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それでも優しくしてくれる? わたしの正体が「埼玉」と知っても。



記事:安達美和(ライティング・ゼミ)

出身地を訪ねられた時に、一瞬答えるのをためらうのは、見栄とかそんなのじゃないんだ。

どちらかと言うと、聞かされたあなたのことを考えて、一瞬言葉が詰まるのだ。
あなたの為なんだ。

仕事柄、日本中へ行く。
わたしの営業担当は主に東北だが、他の営業の出張に同行することも多くあるので、それこそ日本中へ行く。
お客さまの多くが旅館のため、風光明媚な土地土地へ行って、女将さんと楽しくおしゃべりをするのだが、必ず会話はわたしの出身地はどこかという話題に及ぶ。

「あら、そういえば安達さんご出身は?」

わたしの出身地がどこかなんてどうだって良い、そんなことより踊らない? などとはぐらかしたい気持ちがふと湧き上がるが、もちろん抑える。なぜって、わたしは社会人。

「ええ、埼玉なんです」

なんでもない風に答える。でも、その声は先ほどの会話の時ほどには澄んでいない。

「まぁ……そうなんですか」

と、多くの女将さんはそれきり口をつぐんでしまう。

ね? だから言ったでしょ? そんなことより踊らない?って。いや、実際は言ってねーけど。話題を元に戻そうとすると、ある女将さんはじっくり考えた末、気を遣ってこう言う。

「東京が近くて良いですよね」

東京が近くて良いですよね、か。
実際に価値があるのは東京で、その側にいられて良いじゃないですか、みたいな。
うん……学年一のイケメンが親友で良いね、みたいな。

でもね、実際のところ、別に東京、近くない。
だって、

「あの、埼玉と言っても、かなり北の方だから、そんなに東京に近いってわけでは……熊谷ってご存知ですか?」

こんな言葉を返しつつ、わたしは相手の反応を予測する。そしてその予測はほぼ的中する。
パッと顔を輝かせて、彼ら彼女らはこう言うのだ。

「ああ! 暑いところですよね!」

そうです、暑いところです。
微笑みつつも、こころの中では二度と笑顔になれないのではと心配になるほど真顔なわたくし。そして胸の内では平謝り。

ごめんなさい、そんな話題しか出ないところに住んでて。
こんなに女将さんに気を遣わせて。

その後はもうお互いに特に言うこともないから、最近お客さんの入りはどうですか? ネット集客と直販の割合って変わってきたりしてます? とちゃんとビジネスの話題に戻る。
でもね、こころにうっすら付いたキズ跡、あたい、後でなぞってみるの。
ゴ・メ・ン・ネ・サ・イ・タ・マ・デ、って。

わたしのお客さまは旅館がほとんどなので、自然と観光地へ出張に行くことが増えるが、そうすると町の人たちの地元の愛で方にビビることがある。

「ここは良いところだよ~、なに、あんた出張? すぐ帰っちゃうの? ンまー、もったいない、ゆっくりできないなんて!」

マジかよ。その感覚、まったくないです。
仮に埼玉に出張でやってきた人に出会ったとしたら、早くおうちへ帰れると良いですねと言いたい。だって、なんにもないんだもの。

いや、ちゃんと見れば埼玉にだって良いところはもちろんたくさんある。川越がある、秩父がある。しかし、それは「川越」と「秩父」なのだ。「埼玉」というくくりとはまた別だと思うのだ。

タモリの戯れで「だって埼玉=ダサい」という言葉が定着してしまってそれ以来、埼玉全体のイメージって、もう、そうなのだ。

「埼玉最強伝説」という漫画をご存知だろうか。ホラー漫画界の女王、犬木加奈子先生による埼玉自虐漫画だ。
冒頭は小学校の地理の授業風景から始まる。日本地図を前に女の先生が生徒に尋ねる。
はい、みなさんこれは?

「鶴の形の群馬県」
「亀の形の東京都」

じゃあこれは?
埼玉県を指してそう先生が聞くわけだ。
そしたら子ども達、無邪気にこうやって答えるわけだ。

「イモです」
「イモの形の埼玉県」

あっはっは、イモかあ。
いや、ちょっと待ってくれ。落ち着いて考えてみてくれよ。

「イモの形」ってなんだよ。

このイモはジャガイモではなくてサツマイモなんだけど、そもそもサツマイモって、けっこう色んな形してんじゃん。大きさも形もまぁまぁバラバラじゃん。焼き芋屋さんで焼き芋買うと、「よし、じゃあこのちっちゃいのオマケしちゃおう!」「わぁ、おじさんありがとー!」とかいって、正規料金を払わずゲットできるちっこいイモもあるわけじゃん。

形もまるかったり、えらく細長かったりするじゃん。だから、何が言いたいかっていうと、そんなあいまいな形に例えられた埼玉県って、ホントぞんざいに扱われてるよねっていうことさ。

さらに有名な埼玉コテンパン漫画「翔んで埼玉」の世界では、埼玉から東京へ行くには通行手形が必要だし、三越には入れてもらえないし、病気になっても「そこらへんの草でも食わせておけ!」と怒鳴られる始末。

惹かれあっていたふたりが、片方の出身が埼玉であることがバレ、別れを余儀なくされる。「あなたが埼玉県民でもいい! あなたについて行きたい!」「……所沢へ?」崩れる決心。

わたしが埼玉県民だと分かっても、変わらずにこやかにお付き合いを続けてくれるお客さまや友人には感謝しかない。

しかし、わたし自身は自分が埼玉出身であり、今も埼玉に住んでいることに特に不満はない。でも、別に誇ってもいない。それはただの事実である。埼玉以外の方に変に気を遣わせてしまうこと以外は、特に困ったことはない。

実際、埼玉をバカにされて激昂する埼玉県民をわたしは見たことがない。大抵の人が温厚で、「まぁ、そう言われても、そうだからなぁ」みたいな淡泊な反応である。

わたしは、埼玉県民のそういうところがとても好きなのだ。

情緒が安定していて素晴らしいじゃないか。イモの形? けっこうだ。蒸かして美味しくいただこうじゃないか。いいところがあんまりない? その代わりわるいところもあんまりないぞ、どうだ、昼寝でもしようじゃないか。

あなたがもし見栄を張って生きることに疲れてしまったら、埼玉へ来ると良い。

埼玉はいいぞ。
こころ穏やかだ。

 

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2016-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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