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サルスベリの花と、東京タワー


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記事:おはな(ライティング・ゼミ)

あ! と思わず声が出そうになる。
自然と胸が高鳴る。
なぜだろう。
田舎者だからだろうか。
それとも、昭和の人間だからだろうか。
ふと見上げた先に、東京タワーがあった。
ただそれだけで、頬が緩み、気分は高揚する。
ついさっきまで、大都会の混雑した電車にうんざりしていたのに。

「東京タワーだ!」
何度見ても、心の中でそう叫ぶ。

小さな男の子が、
犬を見るたびに「ワンワン!」と指をさして叫ぶように、
「東京タワーだ!」と、誰かに伝えたくなる。

「いやいや、どう考えたって、スカイツリーの圧勝ですよ」と、
平成生まれの後輩は鼻で笑う。

そうかな。そうなのかな。
たしかに、雲の上まで突き刺さるスカイツリーも、スタイリッシュでカッコいい。
青や紫にライトアップされた姿を見かけると、思わずカメラを向けてしまう。
たしかにそれはそうなんだ。スカイツリーにも、惹かれる美しさはある。
「TOKYO」の期待を一手に背負って輝いている。

だけど、あの東京タワーの赤と白の鉄の塔には、心を揺さぶられる何かがある。
恋に落ちる。
きっと、それと一緒だと思う。
理由なんてない。ただ、東京タワーが見える。もうすぐ側にいる。
そう思うだけで、ドキドキしてしまう。

とは言っても、別に東京タワーと一緒に育ってきたわけではない。
まだ30代に差し掛かったばかり。
東京タワーが出来た頃の感動は映画『3丁目の夕日』で初めて知った。
古きよき時代を語れるほどは、まだ長く生きていない。
「昭和はよかったよね」と言ったって、人生の8割は平成だった。
それでも、PHS → 携帯電話 → スマートフォン、
カセットテープ → MD → CD-R → ダウンロードと、思い出に登場する小物は激しく移り変わっている。

今だって、もうすぐ「最新」ではなくなる、買ったばかりのiPhoneのカメラを東京タワーに向けている。
すると、なぜだかわからないが、ふと、懐かしいことを思い出した。

ミスドのスクラッチカード。

あぁ。あれはいつから無くなってしまったんだろう。
わたしが大学生くらいの頃まではあった記憶がある。
と言っても、もう10年以上も前の話だ。

ドーナツを2つくらい買うと、スクラッチカードを1枚もらうことができた。
点数を集めると、景品と交換できる。
1枚のカードで、スクラッチは2回チャンスがある。
何点が出てくるかわからない。あと1点が欲しくて、また来週もドーナツを食べる。
そんなことが、度々あった。

自分の肩幅よりずっと大きなトレーに、ドーナツと牛乳を載せて、慎重に席まで運ぶ。
「持とうか?」という母の声に、ゆっくりと首を振り、
手がガタガタと揺れそうになるのをぐっとこらえて、テーブルに向かう。

木でできた固い椅子に得意げに座り、お気に入りのドーナツにかぶりつく。
牛乳をストローで一口飲むと、口の中がチョコレートミルクに変わる。

黙って母に手を差し出すと、手のひらに1枚、10円を載せてくれる。

茶色く汚れた10円玉をむんずっと握り、気合を入れて、スクラッチを削る。
小さなカードは、あっという間に銀の削りかすでいっぱいになる。

「あ~、ゼロ!」
「もう1個は? んー、1点かー」小さな溜息をつく。

あの憧れの黄色い二段弁当箱には、まだ届かない。

一度10円玉をテーブルに置き、再びドーナツをかじる。
ストローでチューっと牛乳を吸い込み、またチョコレートミルクを味わう。

「よし、もう1枚! あれ、今何点だっけ?」
「えーとね、今のが1点だから……7点だね。あと3点」
母が集めていたカードを財布から取り出し、点数を数えてくれる。

「あと3点か。 1点と2点ならいけるね」
「うん、3点と0点でもいけるよ」
「よし、なんとか3点出てくれ! お願いします! お願いします!」

願いを込めて10円玉を握り、ふーっと一息吐く。

気合を入れて、銀の丸を銅の塊で削っていく。

「あ、1だー! あと2点だね! よし、2点、2点、2点」
頭の中を「2」でいっぱいにする。
幼いわたしは、願いさえすれば叶うと信じている。
何度その願いが外れていても、ただひたすらに信じている。

