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メディアグランプリ

新月の夜と国際列車と呪術師と


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田 光(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
なぜそんな話になったのか分からない。恐らく、エアコンもないけど一応は国際列車のダカール・ニジェール鉄道の硬いシートに一晩座りどおしになるのに、黙ったままだと余計に時間を長く感じそうだったからだ。それにまだ目を閉じるほどには二人とも疲れていない。この話が友人の口を突いて出たのは、そんな西アフリカの乾期の夜だった。
 
「なあ、ブラックマジックって信じるか?」
「はあ? 今なんて?」
「だから、ブラックマジックだよ。呪術だよ。俺、見たことあるんだよ」
「詳しく聞きたい。いつどこでどんなだった?」
「いや、俺が見たというか、正確には俺の友人の話なんだけどさ、人を騙すような男じゃないんだ。それにこの話をしたときのやつは本当に怯えて震えてた。俺に嘘をつく理由もない。だからあれは嘘じゃない。本当にあった話だ」
「なんだ、自分の体験談じゃなかったの」
「間違いなく俺の友達の実話なんだから、俺が体験したも同然だろ?」
 
この時点で限りなく眉唾ものの話だと思ったが、それ以上口は挟まなかった。なにしろ夜は長く、私たちの目指す国境の街は遠い。
 
「あのな、日本人のお前が信じるかどうかは知らないが、俺の国にはいるんだよ。いわゆる呪術師がな。彼らは軽々しく人を呪うなんてことはしないけど、依頼があれば特定の対象に呪いをかけるんだ。まあそれが仕事だからな。数年前の大統領選でも両陣営がそれぞれお抱え呪術師を使って呪い合戦してたんだぞ。そういえば首都の某所で白骨死体が山のように見つかったんだが、あれはそのときの生贄じゃないかともっぱらの……いや何でもない。とにかく、いるんだよ」
「うん」
「それで、俺の友人の話だ。そいつが人を介してある呪術師に会ったんだが、そのときにちょっとした行き違いから激しい口論になったんだ。するとその呪術師が突然ゴニョゴニョッと何か唱えた。そして『お前のあそこはもうないぞ』と不敵な顔で言い放ったんだよ」
「あそこってどこよ」
「あそこって、あそこだよ! 分かるだろ! 男にとって一番大事なあそこだよ!」
 
おおぅ、了解。それを持ち合わせていない私の想像が及ぶかどうかは分からないが、確かに身の毛もよだつホラーだな。
 
「何だよその顔、反応薄いな。お前な、呪いをかけられてお前の胸が消えたらと考えてみろよ。絶望するだろ?」
「確かに。それより『消えた』ってまさか、切り取られたとか……?」
「おい~やめろよそんな話! いや、そうじゃなくて忽然と消えたと言ってたぞ。まるで最初っからそこにそんなものは存在してなかったみたいに、ただ消えたんだと。呪いをかけられたとき、やつはヘラヘラしてたんだ。まさかそんなことあるわけないと高をくくってたんだな。それで『ズボンの中を見てみろ』と言われて覗いたら、なかったんだよ」
「それでその人、どうしたの?」
「そりゃもう平謝りさ。そしたらその呪術師がまた、ムニュムニュッと呪文を唱えたんだ。それでやつがもう一回見てみたら、戻ってたんだよ。あれが」
「へー! じゃあ本当にただ『消えて』たんだ!」
「そう。で、あいつはそのまま引き下がればよかったのに頭にきて、この野郎だの何だのと食ってかかっちゃったんだな。そしたらまただよ。また消された」
「わー……」
「それだけじゃなくて、呪術師がもう一回呪文を唱えるとやつの体が宙に浮かんで、ひっくり返った亀みたいになってそのままくるくる回ったんだ。泣いて謝るまで下ろしてもらえなかったんだぞ」
「容赦ないね」
「だからな、呪術師は本当にいるし呪いもある。だから今後お前が万が一、どこかで呪術師に出会うようなことがあったら、とにかく礼を尽くせ。いや、媚びる必要もないけど失礼なことだけはするな。いいか、分かったな」
「分かった。もしどっかで会ったら粗相のないように気を付けるわ」
 
友人が話し終えるころには車内も静まり返り、あれほど賑やかだった他の乗客たちも一人また一人と眠りに落ちていた。
 
そんなバカなと一笑に付すこともできたのに、最後の忠告はちょっと神妙な面持ちで耳を傾けていた。半信半疑で聞いてはいたが、言い換えると半分は信じているということになる。
 
あの列車の旅のあと国境の街で数日を過ごした私は首都に戻り、帰国の挨拶をしに別の友人を訪ねた。マンゴーの木の下でローチェアーにゆったりと身をまかせ、例の話を一通り聞いた彼はおもむろにタバコの火を消すと、呪術師は確かにいるし、呪いもあると静かに言った。呪術に限らず、見えない力は間違いなく存在するし、理屈や科学で説明できないものも珍しくはない。見えないからといってそれがないとは言えないはずだ。そもそも「見えない」と「ない」はまったく別のものだ、違うか? と。
 
あの夜、車窓の向こうには地平線の彼方までサバンナの大地が広がっていたはずだが、新月の夜に目に映るのは漆黒の空間と、そこに浮かぶ無数の星たちだけだった。それと同じかと問うと友人は、なんだ、分かってるじゃないかとくすりと笑った。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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