メディアグランプリ

たんぽぽのように生きる彼女は、脂肪肝をいかに言い表したか


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記事:大江 沙知子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「あ、タンポポあったよ。ママ気づいた?」
 
娘は私の手を引き、歩いてきた道を数歩引き返した。たしかに、黄色いタンポポの花が、街路樹の根本で空を見上げている。
 
「本当だねぇ。よく見つけたね」
 
髪をクシャっと撫でて褒めると、3歳の娘は「えへへ」と嬉しそうに笑った。
 
大人がうっかり見落としてしまいがちなものを、子どもはすかさず気づいて教えてくれる。幸せな瞬間だ。
 
 
娘が生まれた時、私はその純粋さに驚いたものだ。
ありのままの感情を表し、心のままに行動し、自らをさらけ出すことを恐れない。
 
『私も昔はこうだったのだろうか。いつの間に、自分を押し殺すことを学んでしまったのだろう――』
 
完璧主義で見栄っ張りな私は、娘が羨ましかった。私も娘のようにありのままに生きたかったし、だからこそ娘にはこの純粋さを失ってほしくないと心から願った。
 
 
しかし、私は程なくして、子どもの頃の純粋さを失わない大人もいる、ということを知った。子どものようにいつまでもワクワクした気持ちで、日常の小さな幸せに目を輝かせる人。
 
私は偶然、そんな人と出会った。
ここでは彼女を、たんぽぽさんと呼ぼう。
 
 
ある日、たんぽぽさんと私はドライブしていた。
どこかに立ち寄りたいと思いつつ、でもそのあてが見つからなくて、フラフラと車を走らせていたその時。
 
「あ、パン屋さんがあるよ。寄ってみようか」
 
運転していた彼女は、来たばかりの道を引き返す。しかし、あいにく駐車場がないので、車を路駐して代わりばんこにパンを買うことにした。私が先に買い物を済ませて、車内で待っていたたんぽぽさんに言う。
 
「かりんとドーナツ、美味しそうだから買ってみた。ひと袋あるから分けっこしよう」
 
彼女は「いいね~。ありがとう」とにこにこしながら、次に店に入っていく。
そして帰ってきたたんぽぽさんは、こう言った。
 
「かりんとドーナツ、やっぱり買っちゃった。美味しそうだったから」
「……え?」
 
私たち2人に、かりんとドーナツ2袋。合計20個だ。目を丸くする私の横で、たんぽぽさんは嬉しそうに袋を開けた。
 
たんぽぽさんは、こういう人なのだ。
 
 
またある時、こんなこともあった。
ランチしていた私たちは、ダイエットの話題に上った。
 
「私ね、産後の体型が戻らないままになっちゃって――」
 
珍しく憂い顔のたんぽぽさんが言う。私は、彼女のふんわりしたところが好きだったから、そんな悩みがあるとは知らなかった。
 
「たんぽぽさんは、そんなに気にしなくていいと思うけどな」
「うん。だけど私、脂肪肝だから」
 
そ、そうなのか。さすがに身体の中までは見えないから反応に困った。そこでこう言ってみる。
 
「うーん。そうだなぁ、せめてちょっと前向きな言い方にしてみると、捉え方も変わるかもよ」
「そっか、そうだよね。えっと……」
 
考え込むたんぽぽさん。さて、彼女は脂肪肝をいかに言い表したのか。
答えは、こうだ。
 
「私、フォアグラだから」
「――! フォアグラ!!!」
 
私は思わず噴き出した。店中に響きわたるくらい、大声で笑った。周囲のお客さんが何事かと振り返るが、構っていられない。止めようにも止められないのだ。こんなに笑ったのはいつ以来だろう。
 
ヒーヒー言ってお腹を抱える私の様子を見て、真面目な顔をしていたたんぽぽさんもじわじわと笑みを広げた。
 
たんぽぽさんは、こういう人なのだ。
 
 
たんぽぽさんは、黄色。
その親しみのこもった笑顔を向けられると、誰もが勇気づけられる。
まるで、まあるい黄色の一輪を見つけて、思わず子どもが笑顔になるように。
 
たんぽぽさんは、春。
彼女の素直な言葉は前向きで、誠実で、相手に希望を与える。
まるで、道端の一輪が、春の訪れを感じさせるように。
 
たんぽぽさんは、強い。
その柔らかな姿からは想像できないほど、実は根性がある。
まるで、人通りの多い道に咲く小さな一輪が、実は深く深く根を下ろしているかのように。
 
たんぽぽさんは、ふわりと飛ぶ。
軽やかに、流れのままに、自然体で人とのつながりを広げていく。
まるで、綿毛が風に乗って、まだ見ぬ場所に旅をしていくように。
 
 
たんぽぽさんは、そうやって感性のままに生きる人なのだ。
そんな彼女が、カリカリしがちな私に大きな影響をもたらしていることは間違いない。
 
彼女と出会って、私は目的地に直行するだけでなく、寄り道することを知った。
彼女と出会って、私は悩みを声に出せば、笑顔に変わることを知った。
彼女と出会って、私は道端の花を娘が見つけて立ち止まった時、イライラする代わりにその一瞬を共に喜ぶことを知った。
 
 
急がなくたっていい。のんびりしていたっていい。
ありのままに生きれば、楽しいことが見つかる。
心に正直になれば、喜びが溢れてくる。
 
たんぽぽさんの生き方を見ていると、人生が豊かになる気がする。
子どものように、ありのままの姿に戻っていいんだよと、自分を抱きしめられる気がする。
 
 
たんぽぽさんの綿毛は、いつの間にか私の中で芽吹いていた。
気づかないうちに、力強い根を下ろし、希望という名の黄色い花を咲かせていた。
 
私が知っているどんな大人よりも素直で、純粋で、まっすぐな彼女。
たんぽぽさんと出会えて本当に良かった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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