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「自分らしさ」を探す暇があるのなら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大村隆(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「自分らしく生きたいんです。でも、何が『本当の自分』なのか分からなくて」
 
先日、20代の男性と話していて、こんな質問を受けた。彼は新卒で入った会社で働きはじめて3年目。ほとんどの業務をひとりでこなせるようになったという。だが、「毎日がつまらない」と嘆いていた。
 
「このままでいいのかなって思うんです。収入は安定しているし、友だちが勤めている会社みたいにパワハラしてくる先輩とかもいません。プライベートもあんまり不満はないですね。まあまあ楽しんでるってとこです。けど、全体的になんか面白くないんですよね。なんか、自分をゆっくりと殺しているような気がするときがあって。もっと自分らしい生き方があるように思えるんです」
 
書店に併設されたカフェで彼の話を聴きながら、私は少し懐かしさを覚えた。「自分らしさ」か……。そういえばかつて、私も同じものを求めてさまよった時期があったな、と。そして、どう答えていいものか少し迷った。私なりの意見をストレートに伝えていいものだろうか、それをいまの彼は理解できるのだろうか、と。
 
「自分らしさなんて、どこにもない。そんなものを探し続けるのは時間の無駄だよ」
 
真面目に答えるなら、こうなる。だけど、もちろん彼には理解できないはずだ。「何にもわかってないな、このおっさん」と思って、冷めた笑みを浮かべながら心を閉ざすだけだろう。なぜなら、彼が求めているのは、「自分はこういう個性のある人」「こんな価値のある人」という何らかの安易な解答なのだから。
 
「本当の自分」なんて存在しない。すべては関係性のなかで一時的に立ち現われ、変化しながら消えていくにすぎない。仮にそれらしいものが掴めるとするなら、長い時間が過ぎて振り返ったときだろう。―そんな抽象的な話をする代わりに、以前、自然農法をしている農家の人から聴いた話を思い出して、彼に紹介した。
 
「土のなかには無数の微生物がいて、ネットワークをつくっています。植物同士も土壌菌などのネットワークで繋がり、情報を伝達しあっているんです」
 
その農家の男性は手のひらに救い上げた土を見ながら、こう続けた。
 
「微生物たちは、常に環境のバランスを保とうとしています。その土地にあった、最善の状態を目指して働いているんです。自然の叡智そのもの。人間が近視眼的な欲で薬とかを加えると、バランスを破壊するだけなんですよ」
 
さらに、数年前に仕事で伺った古い醤油蔵の職人さんの言葉も付け加えた。
 
「この蔵には、何種類もの微生物が何億と棲み着いています。それらは醤油をつくる工程のなかで、自分のタイミングがきたら醤油樽のなかに自然にはいって、分解しながら増殖し、役目を終えれば消えて次の微生物にバトンタッチしていく。その繰り返しで、美味しい醤油ができていく。人間にできるのは、彼らの働きを邪魔しないことなんです」
 
連携しながら、自分にできることを、できるときに、ただ無心にやり切っていく。それが結果として土や醤油という「世界」を、バランス良く醸していくことに繋がっていく。
 
人間もまったく同じなんじゃないか。大切なのは「自分」を個別化、差別化することではない。繋がることだ。仮に「自分らしさ」を感じられる場面があるとするなら、それは自分の内面ではなく、他者との繋がりのなかにおいてだろう。つまり、「本当の自分」など探す暇があったら、いま周りにいる人たちとより意識的に繋がるほうが、ずっと価値がある。―そう、私は話した。
 
話しながら、「やらかしたな」と感じた。なに説教くさいことを語ってるんだ、俺は。おやじの絡み酒じゃあるまいし。……ただ、そうと分かっていても止められなかった。なぜなら「本当の自分」を探して時間を無駄にし、「つまらない」と呟いて関係性を断ち切り、繋がる機会を潰し続けてきたのは、かつての私にほかならないからだ。そんな苦く、空しい時間を、目の前の彼に繰り返してほしくない。そう思うと、つい柄でもないことを語ってしまったのだ。
 
彼はやはり「なに分かったふうなこと言ってるんだろう、このおっさんは?」という目でこちらを見ていた。当り前だ。おそらく私だって20代のころに、ずっと年上の相手からその人の旅の果ての話を聴いたところで、間違いなく何も理解できなかっただろう。「自分には関係ない退屈な話」としか感じられなかったはずだ。
 
私のウダウダ話が終わったのを見計らって、彼は話し始めた。
 
「これ、さっきここで買ったんです。知ってます?」
 
そう言うと、彼は数冊の本をテーブルに置いた。「●●の習慣」といった古典や、「●●すれば人生が変わる」「20代のうちにしておきたい●●」「人生、●●が9割」といった、どこかで見かけたことのあるタイトルが並んでいた。自分が読んだものもいくつかあるように思えたが、「知らない。読んだことない」と答えた。
 
「早く読みたいんですよね。なんか、こういう本ってワクワクするんです。自分が生まれ変わるような気がして」。そう言うと、彼は本をリュックにしまって、席を立った。
 
私はただ、うなずいた。彼には、彼自身の旅が待っている。彼なりの道を辿り、彼でしか体験できない世界を生き、彼だけがたどり着けるゴールへと向かおうとしている。もし10年、または20年たって、再び話す機会があったなら、聴いてみたい。どんな旅を続けてきたのか。流れ、繋がり、変化しながら、何を生みだしたのか。
 
それは自己啓発系の本に書いてあるような人生訓ではなく、彼自身の体験から醸し出される、彼でなければ語り得ない物語になっているはずだ。
 
 
 
 
***
 
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