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「峰」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:草間咲穂(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「峰」
 
私にとってこの漢字は、母方の祖父が物心ついた時から、いつ見ても
永遠と吸っていた記憶のあるタバコの銘柄だ。
 
箱の色は全て、金色。
その金色の箱に、一文字だけ、筆で描いたような達筆な字で
 
「峰」と書いてあった。
 
 
先日、湘南天狼院のアルバイトさんから
 
「ミネストローネの開発を豚汁と同じ材料で作りたい」
 
と言われ、「みね」まで打ったところで検索予測に出てきた。
「峰」を見た瞬間、思ったのは祖父のことだった。
 
 
「じいじ」と呼んでいた祖父は、
「峰」の吸いすぎだったのか、肺がんで私が高校1年生の時に亡くなった。
 
 
東京大学を出て、今は名称が変わってしまった旧土木建設省に入省し、
ダムづくりに携わっていた。
官僚キャリア真っ唯中だったが、自由の効かない官僚組織の文化にうんざりして
あっさりと辞めてしまったらしい。
 
 
その後、民間の建設会社に入ったが、現場の社員から
 
「官僚から来た奴に俺たちの何が分かるか!」
 
と大反発にあった。
ただ負けん気が強かった祖父は、
 
「そう思うなら俺に勝ってみろ!」
 
と言って裸になり、河原で取っ組み合いを仕掛け、木刀をブンブン振り回し、
見事に勝ち、以降、現場を従わせた。
 
 
取っ組み合いの成果あってか、
その後、その建設会社の社長、会長になった。
 
 
当時は時代もあってか、毎晩遅くまで飲み歩いては部下を連れてベロベロで家に雪崩こみ、
祖母を困らせては叱られ、を繰り返していたらしい。
でも自由で、豪快で、面倒見がよく、よく慕われていた。
 
 
……らしい。
というのも、そう母から聞いたからだ。
 
 
私が記憶する「じいじ」は、あくまでも優しく、孫を可愛がるおじいちゃんだった。
 
 
いつも、「いいちこ」にかぼすを入れて飲みながら、
「峰」を部屋の中であろうが、永遠に吸い続け、新聞を読んでいた。
 
 
仁丹(じんたん)を舐めていて、一度痛い目にあった記憶がある。
あまりの不味さに泣き喚いた時、
 
「ごめんね、じいじが悪かったね、
こんな不味いものを持っていたじいじが悪かったね。」
 
 
と言って頭を撫でてくれた。
 
 
そんな姿からは、豪快さは多少感じられても、
やっぱり私にとっては優しいおじいちゃんだった。
 
 
 
 
ある日、小学校の帰りの通学路、バスに乗っていた。
 
 
目白駅から練馬駅方面に向かう通学路、
いつもは友達と一緒なのに、その日はなぜか一人だった。
 
 
途中の駅でバスが止まった。
しばらく経っても、なかなか走り始めない。
 
 
前を見ると、男性の老人がなんだか運転手さんとやりとりしながら、
てこずっているようだった。
 
その時、
 
「ドキッ」
 
っとした。
しっかりと視覚で認識した、ということではなかったように思う。
ただ「ドキッ」とした。
 
 
てこずっていたのは「じいじ」だった。
 
小学生ながらに見てはいけないものを見た気がした。
 
 
明らかに手こずっている。
じいじはバスの降り方が分からなかったのだ。
ボケているのではない。本当に分からなかったのだ。
 
 
大学を卒業し、官僚となり、会社の役員となり、
社長、会長という素晴らしいキャリアを歩んできた祖父は、
これまでの約70年近い生活で、
「自分でバスに乗って降りる」、といった経験をしたことがなかった。
 
 
”停車駅手前でボタンを押し、お金を払い、降りる”
 
 
他のあらゆる経験をしていても、
私にとって毎日あたり前のようにしている経験をしたことがない。
 
 
もしかして、乗るときは祖母が送り出したのかもしれないし、
これぐらい自分でやれるようになりなさい、とあえてバスに乗らされたのかもしれない。
どこの駅で降りるかはわかっていた。でも降り方が本当に分からなかったのだ。
 
 
それはとても私にとって衝撃的な出来ごとだった。
見てはいけないものを見た様な気がして、泣きそうになった。
 
でも黙っているわけにはいかず、思わず近くに行って声をかけた。
 
「じいじ、大丈夫?」
 
その後の記憶はあまり覚えていない。
次の記憶は、バスを降りて打ちっぱなし会場に向かうじいじの後ろ姿を
バスの中から見届けていた景色だ。
後ろを振り向かず、少し恥ずかしそうに見えた。
 
見届けながら、帰りは大丈夫だろうか、ととても心配になった事も覚えている。
 
 
その時、強烈に感じたのは、漠然と、
「大人になったって、経験していないことがある」ということだった。
 
 
それまで、大人とはなんでも知っている、と思っていた。
でもそうではなかった。
沢山の経験をしても、経験仕切れないことがある。
 
それはショックだったが、大きな気づきだった。
 
 
 
今私が働く天狼院書店で働く生活の中では、日々沢山のお客さまとお話しさせていただく。
先日、ある方がこうおっしゃった。
 
 
「天狼院書店に関わるようになって、
これまでの人生で一度も経験したことがなかったことの連続なんだ。
 
おそらくこのまま会社人生を歩んでいただけだったら、
絶対に経験しなかったであろう事に毎日びっくりしていて、
でもそのびっくりがとても楽しい。
 
だから気がついたら、デッサンを受けて、ライティングをやって、
今度は写真までやっちゃうよ!」
 
 
そう話す姿はとても楽しそうだった。
実際にその方は沢山の講座を受講されながら、生き生きと、その気づきをお話してくださる。
 
今になって得た新しい経験を本当に輝かしいものとして語ってくださる姿は、
聞きながら、私もとても嬉しかった。
 
「大人になっても、経験していないことはある」
私の幼い頃の気づきは、少し寂しい記憶だったが、
今になってはそれはむしろ輝かしいものと思える。
 
まだまだ知らないことがある、経験していないことはある。
だから楽しい!
私もそう思い続けられるようにしたい。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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