「いくよ?」と母をちらりと覗き、ゆっくりと10円玉を動かす。

「ん? ゼロじゃなさそうだね。 なんだろう」
もう既に、なんとなくわかっている。でも諦めたくない。
「2」よ出てくれ、お願いだ! 

「1でしたー。残念でしたー」と母が笑う。

「えー」と言いながら思わず真っ白い天井を仰ぎ見る。
黄色いお弁当箱、欲しかったのにな。
しかも二段重ね。 ふりかけたっぷりのごはんの段をめくると、下からおかずの段が現れる! 
お兄ちゃんみたいな大人のお弁当が食べたかったのになー。
がっくりと肩を落とし、小さな溜息をつく。

すると、後ろから声が聞こえてきた。

「おじさん使わないから、やるよ」

そう言って、サッサと歩いて行くおじさんの後ろを、小柄でニコニコしたおばさんがついていく。

テーブルの上を見ると、「0」と「1」が表示されたカードが載っている。

1点だ。もう1点の1点が、今目の前にある! 

「あ、ありがとうございます!」
人見知りなわたしが、思わず大きな声で頭を下げる。
「すみません、ありがとうございます」と、母も申し訳なさそうに嬉しそうに頭を下げる。

おじさんとおばさんの背中を見送り、わたしはキラキラした目を母に向ける。
「やったー、10点になったよ! すごいね! お弁当箱もらえるね!」
興奮するわたしを、母は微笑みながら見つめている。
そのまま親指で、わたしの口の横をほろう。

いつからかは知らないが、大好きなチョコレートドーナツが口についていたようだ。
スクラッチに夢中になりすぎて、まったく気づいていなかった。

「やっぱり赤がいいかな?」
間もなく自分の物になるお弁当箱を想像しながら、興奮してドーナツにかぶりつく。
牛乳もいつにも増して、勢い良くストローで吸い込む。

「ごちそうさまでした!」
食べ終わると母にトレーを下げてもらい、
わたしは得意気に肩を振って出口へと歩いて行く。

「黄色ください!」
赤への迷いを吹き飛ばし、自信を持って大きな声を出した。
背伸びをしてカウンター越しのお姉さんにスクラッチカードの束を渡す。

「1、23、4、56、7、89、10。はい、10点ちょうどですね」とお姉さんが微笑み、
半透明のビニール袋に入った固まりを渡してくれた。
夢の二段弁当箱だ。
ドーナツもいっぱい食べて、さらにお弁当箱まで手に入った! 

おじさんありがとう。足長のおじさん、サンタのおじさん、ありがとう、と心の中でつぶやく。

その夜は嬉しくて、夜ご飯もお弁当箱に詰めてもらった。
「なんだそれは」と言う父に、
「おじさんにもらった!」とだけ言い、大好きな唐揚げにかぶりつく。
「またお前、点数もらったのか」と、父が肩を揺らしながら笑っていた。

あの頃は、そんな光景をあちこちで見ることができた。
スクラッチは削ったものの、10点には程遠い。
お店を出る前に、小さなこどものいるテーブルに、点数を置いていく。
その「1点」のおかげで、夢に見ていた景品をもらうことができる。
そんな「1点をくれるおじさん」は、色んなところにいて、こどもを喜ばせてくれていた。
でも、お店のシステムの変更と共に、その光景も、消えていった。

