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全力投球はかっこわるいか

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:スズキヤスヒロ(ライティング・ライブ東京会場12月)
 
 
小学校五年生の頃だ。
体育館でソフトボールをつかって、サッカーの真似事をして遊んでいた。
運動神経が鈍い私は、ただ走り回るだけで、ボールにまったく触れることができない。
突然、自分の目の前に、ボールがこぼれてきた。
「やった! ボールに触れる!」
渾身の力でボールを蹴った…… つもりだった。
でも、実際は、力みすぎて、大きく空振りをして尻餅をついた。
友達が、必死な私を哀れむように言った。
「お前は、なんでも必死にやるタイプなのか……?」
 
あれから数十年、あの友人の哀れむような表情と言葉を、いまだに思い出す。
 
小学校から数十年経っても、私は相変わらず、なんでも泥臭く、全力投球しかできない。
 
私の業務の一つはセミナーでの講師だ。
もう二十年以上の経験がある。でも、いまだに若手のように、かなりの時間をかけて準備をし、全力投球で講演をする。
 
先日も、数十時間準備したセミナーの参加者は、3名だった。
でも、全力投球しかできないので、全力で講演した。
聴衆からの質問はゼロ。
アンケートには、セミナーの内容に関係のないコメントが少々。
よくあることだが、何十年やってきても、やっぱり落ち込む。
 
以前、ロサンゼルスで開催された、国際会議で講演した。
自分の発表の前日に現場に行ってびっくりした。
会場は体育館のような大きなホール。スティーブ・ジョブスが新作発表していた時のように、講演者はインカムをつけ、超大型のスクリーンの前で講演している。
かなり時間をかけて準備をしてきたが、実際の現場をみて、ストレスで吐きそうになるぐらいに緊張してきた。
すぐホテルに戻り、一睡もせずに、スライドの調整と発表の練習をした。
 
翌日。案内されて舞台裏に入ると、本番を待つ講演者たちの『気合』で、空気が張り詰めている。
表情や身振りを確認しながら、講演のリハーサルをしている講演者、目を閉じて、動きをタイミングをイメージをしている講演者、柔軟体操をしている講演者もいる。
その『気』に圧倒されて、緊張がマックスになって、吐きそうになった。
「あぁ……、こんな仕事引き受けるんじゃなかった。帰りたい」
 
ほどなく、ワイヤレスマイクとインカムがセットされ、スライドを入れ替えるスイッチが手渡された。
「司会が呼ぶまでこの場所で待機してください。司会があなたの名前を呼んだら、キューを出しますから、舞台中央まで歩いてください」
段取りが、結構ある。トチりそうで、冷や汗が止まらない。
「講演中はスライドの方を見ないで、可能なかぎりずっと聴衆を向いてください」
舞台袖から、前の講演者が見える。
緊張しすぎると、私は眠くなってくる。
そして、妙に落ち着いてくる。
 
ほどなく、司会者が私の紹介し、舞台監督に合図されて、ゆっくりと、舞台に歩き出した。
照明が眩しく、目がくらみそうになる。講演者用のカウンター時計が18分00秒から、カウントダウンしていくのが見えている。
 
私は、ゆっくりと話し出した。
後ろを見ずに、スライドのボタンを押して、スライドを変えながら、話していった。
2, 3分したころ、聴衆が自分の話を聞いていない空気、を感じ出した。
みな、「?」な顔をして、隣のひととコソコソ話しているのがみえる。
 
「これは、なにかおかしい……」
 
話を止めず、振り返ってスライドを見た。
「なんてこった……!」

解像度が違っているためか、全体の6割ぐらいしか投影されていない。
舞台の前のフロア・ディレクターは泣きそうな顔をしながら
「なんとか、先にすすめてくれ」
とサインを出している。
 
私の講演はデータや図を多く使うものだった。
プロのデザイナーに発注し、さらに何度も修正をお願いして、時間をかけてつくりあげてきた、スライドだ。
それが、きちんと投影されていない。
聴衆がみな、ポカン、とした顔になるわけだ。
 
私は、ここで「頭が真っ白な状態」にならなかった。
何週間も練習し、昨夜だって徹夜で発表の練習をしてきた。
確かに、スライドはちゃんと投影されていない。
「こうなったら仕方ない。もう、暗記してきた発表原稿は捨てよう」
そう決心した。
 
プレゼンテーションを開始してまだ3分ぐらい。まだあと15分の発表時間がある。
私は英語は、まったく得意ではないが……
「すべてアドリブで講演しよう」
 
緊急事態だ。直前の注意など無視して、私は6割しか投影されていないスライドを振り返り、『本来ならば投影されているはずのデータ』を、口で補足した。
きちんと投影されていないグラフや図表は、レーザーポインターを動かして、グラフや図表を補足した。
 
残りの時間、必死になって、大汗をかきながら講演した。
講演時間を超過し、カウンター時計が点滅して、超過時間を示している。
 
講演を終え、舞台を降りた。
どうやって、会場からホテルまで戻ったか……、覚えていない。
 
心底がっくりして、ホテルの廊下を歩いていた。
向こうから、誰かが、呟きながら、やってくる。
「ホテルとはいっても、ロサンゼルスだし。麻薬中毒者かな……」
一瞬思ったが、もうヤケになっているので、無視して自分の部屋に向かって歩いた。
その、麻薬中毒者みたいな男が、私のほうにフラフラ歩いてくる。
「最悪だな。今日は」
なんだか、もう頭にきて、
「なんですか?私になにか用ですか?」
その男に、強い言葉をぶつけていた。
 
「お前の発表が、すべてのなかで、最高だった」
男は、つぶやくように、何度も
「お前の発表はすごかった。本当にすごかった。感動した」
男は、握手を求めてきた。
 
そして、力強く。
「すばらしかった。来てよかった。ありがとう」
そういって、去っていった。
 
これからも、なんでも全力投球しよう。
 
その時から、さらに私は、なんでも全力投球するようになった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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