人気者の彼のことを、私はどうしても好きになれなかった
「ああ、また東京出張だよ。それも2カ月。この前マンション借りたばっかりなのに」
男の話を聞いて、女性社員が次々に共感の言葉を並べる。
「わあ、それ大変!」「家賃もったいない! かわいそう」「でもすごいじゃん。それだけ期待されてるってことだよ」
「まあね。大変だけど、仕方ないよ。頑張るわ」
そう話す男の表情は、苦労しているといったものとは程遠い、自信に満ちあふれたものだった。
入社2年目の山崎くんは広告企画部で働く、社内の中でもエース的存在の男性だ。新卒で入社したころから同期社員を取りまとめるリーダーに抜擢されるような人物で、九州男子らしい男気溢れるルックスとサッカーが大好きという爽やかな趣味もあいまって女性のみならず男性社員にも好かれていた。
けど、私はなぜか彼の事を好きになれなかった。
いいやつだとは思う。はっきりモノが言えるところはリーダーにぴったりだと思うし、何より華がある。
けど、会話をするたびににじみ出てくる、彼の自信に満ちあふれた、「俺ってすごいだろう」という思いが私の心を窮屈にさせ、他の女の子たちのように手放しで「山崎くん好き!」と思わせてくれなかったのだ。
ある日、彼が新卒社員を全員呼び出して、人事担当者からの伝達事項を共有した。
「人事から、『今年の新卒社員は社会人としての基礎がなっていない』とお叱りの言葉をいただきました。自分はリーダーとして、みんなの評価が低く見られていることを申し訳なく思っている」
「自分はリーダーとして、どうあるべきかを考えました」
「自分はリーダーとして、みんなのお手本となるよう、率先してこの取り決めを守ります」
「自分はリーダーとして」、彼の口癖だ。責任感が強いからこそ出てくるのかもしれないけど、「自分はリーダー」「リーダーとその他大勢」と、自分は違うステージからみんなの事を見ているんだと言っているように聞こえる。
そんな風に彼を見ている私だったが、周りは全く逆で、同期のみんなは山崎くんの言葉に感動し、共感していた。
「おまえがそういうなら、俺も頑張るよ! みんな一緒だ」
「山崎くん、そこまでみんなのためにがんばってくれるなんて……」
涙ぐむ女の子まで出るような熱い展開に、私だけその場にポツンと取り残された気持ちになった。なんだろう、何でみんな彼の事が好きなんだろう。私から見たら、上から目線で、「俺はリーダー」とドヤ顔でふるまっているようにしか見えないのに。
これ以降も、彼の発言は続く。
「ああ、俺今月の同期会参加できない。月末までにこのエリアの売り上げ〇千万円まで持ってこないといけないから施策考えないといけないんだ」
「この前、上場企業の〇〇社と打ち合わせだったわ。来月は△△社の〇〇さん。また接待で帰り遅くなりそうだ」
「先月俺が出した企画について、高野さんがいるカスタマーサポート部ではお客様からどんな声もらってる? それ反映させて次の企画考えるから」
お客様からのご意見やクレーム対応をするカスタマーサポート部には、毎月彼が考える企画を受けたお客様の声が多く集まってくる。
「初回無料って言ったのに、何で無料になってないのよ!」
「この前も同じような企画を見たわよ。期間限定とか言っているけどウソじゃないの?」
「他の会社のほうがもっと安く売ってた。返品するから代金返して」
お客様からの声を受けて、受けて、受けまくって、さらなるクレームにならないように言葉に気を遣って返事をする。お客様が激怒し訴えたりでもしたら、会社にとって大ダメージだ。うまく対応できて当たり前、一度の失敗も許されない状況の中、お客様のお気持ちが落ち着くのをひたすら願って対応をする。
こっちがどれだけフォローしているのかなんて深く考えないで、適当な企画を考えやがって。いくら失敗を許す社風だからと言ってもこんなにクレームが来ていたらこちらもやりきれない。私だったら、いや、私のほうがもっとお客様に喜んでもらえるいい企画をだせるのに!
そう、私は広告企画部に入りたかったのだ。
自社製品の広告を社内で作っていることを知って以来、私は広告企画部に入ること、そしてそこで売り上げに貢献できるようなバリバリのキャリアウーマンになることを目標にしていたのだ。
なのに現実は、「攻める側」の広告企画部とは真逆の「守る側」のカスタマーサポート部配属。好奇心旺盛で動くことが好きでスピードはあるけどケアレスミスをしがちな自分にとって、できて当たり前、失敗したら大惨事の今の部署で働くことは苦痛で仕方がなかった。
(私は、毎日安全運転を心掛けるパイロットじゃなくて、パイロットが運転する飛行機に乗って世界中の相手と戦う日本代表選手になりたかったのに!)
結局、私が彼に対して抱く感情は「嫉妬」でしかなかった。
私が広告企画部に憧れをもつあまり、現実とのギャップに耐えられず、自分が欲しいと願ているものを手にしている山崎くんを素直に受け止められなかった。彼を好きになれない理由は彼自身にはなく、自分のものの見方にあったのだ。
今の自分にはないものに強い感情を持つから、それを持つ他人を気にしだす。他の同期達は広告企画部に入ることに重きを置いていないから、素直に今の山崎くんを受け入れられていたのだと思う。
悔しい。なりたい自分になれていない今の自分を好きになれない。ここからどう頑張ればやりたい仕事がやれるのか分からない。どう進めばよいのかもわからず、先が見えず、暗闇の海の中にいるような状況で、このまま自分は理想の自分にはなれずおぼれて死んでしまうだけなのだろうか。
いや、それでももがくしかない。先が見えなくても、足がつかなくても、周りの人たちがどんどん先に行っているように感じても、私が今いる場所の中でやれることを考え、必死に足をばたつかせ、泳ぎ続けるしかないのだ。
私の部署だって、この会社にとっては必要な存在なのだ。無くなったりでもしたら、一瞬でお客様のクレームであふれかえって会社が成り立たなくなってしまうだろう。
「私だって、会社に貢献しているんだ。いや、お客様の声を一番に聞いている分、誰よりもいいサービスを考えられるはずだ」
いつかきっと目の前が開けるようなそんな日を夢見て、私はあきらめずにもがきつづけようと思う。
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