「懐かしいな、やっぱり昔はよかったのかな」と思いながら、iPhoneでインターネットを開く。

地下鉄で二駅。本を読むには短すぎる。
時間つぶしに何気なく画面をスクロールしていく。

あ! と思わず声を出しそうになった。
わたしが投稿した記事に、誰かが「いいね!」を押してくれていた。

そうか、と思った。
いつの時代も「1点をくれるおじさん」はいるんだ。
今は「スクラッチカード」から「いいね!」に形を変えて、見知らぬ誰かに「1点」をそっと置いていく。
もちろん「いいね!」を押してくれたのが、おじさんなのか、若い女性なのか、どんな人なのかはわからない。
それでも、見ず知らずの誰かが、わたしの文章を読んで、ポチッとワンクリックしてくれたのだ。
軽い気持ちの「1点」の交流は、形を変えても存在している。
何も、懐かしい頃だけがよかったわけじゃない。
あの頃には、あの頃の。今には今の、良さがあるのだ。

しかも、今の「1点」は無制限だ。
応援したいな、とか、好きだな、とか思えば、いくつの記事に「いいね!」を押したっていい。
自分が誰かを名乗る必要もない。
ただポチッと、ワンクリックだけ置いていく。
もしかしたら、その「いいね!」ひとつをきっかけに、読まれる数が増えるかもしれない。
もしかしたら、同じことで悩んでいたり、同じことを嬉しいと思う誰かのところに、言葉が届くかもしれない。

形は変われど、軽い気持ちの「1点」で、誰かを喜ばせることができる。

そう思ってみると、昔も良かったし、今もいい。どっちも知っていると、もっと楽しい! 
そんなワクワクが生まれてくる。

30代。後ろに並ぶ後輩達からすると、もう随分な先輩になってしまった。
だけど、前を向けば、それ以上に先輩達が長い行列を作っている。
「大人」の背中を見せられるよう努力しながらも、
まだまだ「大人」だと胸を張れる自信はない。

30代の今だからまだまだ挑戦できること。
30代になった今だからこそ楽しめること。
そんな今を大切に、大事に生きるんだよ。
手元の画面に映っている東京タワーが、わたしにそう語りかけてくる気がした。

そうして写真を見ていると、東京タワーまでの道に咲いていたピンクの花が気になりだした。
道なりに咲いていたあのキレイなお花は、なんていう名前なんだろう。
思いつく単語を入れて検索していく。

「サルスベリ」

そうか。そうなんだ。
あれがサルスベリの花か! 

切ないメロディに乗せて、よく耳にしていた「サルスベリ」の花。
名前は知っていたけど、北国出身のわたしは、並んで咲くその花を、初めて見た。

「わー、あれがサルスベリか。想像以上にキレイだったな」
改めて思い返して感動する。

自然豊かな故郷では見ることのできない花を、東京タワーの麓の通りで見ることができたのだ。

そう。30代の今は、懐かしい思い出も、これからの未来も楽しめる。
それに地方出身東京在住者のわたしは、田舎の良さも、都会の良さも、どちらも楽しむことができるのだ。
何気なく見上げた東京タワーが、色んなことに気づかせてくれた。

都会の喧騒に少し疲れて始めた3年目の夏の終わり。
濃い葉の緑と、淡いピンクの小さな花のコントラストが、
「東京もいいでしょ」と、語りかけてくる。

日が暮れると、秋風が吹き始めている。
北国の夏の終わりは、もっと哀愁が漂っている。
だからこそ、夕暮れが美しい。
東京の夏の終わりは、肩の力が抜けて、少しホッとする。
さて、今年は何の秋を楽しもうか、と胸が高鳴ってくる。
ワクワクを抑えきれず、ふと空を見上げる。
きっと、もうすぐだ。
もうすぐ、東京の空にもオリオンが帰ってくる。

東京タワーを見ていると、懐かしい思いと、これからのワクワクが、同時に混み上げてくる。
故郷へ帰りたくなる気持ちと、東京で頑張りたい気持ちと、その両方が生まれてくる。
だから、わたしは東京タワーが好きなんだ。
そのままでいいよ、と語りかけてくれる、東京タワーが好きなんだ。

ふと立ち止まりたくなった時、背中を向けて逃げ出したくなった時。
東京の空には、赤と白の鉄の塔は、あたたかく、やわらかく、ただそこにいてくれる。

 

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-09-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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