子どもの信頼は100均で買える
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミNEO)
頼む! 振り返らないでくれ!
恐ろしいほど無言で画面を凝視している幼児の後頭部に念を送りながら、私はニンジンを叩き切っている。おしゃべりな5歳の次男が、母の私に話しかけることもなく、かれこれ15分も無言で画面を凝視しているなど、嫌な予感以外の何者でもない。ゲラゲラと馬鹿みたいに笑って、やかましい方がまだいい。この無言はマズイやつだ。完全にインプットモードに入っている。あの首が振り返ったら終わり。私は親としての愛情と信頼を試されるのである。つい普段にも増して、手元のニンジンは不揃いに切り刻まれてゆく。
「チャンネル登録してねー!」
ピタリと音が止み、一瞬の静寂。
やめて、振り返らないで。そのまま次の動画、行って!
とっくにニンジンは切り終わったが、恐ろしさでまな板から顔が上げられない。頭のてっぺんから必死に追加で念を送ってみるも、彼の影が、ゆっくりとこちらを向くのを感じる。これは、来る。来てしまう……。
「ママ! 僕もアイシングクッキー作りたい!」
うおー! 絶対、いやなんですけど!
全身から湧き上がる拒否反応を、かろうじて残った理性でいったん飲み込む。
おのれYouTuber、余計な動画をアップしおって。どうせやるなら一粒何万円のイチゴを食べてみた、とか、ショップで100万円使ってみた、とか庶民には実現不可能な類のやつにしれくれ。クッキーに、粉砂糖溶かしたクリームでお絵描きとか、うっかり「頑張ったら」できちゃいそうなやつは本当に困るんだ。
「ど、どうやって作るのかな?」
すっとぼけて聞き返すと、キッラキラの目がついた顔から、Siriのように正確なレシピが再生される。だめだ、完全にインプットされている。分量こそ端折られていたが、工程はほぼ間違いなく覚えている。断りたい、できる事なら断りたい。いやしかし、クッキーにお絵描きくらいなら、なんとかできそうではないか。面倒臭い、という理由だけで断るのは親としてどうなのか。
「じゃぁ、今度お休みの日にやろうか」
結局、安請け合いしてしまった。今日はまだ火曜日。大丈夫、まだ時間はある。
週末が迫る木曜日、通勤電車で、ひとり慌ててiPhoneと睨めっこする。クッキーの材料はともかく、アイシングとかいうのをするには、結局、何を揃えればいいんだ。
「粉砂糖に卵白を混ぜる」
面倒臭い上に失敗しそう。却下だ。もっと他の方法はないのか。
専用のアイシングパウダーなるものもあるらしい。週末買い出しに行くスーパーには売ってないだろうな。ちゃんと製菓用品店に行かなくっちゃダメだな。そうすると、土曜日はどのルートで回るのが効率的だろう。あぁ、なんて面倒臭いんだ! 今週はやめとこうかな……。
どんよりした気持ちのまま、駅で車に乗り換えて、子どもたちを迎えにいく。
「ねぇ、ママ。算数のノートがいるんだけど」
小学校へ着くと、車内にランドセルを放り込みながら、長男が申告してきた。忘れないうちに伝えてくれるのはありがたいが、できれば仕事終わりに買い物には行きたくない。
「明日でもいい? まだ少しは残ってるんだよね?」
「ううん。もう今日の授業で足りなかった」
おい、今なんと言った? 今日すでに足りなかっただと?
もっと早く言いなさい!
木曜日の夕方、車内で絶叫する羽目になった。
仕方なくドンキに寄り道だ。もう、夕飯もお惣菜買って帰ろう。
イライラとノートをレジに通し、次男の手をパッと握った時、ふと、ここには100均が入っていたなと思い出した。クッキーの型なら前にも買ったことがある。せっかくだし、ちょっと見に行ってみようか、と息子たちを誘った。
あった、あった。
型はもちろん、クッキー生地の素まであった。あとはバターと混ぜるだけなんて簡単! これで余った薄力粉の使い道に困ることもない! 分量もちょうど1人分程度。それぞれに1袋買えば、くだらない喧嘩の末に、キッチンが粉まみれになることもない! 完璧だ。あとは、明日アイシングの材料さえ買いに行けば……
あるじゃん!
振り返れば「アイシングペン」なるものが何色も並んでいるのだ!
お湯で温めるだけで使えると書いてある。今時の100均すごい。感心すると同時に、アイシングクッキーへのハードルがスーッと下がっていった。
材料さえ揃えばこっちのものだ。翌日は張り切って、初アイシングクッキーを作ることができた。結局、子ども2人は喧嘩もしたし、床は粉まみれになったけれど、十分満足できるクッキーが完成した。しかも、準備はバターと100均グッズだけ。なんだ、アイシングクッキーなんて、簡単にできるじゃん。とても他人には見せられたものではないけれど。
やる前からあれこれ面倒くさがって、子どもに「また今度」って言ってきたことがたくさんあったけれど、簡単にする方法なんていくらでもあったのかもしれない。「ちゃんとしたものを」と思って待たせている間に、子どもの興味の旬はどんどん過ぎていってしまう。せっかくこんなに準備したのに、何、その反応! と、勝手にもやもやしたことが、今までどれほどあっただろう。
とりあえず、すぐにやってみる。
失敗しようとも、どうやらその方が、子どもはいっぱい笑ってくれるらしい。
そして、私の株も上がった。
数日後のお風呂上がりに、子どもが興奮した様子で走ってきた。どうやら、また何か見たようだ。髪の毛がベタベタな私にもお構いなしに話し出す。
「ねぇ! ピンクのぐるぐるのナルトって、結構簡単にできるらしいよ!」
うおー! なにそれ。
めっちゃ、面白そうなんですけど!
ひとまず、100均の偵察から始めるとしましょうか。
***
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