あの夏のページ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:黒﨑良英(ライティング・ゼミNEO)
幼少期の体は大人になったときのそれとは大きく尺度が違うのだから、当然幼心に感じた感覚も、成長したときとは比べものになるわけがない。
先日何十年ぶりかに訪れた母校の小学校で、あんなに勇気を振り絞って飛び降りた段差が、今はひとまたぎだったことに、軽くショックを受けた。
子どもの時は、相対的に全てのものが大きく見えるものだ。
だから、ちょっとした距離でも遙か遠くに感じるし、そのちょっとした距離を歩くのでもかなりの大冒険である。
あの夏、私が友人に担がれて歩いた山道は、確かに大冒険の足跡だった。
我が故郷山梨県は、冗談抜きに山に囲まれた土地である。360度、どこを見渡しても山が見える。
小学校の裏からしばらく行くと、すぐに山道に入るし、山の斜面には名産の桃や蒲萄の果樹園が広がり、その間にもかなりの数の民家が建っていた。
小学校低学年だっただろうか。夏休みのある日、私は、その斜面にある友人宅に、遊びにいくことになった。
どういういきさつでそういうことになったかは分からない。だが、正直、私には思わしいことではなかった。
何せ本当に山の上に建っている家なのだ。距離もあるし、舗装されているとはいえ、山道である。
幼い頃からインドア派であった私には、何ともハードルの高い小旅行になること間違いなかった。
とはいえ、そこで断る勇気もなかったのだろう。日付を指定され、一旦学校に集まり、その友人の家に行くことになった。
当日、小さなリュックの中には水筒と少しの自分用のお菓子、そして相手の家へお土産としてもっていく、大きめのお菓子が入っていた。帽子とタオルを身につけ、いざ、学校に向かう。
学校ではすでに2人(これから向かう家の子ともう一人の友人)が待っていた。
2人とも身軽だ。
それから私は、彼らに導かれるように、山道へ入っていった。
そこで見る景色は、引きこもり気味な私には新鮮だった。
お寺の横の大きな木、畑の脇の道祖神、知らない家の見たことのない犬。記憶にあるのはこれくらいだが、当時の私は、次々と現れる未知の光景に、驚きながらも目を楽しませていたと思う。
内容は忘れたが、友人とのおしゃべりも楽しかった。
だが、体は正直だ。
本格的な傾斜の道に入ると、さすがに足が重くなった。
上げようとしても上がらない。
ついに私は歩みを止めてしまった。
友人2人は、もちろん平気な顔をしている。
そもそも毎日徒歩でこの道を学校へ通っているのだ。そのため、総じて山側に住んでいる子どもたちは健脚で、体育も得意だった。
だが、私はそうはいかない。
生来の虚弱体質、というか小学校入学前はほとんど入院していたので、外で遊ぶという慣習すらないと言っていい。
しかもかなりハードな坂道。
今まで歩んだことはなく、とうとうへたり込んでしまった。
私は考えた。
もう、ここで引き返してもいいのではないか。
彼らも、私が運動を得意としないことを知っているし、持ってきたお菓子を渡せば、ここで解放してくれるのではないか、と。
だが、次の瞬間、それは許されなくなった。
友人2人が、私の体を両脇から担ぎあげたのだ。
慌てる暇も無く、彼らは私を肩に担ぎ、一息に急な斜面を駆け上がった。
上った先は、平坦な畑道になっており、私たちはそこに倒れるように到着した。
さすがの2人も、息を切らせている。そりゃそうだ。当時の私は、今より肥満体質だったし、その私を担いで駆け上がったのである。
まったく、田舎の子どものやることは分からない。
分からないが、気恥ずかしくも、やはり嬉しかった。
私たちは、上ってきた道を、眼下を見下ろす。
そこには、真夏の盆地の景色が広がっていた。
太陽が容赦なく照りつけ、緑が痛いほど輝き、蝉や鳥がこれでもかと鳴いている。
言葉を失った。
いつも過ごしている町並みが小さく見え、地域全体が、手の中にあるように見えた。
これほど高い場所から景色を見たのは、これが初めてだった。
初めてで、忘れようのなく、かけがえのない、幼き日の夏。
私は確かに、あの夏にいた。
その後のことは覚えていない。
無事友人宅に着き、ゲームでもして帰ったのだろう。
先日、その道(とおぼしき山道)を、車で通った。
視線の高さこそ違うが、山から見下ろす盆地の景色は、時を経ても壮観であった。
だが、景色のすばらしさは同じでも、感動はやはり異なる。
それは初めてによる感動の差か、それとも友と見た景色だからか。
あの夏は、小さな子どもにとっては旅であり、同時に大冒険でもあったはずだ。
小さな足を高く上げ、小さな瞳を大きく開け、私は、夏の冒険をしたのだった。
だが大人になると、冒険とは縁遠くなる。
旅行自体も、そう簡単に行けるものではない。
だからこそ、この夏、私は旅に出たいと思っている。
かつて味わったあの夏を探して、あるいは、今でしか味わえない夏を探しに。
この記事が載っている天狼院書店でも、書店にもかかわらず旅を提供している。旅は最高の「本」だからだそうだ。
そうだ。
今年、あの日の夏のページを再びめくりに行こう。今まで読んだことのない、未知のページをめくりに行こう。
あの日の、2人の友人の背中を追いかけるように。
***
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