メディアグランプリ

本当に恐ろしいのは生きながら孤独を感じることなのかも


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田 光(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
人間関係、特に恋人同士や夫婦、親子といった濃い関係性において、「自分が相手にしてあげたいこと」と「相手が欲していること」は食い違っていることも多いが、「してあげている」方は基本的には(独善的ではあっても)「善意」がベースだからそのことに気づきにくい。
そして「してもらっている方」も、相手が良かれと思ってやっているのは承知しているので、なかなか拒否もしづらい。
親子のような力関係に歴然とした差がある場合ならなおさらだ。
 
アガサ・クリスティは稀代の推理小説家だが、ミステリー小説に興味のない私は作品を読んだことがなかった。
『春にして君を離れ』を手に取ったのは、ネットのどこかで「クリスティの著作の中では珍しく推理小説ではない作品だが、誰も死なないのにある意味ミステリーよりリアルに怖い」といった書評を読んで興味が湧いたからだ。
 
主人公はイギリスの片田舎に住み、やり手弁護士のロドニーを夫にもつ専業主婦のジョーン。
夫とのあいだにもうけた一男二女はみな成人し、子育ても終えた。
あるとき嫁ぎ先で発病した次女を看病するため単身バグダッドまで出向くことになり、数週間にわたり娘夫婦の家庭を取り仕切った。
お母さんが来てくれて助かった、ゆっくりしていって欲しいと乞われるも、夫が一人で待っているからと娘夫婦の誘いを断って帰宅の途に就いたジョーンだったが、交通が寸断され地方の駅で足止めをくらってしまう。
ここからこの話が始まる。
 
ジョーンはしかたなく鉄道宿泊所で数日をつぶすことになるのだが、田舎すぎて娯楽もなく、とにかく散歩くらいしかやることがない。
でもこうした、望んでもいないのに無理やり押し付けられてしまった、何もしない、何かしたくても生産的なことなど何一つできない時間というのは、実はすごいギフトかもしれない。
何しろそれまで自分のことを完璧な妻であり母親だと自認していたジョーンが、「私もしかして間違ってた?」と自分のやってきたことに疑問を抱くようになるのだから。
 
そして連日の内観でジョーンは気づいてしまった。
自分は今まで自分の価値感を一方的に家族に押し付けてきただけだったということに。
ジョーンの回想に読者目線をあてると、「結婚相手は弁護士になりたくない、農場を経営したいと言っているのだからそうさせてやれ」とか「自分の価値観で人の幸不幸を決めるな。この人の幸せのかたちはこうなのだ」とか「娘の友達は娘に選ばせろ。親が口出しするな」とか、言いたいことは山ほど出てくる。
こんな妻や母親だったら夫や子どもも大変だったろうと同情を禁じ得ない。
だがジョーンはもしかしたら、そんな自分の理不尽さに心の奥では気づいていながら、どうしようもなかったのではないかとも思うのだ。
だって、過去の随所でモヤモヤを抱えていなければ、それが記憶としてよみがえることはないだろう?
最終的にジョーンは自宅に帰るが、そのときに夫の顔を見る直前まで、「ロドニー、赦して――知らなかったのよ!」と謝るのと、自分が得た気づきをなかったことにするのと決めかねていた。
悩んだ挙句、夫にかけた言葉は「ただいま、ロドニー、やっと帰ってきましたのよ」。
もしかしたら夫や子どもに謝罪すれば新しい生き方を選択できたかもしれないのに、ジョーンはこの間に知った過ちも気づきもすべて蓋をして、変わらないことを選んだわけだ。
ああそうか、すべてをなかったことにするのか……と落胆を覚えた。
 
ところで私がこの本を読んだのは数年前で、そのとき私はこのシーンで物語が終わったと勘違いしていた。
さっき改めてページをめくったところ、このあとに「エピローグ」の章があることに気づいて驚いている。
最終章は夫のロドニー目線で書かれていることで、ロドニーや子どもたちがジョーンをどのように見ていたかがはっきりと描写されている。
 
この章を読んで、ジョーンとロドニーに対するそれまでの見方ががらりと変わった。
ジョーンのすべてを諦めたような体裁をとっていたロドニーにも、現状に対する責任はあるじゃないか。
「あなたのここは直した方がいい」と妻に指摘もできないような夫婦関係だが、自分はこれを続けざるを得ないのだと己を憐れみつつ、その妻が家族全員から疎まれていることを本人に悟らせないようにするなんて、私にとっては偽善的な行為だ。
バカにするなと思う。
 
だがロドニーが最後に心の中でジョーンにかけた言葉は、果たして本当にジョーンだけに向けたものだったのだろうか。
私には、ロドニーがジョーンに抱く罪悪感を少しでも薄めるために、自分自身にも言い聞かせた言葉に思えてならない。
あるいは、どうあってもジョーンの夫で居続けることで、彼女に対する責任を果たす、というロドニーのせめてもの想いの表れでもあったのだろうか。
いずれにしても残酷な言葉だ。
「君はひとりぼっちだ」
それでもそれに気づかずにすむようにだなんて。
 
 
 
 
***

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2022-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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