珍しい小さな来訪者
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駅のホームに設置されているベンチに腰をかけて、パンを食べていた。いつもなら電車の中で食べるのだが、ちょっと前までどんより曇っていたところに晴れ間がみえたので気持ちが良くなり、外で食べたくなった。今は会社の帰りで、そのベンチで夕飯前のおやつを食べているところだ。独り身なので、夕飯も自分で用意しなければならない。仕事が終わったところに、何の補給もなしに夕飯の準備をするのは厳しい。しかも、今の仕事は立ち仕事なので、肉体的疲労は結構なものだ。残業をした時にはさすがに外食に頼るが、そうでない時は自炊を心がけている。おやつは、そのための前準備だ。
初めはうちは、頭の疲れを取りたいと思いチョコレートなどの甘いものを食べていたが、空腹は満たされない事から、いつの間にか菓子パンになった。さらに、あまり値段が変わらない事を理由に、現在は調理パンを食べている。こんな事をしているから、健康診断でメタボ予備軍に格上げされてしまった。だが、今となっては、このひと時こそがささやかな楽しみになっているので、止められるわけがない。
そんな幸せの時間を、いつもと違うところで過ごしていると、やはりいつもと違う事が起こるのは世の常だろうか。ベンチに座って食べ始めたが、テーブルがあるわけでもないので、若干前屈みになっていた。これで、上を見ながら食べていたら、変質者呼ばわりされる事を覚悟しなければならない。二口三口食べたところで、目の前をチョロチョロと動く物体が通った。過ぎたかと思うとまた戻ってくる。それを二、三回繰り返したところで止まった。小さな来訪者だ。だがその来訪者は、見慣れているにも関わらず、距離にして1メートルくらいだろうか、こんなに近くで見るのは初めてだった。恐らく、向こうも同じではなかっただろうか。お互いに目が合う。しかも、ほとんど微動だにしない。僕の常識では、もっと周りをキョロキョロ見渡したり、常に動き続けているものだと思っていた。だが、この相手にその常識はなかった。
その小さな来訪者とは、スズメだった。基本的にスズメは、人には近づかない生き物だと思っていた。童話が関係しているとは思えないが、「舌切り雀」があるように、スズメからは恨まれているのかな、と思うほど近づいてこない。一方、同じように見慣れた野鳥としてハトがいるが、こちらは逆にフレンドリーなくらい寄ってくる。マメをまいた日には、周りがハトだらけになる事だろう。さらに強者になると、捕まえられるというから驚く。
そんなハト並みに近づいてきたスズメだが、なぜこちらを見ていると断言出来たかというと、見上げていたからだ。飼い犬がお座りしながら、ご主人さまに対して見上げているのと同じだった。そして、その目線の先には僕の顔、ではなくパンがあった。食べている真っ最中だったので、パンはちょうど顔の辺りにあった。どうも、それがお目当のようだった。余りにも微動だにせずこちらを見ているので、何だか食べているのが悪い気がしてきた。集団の中で、自分だけが食べていると何だか気まずいのと同じ感覚だ。しょうがないな、と思いつつ、パンをちぎってスズメの近くに投げた。投げたのは、こちらから近づくと逃げると思ったからだ。スズメは待ってましたと言わんばかりに、すぐさまパンの切れ端に直行した。パンが少々大きかった事からどうするか考えあぐねている感じだったが、クチバシでくわえると、そのまま何処かへ飛んでいってしまった。
その光景を見ていて、思い出した事があった。実家に帰った時の事だ。母から夜限定の珍しい来訪者があると聞いた。その来訪者とは、コウモリだ。どうも、外灯の光に吸い寄せられるようにやってきた虫を食べていたようなのだが、人の近くにコウモリがやって来るというのはあまり聞いた事がない。コウモリはご存知の通り、天井などにブラ下がる形で止まっているが、観察していると、ずっとこちらを見ている。スズメやカラス、ハトと違ってほとんど首を振らずに同じところを見続けている。当然目があうので、会話にならない会話をしている気分になる。食事をしているところは見た事がないが、きっとここは格好の狩場だったのだろう。翌年には二羽が並んでぶら下がっていたそうなので、嫁さんなのか旦那なのかわからないが、相方を連れて来たと、無邪気に母が話していた。
だが、よく考えてみると、それはすごい事なのかもしれない。基本的に野生の動物は、自分より大きな生物には恐怖を感じるのではないだろうか。ハトは人馴れしているだうが、スズメやコウモリが人馴れしているとは到底思えない。そう考えると、人に近づくという行為は、本当に必死なのではないだろうか。
コウモリについては、はぐれたか、もしくは集団の中に居られなくなって、決死の思いで民家の玄関に流れ着いたのかもしれない。
スズメにしても、他のスズメと比べると何となく痩せていたように見えた事から、病気になってしまい、まともにエサを取ることが出来なくなったのかもしれない。
脳があるといっても、ほぼ本能で生きているだろうから、恐怖を感じたら即刻逃げるだろう。だが、そこに留まりチャンスを掴もうとするのは、まさに生きるためなのだろう。生きようとする意思は、恐怖さえも超えていくのかもしれない。そんなスズメに敬意を表しながら、パンを食べ終えた。すると、先ほどのスズメが再び戻ってきた。今度ばかりは間が悪い。
「もうないよ」
通じるはずもない言葉を発しながら、ベンチを立った。もしかしたら、ただ食い意地がはっていただけなのかもしれない。
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