が、強く生きられますように。
テレビの中で微笑む彼女たちを見ながら、私は、そう願わずにはいられない。

そして、どこかでハコの中にいる人も、みんな。

◆出典:『夢を与える』(綿矢りさ、河出書房)

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