達筆な父の餃子の皮包みと豚の貯金箱
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記事:飯髙裕子(ライティング・ゼミ2月コース)
私の父は、大酒飲みの部類に入る。私たちが子供の頃は、外で一緒に飲んでいた部下たちをよく家に連れてきてまた飲み会を繰り広げていた。
そんな父が私はあまり好きではなかった。
結婚する人は、お酒をあまり飲まない人にすると心に誓ったくらいだ。
けれど、秘かに尊敬していたのは父が独学で身につけたという字のうまさと家で作る餃子の皮包みの美しさであった。
お習字の先生になれるくらいの達筆は今でもとてもまねできないし、子供たちは達筆すぎて読めないというほどだ。
餃子の皮包みに関しては、感動的だった。
中に入れた具がはみ出すこともなく少なくもなく、そしてふちを飾るひだの間隔は、物差しで測ったかのように均一で、それが焼きあがったときの香ばしさとジューシーさは想像しただけでも食欲を倍増させた。
私たちが家にいたころはそんな手作り餃子がよく食卓に上がったものだった。
定年になる前は長野の小さな別荘に家族で時々訪れていたのだが、定年を過ぎると、父は別荘に移り住み、畑を借りて野菜を作ったり、シニアの仕事をしたりして独り暮らしを満喫していた。私たちも、休みの時に出かけては都会の疲れを取るべく自然を楽しんだ。
父が80歳を超えたころだったろうか。
久しぶりに餃子を作るというので、みんなで具を包んでいた。
今まで、父が包む餃子は完ぺきなものだったのにその時の父は何か違っていた。
今までのような包み方ではなくなっていた。そして、途中で「疲れちゃったよ」と包むのをやめてしまったのである。
私はそのことがひどくショックで悲しかった。父がひどく歳を取ってしまったようでやり切れない気持ちだった。
歳を取ることがさみしいことのように思えたのだった。
確かに80歳と言えばずいぶん高齢である。けれど私は父はいつまでも元気で昔とあまり変わらないと心の奥で思っていたのかもしれない。
しかし、自分も年を重ね、今までできたことができなくなる事実を目の当たりにして初めてあの時の父の気持ちがわかったのである。一番ショックだったのは父だったはずだ。
でも、父を見ているとそれは悲しいことでも寂しいことでもないという気がした。
歳を取るのはいっぱいお金のたまった豚の貯金箱みたいなものなんだと思った。
お金がたくさんたまってこれ以上入らなくなった貯金箱はパンと割って中からお金を取り出す。中のお金は、いろんなことに使うことができる。
歳を取ることは、体は今までのように動かなくなっても、中には経験が山ほど詰まっていて誰かの役に立つことがたくさんあるのだ。
できなくなったときは、がっかりしても、経験がそれを助けてくれる。そして周りにいるそれをできる誰かに頼めばいいだけのことなんだと。
人は誰しも歳を取る。どこを境目にするのかわからないけれど、だんだん幼いころに戻っていくのかもしれない。けれどそれは幼いころと同じではなく、たくさんの経験と知識が詰まった子供という感じなのだろう。
それを父はさらりとこなしながら歳を重ねていっているように見える。
というのも、シニアの仕事が体の不調でできなくなった後、高齢者大学という市や県で開催している講座に申し込み、毎年違う講座を受けてそこに来る人たちとの交流を楽しんでいるからだ。
俳句や、習字パソコンにお料理。いろんなことに挑戦しパソコンに至っては、その教える先生の手伝いまでしているというから驚きだ。
そこで一緒に学ぶ人たちから情報を得たり、おすそ分けをいただいたり、まさに自分の経験を他の人の得意なものと物々交換しているような感じだ。
一人で離れたところに暮らしていることは、心配な面もたくさんあるけれどこんな風に生き生きと暮らしていることのほうが大切なのかもしれないと思う。
いつかそれができなくなっても、きっと父はその時その時で自分のできることを見つけて楽しく暮らしていくのだろうと思う。
できるだけそれが長く続けばいいなと私は思っている。
先日父から久しぶりにハガキが届いた。最近はメールばかりだったが、達筆は少しも衰えていない。しっかりとした筆跡でぶれも感じさせない見事さにホッとする。
おそらく私の子供たちはこう言うのだ。
「じいちゃんの字達筆すぎて読めないよ。なんて書いてあるのか読んでくれない?」
私はそれがとても嬉しくて、得意そうに読んで聞かせるのだ。
今年の夏は、きっと会いに行こうと心に誓った。
***
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