メディアグランプリ

破天荒なSさんと、宇宙飛行士と、希望の手綱


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記事:井上 ハルカ(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
昔から小さな工夫ができるに人に惹かれた。
例えば、大学生の頃、アルバイトをしていた回転寿司屋店長のSさん。
令和の今から考えると、なかなか破天荒な人だったと思う。
店長兼板前のSさんは調理場の責任者、事務仕事はほぼ副店長に任せていた。副店長がいない日はレジ管理をするのだが、副店長は後日、決まってブツブツと文句を言う。Sさんが、レジからお金を出して支払いをし、領収書を戻し忘れるからだ。一番印象に残っているのは、20時を超えると、湯呑をアルバイトに無言で渡してくる。酒を入れて来いということだ。それからは、赤い顔をしながら絶好調で寿司を握る。もともと大きい声がさらに大きくなる。そんなわけで、几帳面な副店長とはそりが合わなかった。他の板前さんやスタッフも「困ったひとだな」という風に感じていた。
 
でも、私はSさんが好きだった。
地元を離れ、学生寮暮らしをしていた18歳の世間知らずに、いろんな生活の知恵を見せてくれたのだ。
私が箸を1本1本拭いていると、
「こんなのは手ぬぐい広げてな! 箸バーッと転がしてな、ガラガラガラガラーーーって拭けば、全部拭けんだよ!」
昼番からシフトに入ると、まかないの匂いがするので、
「今日、何作ってるか分かるか? 匂いで分かんだろ!」
と聞かれるも、記憶にはあるが何の匂いか分からない。答えられないと、
「イカだよ! かっぺには分かんねぇだろうな~」
書きだしてみるとハラスメントのようにも見えるが、傷つけてやろうとか、憂さ晴らしをしているのだとは思わなかった。笑顔が人懐っこく、ぶっきらぼうに優しい時もあり、こういう話し方の人、と思っていた。困った人だけど、憎めない。未だに、私はSさん方式で箸を拭いているし、イカの匂いにも敏感だ。
そして、Sさんはなんでも自分で直した。
調理器具のメンテナンスはもちろん、裏方のシャリを握る機械や、底がはがれそうなゴム長、パンクした自転車。いつもの高圧的な態度とは裏腹に、身の回りの細々としたことを自分のルールで片づけていく姿に好感をもっていた。
「私、Sさん好きなんですよね~」
と、一緒に働いていた主婦バイトのNさんに話すと、
「あれでしょ? 工夫できる人だからでしょ」
と、笑って言われたことを覚えている。20年以上前のことだ。
 
Sさんを好きな理由が何だったのか。一本の映画を観て点と点が線でつながった。
 
2016年2月日本公開、リドリー・スコット監督「オデッセイ」。
植物学者の宇宙飛行士 マーク・ワトニーが火星に一人取り残され、地球では死亡したとされ救助も望めない絶望的な状況の中、あらゆる手段を尽くしてサバイブする物語だ。
ある映画評論家の方が、宇宙飛行士というのはちょっとやそっとのことで動じない精神力を持っているのだと言っていたが、火星に一人だ。私ならどうなるか……など想像もできないが、気が狂うと思う。地球代表クラスの知恵と身体能力を持つ人が宇宙飛行士になるのだろうなと思うが、それにしても火星に一人である。
砂嵐に襲われ、ワトニーは死んだものとして仲間は火星を去る。意識を取り戻したのち、負傷したワトニーは基地へ戻り、自身の手で傷口を縫合し処置をする。そして冷静に、次に有人探査機がくるまでの4年間に必要な食料の量を計算する。案の定足りないのだが、植物学者の彼はストックしていたジャガイモを種芋にして異星に畑を作る。(火星で芋を栽培する。なんてエキサイティング!)バックでは、船長が基地に残していった70年代ディスコミュージックが軽快に流れる。踊りながら、歌いながら、ジョークを言いながら、作業をするのだ。ひたすら明日を生きるために。
 
私の好きなシーンのワトニーの台詞。
「問題を1つ解決したら、次の問題に取り組む。そうして解決していけば帰れる」
宇宙飛行士と寿司屋の店長のSさんと、多分ほとんど共通点なんてものはないのだが、息をするように工夫をする姿に、うっすらと通底するものを感じる。
絶え間なく続く生活を、つつがなく過ごすために目の前のことを一つ一つ片づける。
明日も生き延びるための努力を当たり前にする。
信仰や誰かからの救済を頼る前に、まず自分を信じる。望みを自分から手放さない。
そうすれば、可能性がどんなに低くなっても、最後まで希望は消えない。
困難を前にしても、今日を生きるためのユーモアを忘れない。
私がこの映画を大好きになった理由を考えた時、少しだけ、Sさんが重なって見えた。決して真似したくはない部分も多かったが、こんな風に時を隔ててなお、響く部分がある。もしかして、そのギャップを面白く思ったのかもしれない。でも、手品のように独自の工夫を見せられると、私はうわっと嬉しくなるのだ。工夫には生きる意志が宿る。
 
寿司屋は私が辞めた少し後に、閉店してしまった。もう会うこともないだろうけど、私の心にSさんはいまだに現れる。
「ああ~もうダメかも」と思うと、火星に取り残されたワトニーの姿と、箸をガラガラ拭いてみせるSさんを思い浮かべる。
一つずつ、工夫して、時にはそんな状況を笑って、自分を信じて、希望の手綱をギュッと握るのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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