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モーツァルトがヘドハンしたら大人好みのジャズになる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田 光(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「モーツァルトの曲はね、銀のお盆の上で、真珠をコロコロと転がすような音で弾くのよ」
 
これは今から三十年以上も前、モーツァルトのソナタを弾き始めた私に、当時のピアノの先生が言った言葉だ。
 
そのころ私はガチ目にピアノを習っていた。今思い出しても恥ずかしいが、ピアノで食べていきたいと思って音大受験を考えていたのだ。
 
だが現実は甘くなかった。
曲の難易度が上がるにつれ、簡単には弾きこなせなくなる。
何度も同じところで間違えると弾くのが嫌になる。
基礎練習もぶっちゃけつまらないし、部活や友人と過ごす時間も大事だ。
すると練習時間が減ってもっと上達が遅くなる。
するとますますやる気が削がれる。
絵にかいたような悪循環。
 
要するに「音大に行きたい」なんて口ばかりで、必要な行動すべてが欠けていた。
惰性でレッスンを続けていた私は「やめます」というタイミングを計りかねていただけだった。
 
最初は音を出しているだけで楽しかったのだ。
確か五~六歳のときだ。
私は覚えていないが、母に「一生のお願いです。ピアノを習わせてください」と頼み込んだらしい。
母は「ピアノ教室の音を聴いて素敵と思ったんじゃ?」と言っていたが、自分では何がきっかけだったか思い出せない。
でも最初に教室を訪ねたときに「お願いします」と先生に挨拶したことだけは覚えている。
 
それからは、毎日必ず鍵盤を触った。というより、触らずにはいられなくなった。
 
昨日は全然弾けなかった曲が今日は少し弾けるようになった。それだけで嬉しかった。
 
ドレミファソラシドを知ったら、頭のなかでただ流れているだけでアウトプットできなかったメロディーが、鍵盤をたたくことで本物の音になった。すごいと思った。
 
左手で伴奏がつけられるようになったら、右手が奏でる明るいメロディーがより明るく、悲しいメロディーがより悲しげになった。
右手のメロディーの気持ちが、左手には分かるのだと思った。
 
こうして私はピアノのとりこになった。
 
最初に買ってもらったのは、鍵盤の数が88鍵よりも少ない電気オルガンだった。
だから週一回のレッスンがとても待ち遠しかった。先生のところで本物のピアノを弾けたからだ。
 
そんな私を見た両親は、ピアノを買ってやろうと言った。小学一年生のときだ。
音楽室のグランドピアノがピアノの先生のアップライトよりもいい音がするのを知っていた私は、グランドピアノでなければ嫌だと駄々をこねた。
そこで困ったのは両親だ。
大して裕福でもないのにそんな高価なものを?
だがある日学校から帰ると、六畳間に白いグランドピアノがあった。
私は飛び上がって喜んだ。
 
後から聞いた話だが、あのピアノはどこかのクラブで使われていたのを知り合いのつてで安く譲り受けたもので、引き取った当初はタバコのヤニで相当すすけていたため、父と母が汗水たらして拭き取ったのだそうだ。
 
それから数年後、バカみたいに鍵盤が重かったこのピアノは別の白いグランドピアノに買い替えられた。
 
中学入学前に、音大受験用のレッスンをしてくれるピアノ教室に移った。
だがそのころから私のピアノ熱はだんだんと冷めていった。
理由は上述したとおりだが、結局のところ、それらのハードルを飛び越えてもなお弾きたいという熱意も努力も覚悟もなにもかも足りなかったのだ。
だけどせっかく続けてきたのにと思うとやめる決心もつかなかった。
そんな矢先、先生からあの言葉を聞いた。
 
「銀のお盆の上を転がる真珠のような音」
 
先生の奏でるモーツァルトには、確かに真珠のきらめきがあった。
音の輪郭一つ一つがクリアで、音に色と形があるならまさに白銀と真珠の玉だと思った。
私もこんな風に演奏したい。
弾きたい気持ちにもう一回火が付いた瞬間だった。
 
それから一年後、高校一年生のときに二つのピアノコンクールの予選に出ることになった。先生の教室に通う生徒はみんな参加するようにと言われたからだ。
そしてほかの生徒さんはどちらか一つ、または両方の予選を通過して本選に進んだが、私は二つとも予選落ちした。
 
先生は多分悪気もなかったと思うが「うちの教室で二つとも本選に出られなかったのはあなただけよ」と言った。
それからもしばらくはレッスンを受けていたが、ある日の高校の休憩時間に、ふと「もういいわ」と思った。
そのまま学校の公衆電話に直行し、先生に電話をかけて「やめます」と伝えた。
 
ピアノを始めたきっかけも思い出せないが、あの日魔が差したように「やめよう」と思った理由も覚えていない。
「もういい」と思った。ただそれだけだった。
受話器を下ろすと肩の荷も下りた気がした。好きで始めたピアノだったのに。
 
だが私は一年ほど前からピアノを再開した。
数十年のブランクを経てのことだから、案の定、指はまったく動かないし腕はだるいし、楽譜も読めなくなっている。
なんだこの劣化は!
 
それなのにめちゃくちゃ楽しい。
 
昨日弾けなかったフレーズが今日できるようになった。
やるじゃん!
耳で聴いても何が何だか分からない難解なコードが自分でも弾けた。
素晴らしい!
最後まで通しで弾けた。
エクセレント!!!
 
もう一度弾きたくなったのは、今の私が出したい音を奏でるジャズピアニストを知ったからだ。
その人は、銀のお盆の上で真珠の玉がヘドハンしているような、美しさと激しさが矛盾なく同居する音を出す。初めて聴いたとき、先生の言葉がよみがえった。
 
いつかこの曲が弾けるようになる?
分からない。なればいいけど。
いつか同じ音が出せるようになる?
知るもんか。なりたいけど。
 
「いつか」を思いながら「今」を楽しむことに矛盾はない。まるでピアノを始めたころに戻ったみたいだ。
 
だから私は、今日も弾く。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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